yagakimi_kansosen

 

やがて君になる 佐伯沙弥香について』を読んだ。全三巻。今回はその感想戦、……ではなくて。そのための前準備として読みながら考えていたことを出力しておこうかと思って。なので作品のネタバレが無数にあり、ところで自分語りの類も無数にあり、読みたくない人はブラウザバックしてください。……って毎回毎回、一応の予防線として書いてはいるけれど、自分の Twitter を経由する他アクセスする術のないここへわざわざやってくるような人へ向けて、こういった注意書きって果たして本当に必要なのかなといつも思っている。でもまあ、作品やキャラクターの名前をたとえば google なんかで検索した結果、運悪くこのブログへ辿り着いてしまったという人もいるかもしれないし。どこの誰とも知らない人間の自分語りとか、別にみたくないだろうし。だから、意味がないってこともないか。と、これくらいの文章を埋めておけば注意書きを読み切る前にネタバレを踏むということもなくなるはず。なので以降は本当にネタバレまみれ。注意してほしい。

 

 そもそもの話。今回読んだのはいわゆる外伝的な立ち位置に置かれた小説で、本編に当たるのが『やがて君になる』という漫画。初めて読んだのは、……いつだろう、去年の八月? だと思う。八月の下旬にはこの作品の話を他の人とした記憶があるから。なので、原作を読んでからそれなりの月日を経過してはいるのだけれど、実を言うと、この作品について深く言及したことは一度もない、……はず、たぶん。なんていうか、些細な触れ方なら何度か、もとい何度もしたことがある。自分が小糸侑さんをきっかけにいろいろと新しいことをしたりしなかったりしているのなんかは、知っている人なら知っている話だろうし。そういった文脈で言及することは、それほど少なくもないように思う。でも、その程度に留まっているというか、なんていうか。踏み込まない理由は明確で、たとえば何年か前に作った『アイ』という曲、その歌詞について色々と話したり話さなかったりする際に軽く引用したりしたことがあった。

note.com

 あの曲は別にこの作品に触発されて作られたというわけではなく(時系列を考えたら当たり前だけど)、気持ち悪い言い方をすると自分自身がそのまま外に出てきたみたいな、そんな感じのアレなのだけれど。その詳細を説明するために、『やがて君になる』という作品を持ち出すのはとても正しいことのように思えた、当時。正しい、あるいは自然。そんな言い回しからも分かるように、ものすごく深いところで自分と共鳴しているように思えた作品だったというか。『アイ』が何の捻りもなく自分自身を端的に表現した楽曲であって、『やがて君になる』という作品をその解説役として添えることに何の違和感もなかったのだから、つまりはそういうことで。だから、作品に深く踏み込むようなことを話そうという気になれない。なんていうか、何をどう話そうとしても最終的には自分の話に行きついてしまいそうな気がして、でも、そのためには相手と機会との両方を選ぶ必要があるから。それに単純な話、作品に対する向き合い方としてあまり真摯ではないよなというような気もしていて。ブログなら、という気にもならず。というのが昨日までの話。いや、別にいまだって乗り気で向き合っているというわけではないのだけれど、ただ、いったん言葉にして整理しないことには落ち着かないというか。そちらの気持ちのほうが勝ってしまい、結果、白紙のディスプレイと向き合う運びとなっている。どの辺りまでなら素直に書けるかな、と思いつつ書き出しはどうしようかと考えている、いま。

 と言いつつ、書き出しについては「そもそもの話」と言った段階でだいたい決めてあったんだった。少し脱線したせいで頭から抜け落ちていたけれど。そう、だから、そもそもの話ね。今回読んだ『やがて君になる 佐伯沙弥香について』という小説はあくまで外伝であり、『やがて君になる』という漫画が本編なわけで。前者の話をするよりも先に、まずもって後者について触れておくべきだろう、という気持ちにもなり。それで、だから「そもそもの話」といういつも通りの言い回しから書き始めたんだった。なので、これからそういう話をする。

 

 自分がこの作品に関心を持った最初のきっかけがサークルの後輩(後輩って言葉、ずっと避けて歩いてきたのに最近はなんだか口に馴染んでしまった)で、という話は以前ブログに書いた。佐伯沙弥香という人物について言及したその人の言葉がなんとなく頭の片隅に残っていて、書店まで足を運んだ理由はそれだけ。その日のうちに全巻買い揃えてしまって、でも一気に読むには心の余裕が作品のテーマに追い付かなかったから、ふだん漫画の類を読むときよりはずっと時間をかけて読み切ったように思う。そうして感じ得たことは読み終えるまでにも読み終えてからにもたくさんあって、それこそ先に言ったようなことだとか、なんだとか。そのうちの一つに、その、自分が作品を知ったきっかけに関連するものがあった。

 この作品における主要人物は(最も大きく、かつ大雑把な捉え方をすれば)三人いる(ちなみに全員女性)。いちいち「さん」をつけるのも面倒なので、以下すべてフルネームで呼ぶことにする。物語の主人公、かつ物語を読者へ伝える一人称の役割も担う人物、小糸侑。その主人公を物語の中枢へと導く役割を担う人物、七海燈子。そして、この二人のいずれとも異なる立場から物語の奥行きを演出する役割を担う人物、佐伯沙弥香。本当は他にももっとたくさんの登場人物がいるけれど、多くの読者がまず最初に興味を惹かれるのはこの三人のうちの誰かになるんじゃないかと思う。サークルの後輩が、当人からすれば知ったことではないだろうけれど、『やがて君になる』という作品への関心を自身へ植え付けた人が言及していたのは、先述の通り、佐伯沙弥香というキャラクターで。だから、その人にとって三人のうち興味値の最も高いキャラクターが彼女だったのだろうと思う、思った。その出処がいったい何なのかを知りたくて、だから手に取ってみたというのが事の経緯。そういった事情が前段階としてあったから、それでより一層強く感じたのかもしれない。というのも、ひととおり読み終えたばかりの自分にとって興味値の最も高かったのは、あるいはより単純に最も共感できたのは、主人公であるところの小糸侑というキャラクターだった。言い換えれば、佐伯沙弥香ではなかった。なんていうか、それはとても面白い事実というか。これは別にこの作品に限った話でもないだろうけれど、一つのフィクションには大抵の場合において複数のキャラクターが伴うわけで、より分かりやすい表現を用いるなら「誰が一番好きか?」という話題はどうしたって発生し得る。たとえば自分は『アイドルマスターシャイニーカラーズ』なら大崎甘奈、『<物語>シリーズ』なら忍野扇、『とあるシリーズ』なら食蜂操祈、『階段島シリーズ』なら七草、『パワポケ』なら神条紫杏、『ダンガンロンパシリーズ』なら春川魔姫、みたいな感じで(……なんだか意図せず女性キャラばっかりになってしまったけれど(七草は男性))。その判断を下すための要素はたくさんあって、それら基準には個人の主観が大いに含まれているはずで。共通で追いかけているフィクション作品があればの話だけれど、相手がどうしてそのキャラクターを好きになったのかを知ることは、あるいはそれに興味を向けることは、対人コミュニケーションの一つとして純粋に面白いように、個人的にはそう思う。閑話休題。自分は佐伯沙弥香というキャラクターよりも小糸侑というキャラクターのほうに共感を持った。別の誰かはそうでなかった。同じものを同じように読んだはずなのに。……だとか。そういった風に作品を捉えるための視点を、物語を読み終えた瞬間から持てていたというのは、いまにして思えばこれまでにあまり経験のない事態だった。

「こういうキャラクターいるよね」ではなく「こういう人いるよね」という風に感じるのは、『やがて君になる』という作品が各々の人物をどこまでも等身大として描いているからだろうなと思う。七海燈子。主人公であるところの小糸侑を物語の中へと引きずり込む、そういう役割を果たすキャラクター。自分は、たとえば、彼女の言動にはほとんど共感できなかった。物語の要所要所に挟まれるイベントにおいて、七海燈子と同じように考え行動するという人は、きっとこの世界にたくさんいる。それは分かるし、理解もできる。だから設定に無理があるだとか、言動に不可解な点が多いとか、そういう意味で共感できなかったわけではない。筋はちゃんと通っていると思う、作中を一貫して。ただ、自分の中にそれがないというだけの話。二巻。『「こういうあなたが好き」って「こうじゃなくなったら好きじゃなくなる」ってことでしょ?』。言いたいことは分かる。本当のところでは分からないとしても、分かっているつもりではある。こういう人はきっといる。でも、共感はできない。そんな風に思ったことが一度もないから。裏表を使い分けるだなんて器用なことはできないし、ああやって誰かを振り回すことだってできない。自分自身に対する評価の与え方も何もかも、七海燈子というキャラクターは自己認識の領域から大きくかけ離れた場所にいた(最終巻だけはそうでもなかった)。この作品を読み終えた後、仲の良い数人に読むよう勧めてみた。そのうちの一人は七海燈子という存在に特に興味を持ったらしかった。『「こういうあなたが好き」って「こうじゃなくなったら好きじゃなくなる」ってことでしょ?』。これは、そのときにその人が言及した七海燈子の台詞だった。共感できる、と言っていた気がする、たしか。自分にはできなかった。でもそれで、なるほどと思ったというのもある。なるほど、この人はもしかすると普段、こんな風のことを考えながら生きているかもしれないのか。七海燈子のように極端ではなくとも。そう考えると、全然知らないことばっかりだ。

 槙聖司。高校生の頃から現在に至るまでの自分と一番近いポジションのキャラクターだな、と思った。ここまで振り切れてはいないけれど、割と素直に。……本当にする必要のない話をするけれど、中学生の頃、実を言うと恋愛事なんて馬鹿らしいと思っていた。いまでも覚えている、修学旅行か何かで移動中のバスの中だった。別に盗み聞きをしたわけでもない、勝手に耳へ飛び込んでくる声。誰かと誰かが色恋沙汰で揉めて面倒事になっているだとかなんだとか。馬鹿馬鹿しい。他所でやってほしい、本当に。だいたい、中学生の恋愛なんて真似事でしかないというか、どうせすぐに破滅するんだし。うまくいっている例なんて校内広しと言えど、観測範囲の限りで一例もみたことがない。なのに喧嘩したり傷つけあったり、その過程にいったい何の意味があるんだろう。……みたいなことを考えていた、本心から。いまは違う。中学時代の、いや別に高校でも大学でも社会に出てからだって、その一瞬一瞬ごと、生まれてくる恋愛の形って全然違うのだろうなと思っていて。中学生にしかできない恋愛があるし、高校生にしかできない恋愛があるし。大学生にしかできない恋愛があって、社会人にしかできない恋愛がある。そう思う。だから、きっと大切なことのはずとも思う。たとえそうやって傷つけあう結果になるとしたって、好きになった他人と向き合うという行為そのものが。まあ、うまくいくに越したことはないけれど。話が逸れた。ともかく、中学生当時の自分はそんな感じの考え方をしていたのだけれど、高校へ入ってある種のパラダイムシフトがあったというか。高校生になっても色恋沙汰の話題は消えなかった、それが当たり前みたいに。中学の時と違ったのは、所属するコミュニティ内でそれが発生したことだった、それも複数が同時に。相談相手なんて他にもいただろうに、その相手には何故か自分が据えられた。これは本当に何故かでしかない。けれど、そのおかげで色々とみえたものもあった。他人の恋愛観とか、傍からみると取るに足らなくとも本人たちは真剣極まりないこととか、知るはずもないことから当たり前のことまで、いろいろ。それがあってアップデートされたというのはある、中学時代の思考回路から。……大学へ入ってからもそういう話へ相槌を打つだけの役回りに落ち着くことは少なくなくて、ただ、いまにして思えば高校時代からそうだった。あの頃の感覚は今でも覚えていて、誤解を恐れずに言うのなら、面白がっていたんだな、自分は。「小説を読んでいるみたい」と、たしか以前ブログにも書いた気がする。槙聖司は舞台と客席の関係に喩えていた、そういう距離感。些細なことで一喜一憂して、そのたびに前進したり後退したり。そういう話を毎晩のように聞かされて、自分はそれを面白がっていた、かなりの部分で。揶揄っていたわけではない、そうなら相談相手になんか選ばれない。当人たちが真剣なら、その相談に乗りかかった自分だって真剣になれる。でも、究極的には他人事というか、だって自分は第三者なのだし。その距離感が、自分にとっては小説を読んでいるときと同じだった。そういう話。だから、槙聖司は自分とかなり近い場所にいる。読んでいてそういう風に感じた。でも、なんていうか、それと同時にものすごくかけ離れた場所にもいるキャラクターだとも思った。かけ離れたっていうか、一線を画すというか、文字通りに。すぐ隣にいるけれど、跨いではならない白線が間に一本引かれていて……みたいな。槙聖司の立ち位置にはかなり共感できる。けど、どこかが致命的に食い違っている。近くて遠いし、遠くて近い。

 佐伯沙弥香。先述の通り、本編を読んで自分が最も関心を抱いたのは小糸侑というキャラクターだった。ところで、その外伝であるところの『やがて君になる 佐伯沙弥香について』を、もし仮に本編を読み終えた直後に読み始めていたとしたら、その場合はどういった印象になっていたのだろうな、と今更読み終えてみて思った。それでもまだ小糸侑のほうに興味を惹かれていただろうか。でも、どうだろう。去年八月の自分と今年五月の自分とじゃ、経験値に差がありすぎるという話もあって。当時に読んでいたとしても、だからこれほどには響かなかったかもしれない。そういうわけで、あんまり意味のない反実仮想のようにも思うけれど、とはいえ考えないではいられないな。『その時、心臓にヒビが入った。』。ハートを象った何かがひび割れて崩れていく演出なんて古今東西あらゆる媒体に存在するし、だからこれ自体、別に目新しい表現でも何でもないのだけれど。ただ、ものすごくしっくりきた。これしかないって質量がたしかに在るみたいな。全三巻を通して読んで、最も印象に残っている一文が自分の場合はこれだった。欠落。恋とかいう単語を手持ちの使い古した辞書で引いて、そうしたら真っ先に目につく類義語。抜け落ちたもの。破損。戻らない何か。それを見つけ出そうとする感情。二巻でも三巻でも、ふとした隙間に言及される小学校時代の話。佐伯沙弥香にとってはこの一瞬が、つまりは欠落の瞬間だったのかも。そう思えば、いや別にそうは思わなくたって、自分の領域と最も近い場所に立つ人物として存在していたのは、もしかすると佐伯沙弥香だったのかもしれない。本編からはそれがみえてこなかった。いや、外伝によって初めて描かれた前日譚を受けての反応なのだから、そんなのは当たり前のことなのだけれど。『一年近くがあっさりと不要な時間になった。』。この一文も印象に残っている。印象に残っているということは、それだけ強く共感できたという意味でもあり。……思うに佐伯沙弥香にとっての明確な分岐点は、高校入学直後に七海燈子と出会ってしまったことだよな、と思う。出会ってしまった。出会うことができた、でもいい。読み手の意識によって肯定的にも否定的にもとれる出来事と思うから。大学へ進学してから枝元陽と出会ったことはあんまり重要でないように思えるというか。いや、そんなことはなくて、その一件があるから佐伯沙弥香の(とりあえず作中で描かれた部分までで言えば)人生はハッピーエンドという形を迎えることになるわけで。だから論点をはっきりさせる必要がある。「重要でないように思える」と言ったのは「『その時、心臓にヒビが入った。』を解決するまでの物語として」という論点に基づいての言葉だった(ところで、枝元陽のキャラクター性はかなり好印象だった。どうでもいい補足)。二巻の最後に添えられた四行を読むと、一層そう思う。姉の死に始まった七海燈子の妄執が小糸侑の存在によって救済されたみたいに、佐伯沙弥香は七海燈子の存在によって救済されている、……そういう風にみえる。「宛名付きの言葉が内側にあったとして、でも相手に渡すことができなくなったとしたら、行き場を失ったそれは一体どうすればいいんだろう?」。ついこの前、そういう話を人とした。佐伯沙弥香の場合、そういうのを必要以上には引き摺らずに済んだんだなと思って。忘れたわけではないだろうけれど、適切な傷として然るべき場所に収まったというか。分岐点。どうしたって消えないその傷を強がりじゃなく心から肯定できるくらい、脚とか眼とか感情とか、そういう全部を自ずと前へ向かせてくれる新しい何か。佐伯沙弥香という人物にとって七海燈子の果たした役割はそれだったのか、と思った、小説を読み終えてようやく、今更みたいに。自分の領域と最も近い場所に立つ人物として存在していたのは、もしかすると佐伯沙弥香だったのかもしれない。その言葉は本心からのものだけれど、でも、やっぱり明確に違う。ずるいじゃんか、だって。……いや、佐伯沙弥香はちゃんと行動を起こしていたし、実際、入学式の直後に彼女は七海燈子へ声を掛けに行っている。だからまあ、ずるいってのもおかしな言い分かもだけれど、でも。佐伯沙弥香の生き方には共感できる、とても。でも、やっぱり違うな。自分には、あんな生き方はできなかった。

 

 小糸侑についても書こうかと思ったけれど、この時点で分量がとんでもないことになっているのでパス。またそのうち。

 

 

 

cor について3

 

 2022/04/24 開催の春 M3 にて頒布した MIRINN 1st Album "polaris" 収録の楽曲『cor』についての話をします。今回はミックスまわりについてです。めちゃくちゃに得意というわけでもないので自分が書いても……という気持ちがなくはないものの、M3 に向けた楽曲ということでいつも以上に頑張ったのでまあ書き残しておくかという感じです。完全にただの身内向け記事なので適当なことを書きまくるかもしれませんが、大目に見てください。

 cor / MIRINN は以下のリンクから試聴できます。

mirinn.bandcamp.com

 前回の記事(作編曲まわりの話)。

kazuha1221.hatenablog.com

 前回の記事(作詞まわりの話)。

kazuha1221.hatenablog.com

 

 初手、ミックスを行う上での本質情報を書いておきます。

  • ちゃんと寝る。
  • ちゃんと休憩する。
  • リファレンスを用意する。
  • (可能なら)他の人に聴いてもらう。

 上から順に本質度が高いです。

 睡眠時間が足りていないと聞こえ方が変になることがあり、その状態でミックスをするとすべてが破滅するため、なのでどんなデスマだとしても計画的に睡眠を挟んだほうがよいです(仮眠を取るか取らないかでも体感それなりに変わってくる感じ)。また、ずっと同じ曲(製作途中の曲)を聴いていると次第に粗がみえなくなってくる(「なんか良い感じじゃね?」としか思えなくなる)こともあるので、適宜休憩を挟むようにすると良いです。座りっぱなしも身体によくないし。

 リファレンス(お手本)を用意しましょう。いま作っている楽曲と楽器構成の似ている曲で、かつ「こういう方向へもっていきたいな~」となる曲をいくつかリストアップし、wav ファイルとして手元に置いておくとよいです。それと同時にアナライザーも。Free だと Voxengo SPAN なんかが有名で、有料版なら ADPTR AUDIO Metric AB なんかです。自分はこの二つを併用しています。

 ミックス激うま人間なら多分そんなことないと思うんですが、「ミックスわかんないよ~」という試行錯誤の段階ではリファレンスを用意しても迷走しがちというのがあり、なので客観的な第三者の意見を募るのはかなり効果的だと思います(とはいえ、訊く相手は少し選んだほうがいいです(知識の有無ではなく、意見を述べる際に言葉を選べない人を相手に選ぶとメンタルがアレになる))。自分も今回の制作では、サークル内外の数人にお願いしてときどき意見をもらっていました。あの堀江晶太さんも「自分の感覚ではローが出すぎたり足りなかったりするので、低音域は必ず PA に確認をとっている」って言ってますしね(ミックスの話ではない)

 

 というわけで、前置きも終わったので以降が本編です。

 注意書きですが、バンドサウンドを作る上での話しかしない(できない)ので、以降に書かれてあることは全部バンドサウンドにしか適用できないと思ってください。

 

 

Reference

 なにはともあれ、まずはリファレンスを用意します。できれば wav や mp3 のデータとして手元に置いておいたほうがいいです(そのほうが都合がいいので)

open.spotify.com

 楽曲の構成要素から選定していくとよいです。『cor』はこんな感じでした。

 

  • ピアノ:一曲を通してずっと鳴っている。ピアノを聴かせたい気持ちはあるが、リードギターも同じぐらい聴かせたいので、どちらか一方を主役に据えるような感じにはしたくない。
  • バッキングギター:基本的にパワーコード。カッティングの入るところはこっちを聴かせたい。
  • リードギター:ずっとリフを弾いている。サビと C メロ以外は煌びやかさを演出する(どちらかといえば脇役的な)役割で、でもサビと C メロはちゃんと聴かせたい。
  • ドラム:割とシンプルなロック調。四つ打ちになるラストなんかはちゃんとシンバルを聴かせたい感じ。
  • ベース:あんまり考えなかった(どの曲にでもいるし)
  • ボーカル:これもあんまり考えなかった。本当なら性別くらいは統一したほうがいいと思うし、声質なんかで選んでもいいと思う(音域で選ぶのもアリな気がする)

 

 という辺りから「リファレンスにするならピアノロックだな~」「でもピアノとギターが良い感じに絡み合ってるやつのがいいな」「ところで、A メロの落ち着いてるところとか、あるいは間奏のちょっと激しくなるところなんかは、それぞれちゃんとリファレンスを置いておきたいな」という気持ちになり。

 そういうわけでピアノロック枠として『キリフダ / PENGUIN RESEARCH、落ち着き枠としてシリウス / BUMP OF CHICKEN、激しめ枠として『HATENA / PENGUIN RESEARCHが採用されました(他にもいくつか)。作業中に何度も聴くことになるので、自分の好きな曲から選んだほうがいいです。

 

 リファレンスをいくつか用意したら、ミックスへ取り掛かる前に楽器隊のチェックを行うとよいです。というのも、ミックスのうまくいかない原因が編曲にあるというケースが結構数あり、たとえばそもそもの音作りがイメージと違うとか、帯域を担当する音が足りていないとか。その辺りをリファレンスと聞き比べつつ先んじて調整しておくと、あとで地獄をみずに済みます( n 敗)。たとえば BUMP の曲だと裏でずっとシンセパッドが鳴っていたりしますね(コード感と帯域の補強?)

 

 その辺りの確認も終わったらいよいよ作業開始です。2 サビ頭を例にとって話を進めます(音量注意)

 

 普段作りこむ順に紹介していきます。

 

 

Drums

※「 2 サビ頭を例にとって」と言った矢先にアレですが、Drums だけ後奏を例に話しています(どうして?)

 完全に自己流ですが、まずは Drums と Bass の 2 つしか入れていない状態でそれなりに聞こえるように整えていきます。

 打ち込みの画面はこんな感じです。このまま書き出すと kick, snare, hihat, toms, cymbals なんかが全部ひとまとまりになった状態の wav ファイルが生成されます(当たり前)

 ところで、kick に対して行いたい処理と hihat に対して行いたい処理は別物なわけで、なのでパラアウト(=個別書き出し)して別々に処理できるようにします。製作段階からミキサーを使って実行する方法もあると思うんですが、自分は制作とミックスとを完全に分断して作業することが多いので、それぞれの構成音を(他の楽器隊をミュートするなどして)wav で書き出して使います。こんな感じ。

上から順に「ambience」「comp_snare」「comp_snare以外」「hihat」「kick」「overhead」「snare」「tom」です。ambience はいわゆる部屋鳴りのことです。comp_xxx は自分の使っている superior drummer 3 という音源に特有のアレかもしれないので割愛(他のドラム音源にもあるのかも)。overhead はオーバーヘッドマイクですね。金物やスネアの表面の音なんかが入ってたりします。

※これはマジで注意なんですが、パラアウトの手順をミスると元々入っていたはずの音が抜け落ちてペラペラになったりします( 1 敗)

 

 パラアウトした wav データをそれぞれ処理していきます。kick を基準にして、まず全体の音量感を整えるといいと思います(tips:金物の調整をするときは音量を下げて聴くといい)

 だいたいのバランスが取れてきたら EQ やら comp やらで細かいところをしばいていきます。superior drummer は音源内に EQ, comp の類が一式揃っているということもあり、各楽器についてはその中のもので済ませてしまうことが自分は多いです(なのでパラアウトした時点でだいたいできている)

 まず確認するのは kick のローです。

 これは SPAN という無料のアナライザーの画面です。横軸が Hz、縦軸が db。SPAN はそのままだとなんか変な感じの傾斜が掛かっているので、他のアナライザーと併用するのであれば slope の値を 2.81 くらいに変更したほうがいいです(左上にある小さい歯車マークから設定可能)slope の値で y 座標が上下するので、作業中は絶対に変更しないほうがいいです。

 

 上の画像は最終ミックスを終えてマスタリングを施した後の『cor』をアナライザーへ通したものです。キックのローを調整するときにみるのは 20Hz-60Hz あたり(アナライザーの右端)です。

 実際にアナライザーを通してみれば分かるのですが、キックが鳴った瞬間に該当部分の周波数がぐっと持ち上がり、50Hz 辺りを頂点にもつ三角形がみえると思います。リファレンスと見比べて「持ち上がった瞬間に 20Hz(右端)が触れる db(y座標)を EQ 等で調整します(適宜カットする)。自分がリファレンスにしていた『キリフダ / PENGUIN RESEARCH『HATENA / PENGUIN RESEARCHでは 20Hz の y 座標が -51db から -48db くらいに収まっていたので、『cor』でもその辺りへ収まるように( superior drummer 3 内の)EQ を調整しました。曲調にも依りますが、だいたいのバンドサウンドはここの帯域が -51db から -45db の間に収まっている気がします。50Hz-60Hz についても同様に調整します。

※tom が鳴ったり、kick を八分音符で連打していたりすると上で設定した値を越えることが多々あるのですが、それは問題ないです(ところで tom のローも調整したほうがいいので、その場合はリファレンスで tom をしばいている場所を探して、そこのアナライザーをみる)

 

 ついでに snare も調整しておきます。snare は音の重心をどの辺りへ持っていきたいかを考えながら調整することが多いです。抜ける感じがほしいなら 100Hz - 200Hz 辺りの重心と、あと 500Hz 前後の重い部分を少し削ったほうが恐らくはよく、今回はそんな感じの適度に抜け感のある snare にしたかったのでこんな感じの EQ を掛けています。

 

 kick, snare, tom の調整が終わったら bus(=共通のミキサー)へ通します。ついでに ambient(部屋鳴り)なんかも同じところへ通します(入ってるの、特に kick と snare の鳴りだし)(嘘で、シンバルも結構入ってる)

 

 Bus で何をするかについては一旦放置し、次に高音域を確認します。これはサビで比較するといいかもです(サビは金物がうるさいがちなので)

 4kHz - 20kHz をみます。ここが出すぎているとめちゃくちゃ耳に痛い曲になり(ということを『cor』のミックス中に某人から指摘され、自分も今回めちゃくちゃ向き合った部分でした)、ところでこの辺りは(バンドサウンドなら)Drums の金物が支配的な帯域なので金物類を調整します。アナライザーを通してみると、リファレンスにした曲では該当の帯域は -42db をほんの少し突き出るくらいに抑えられていたので、『cor』でもそういう風に持っていきました(画像の通り、割といい感じに調整できた)

 ここは Drums(金物)にとっておいしい帯域でもあるのであまり変な加工をしたくなく、なので EQ はざっくり形を作る程度の緩めに留め、マルチバンドコンプで高域をバシバシ叩く方針でいきました。マルチバンドコンプって何やねんという話は割愛(収拾がつかなくなるし、自分もよく知らないので)

 

 これも調整が終わったら金物類を全部まとめて( kick なんかを通したのとは別の)bus へ通します。

 

 bus では主にコンプを使っていい感じにまとまりを出したり、あとは全体を聴きながら EQ で最後の調整をしたりします。こんな感じ。

 上から順に「まとまりを出すやつ」→「まとまりを出すやつ2」→「音量感出すやつ」→「帯域整えるやつ」→「帯域整えるやつ2」です。Drums やパーカッションのようなアタックが速い楽器には FET comp が良いってよく言われますね(上画像の VLA-FET がそれ)。EQ を二つ挿しているのは機能性の問題です。VEQ-1P を掛けたときの音の変わり方が割と好きで、ここでの Fruity parametric EQ はざっくりとしたカットにしか使っていません。VLA-FET, VEQ-1P は Black Rooster Audio のものを使っています。

 

 最後に kick 類の bus と金物類の bus とをさらに bus へ通して、マジ気持ち程度のバスコンプを薄らかけて完成です。

 comp に通したので単に音が大きくなっているのはそうなんですが、他にも諸々、上で言ったようなことが変わっていたりいなかったりします。

 

 

Bass

 先述の通り、Drums と Bass だけの状態でもそれなりに聴こえるのを目指してミックスをすることが多いので、次はこいつです。処理前の音がこれ。

 MIRINN の Bass 担当 imanishi 君から送られてきたデータそのままです(嘘で、最後の刻みは自分が勝手に入れた)。向こうである程度の音作りをしてくれていたので、この時点で結構音が良いですね。あとは他の楽器隊(主に Drums )とのバランスみつつ調整していきます。

 Bass でみるのは 60Hz - 200Hz あたりです。

 例によって、上の画像は完成版の『cor』の音源をアナライザーに通したものです。60Hz - 100Hz の間に 1 つ、100Hz - 200Hz の間に 1 つ、それぞれ山のようなものがあるのが分かると思うんですが、リファレンスの(というか堀江晶太さんの)Bass の鳴りを調べてみるとこんな感じの形になっていることが多く。そして自分はそういう音がかなり好みということも分かっていたので、今回の楽曲ではそんな感じの方向へ寄せることにしました。たとえば『キリフダ / PENGUIN RESEARCHのサビはこんな感じですね。

「たしかに山が 2 つあるな~」って感じですね。もちろん、どの弦のどのフレットを弾いているかなどによって周波数は変化するので、常にこの形になっているわけではないのですが、ルート弾きなんかになったときにところどころこういった形がみえるように調整していこうというモチベーションで EQ をバシバシ掛けていった記憶があります。

 それともう一つ重要な気がしているのが、Bass の帯域に現れる山の最大値( y 座標)をリファレンスにあわせることです。なんていうか、ここに気をつけてさえいれば Bass の出すぎによるモコモコ感みたいなのはかなり回避できるような気がします(本当に?)。具体的には、『キリフダ / PENGUIN RESEARCHでは 100Hz - 200Hz に出てくる山は -24db を絶対に越えず、基本的には -30db の前後をふらふらしているので、『cor』もそういう風になるように EQ やら何やらを設定しています。

 という事情で、こういう極端な設定をしがち。

 50Hz 以下は kick のローに任せたいので、Bass のほうでは割とカットしています。送られてきた wav は 60Hz 辺りの出方がちょっと弱かった気がしたのでブースト。逆に 5kHz 辺りにあるピッキング時の音はちょっとうるさかったので削り。あとは 900Hz 辺りをちょっとだけ持ち上げています。これは堀江晶太' bass を聴いた感じ、「あのベースのゴリゴリ感ってここら辺の帯域が肝なのでは?」という気持ちになったためです。

 というのをめちゃくちゃにやっています。

 上の 6 つは全部 EQ です。世の中には EQ を 6 つも挿す人がいるらしい。音作り用に先んじて挿したものと、他の楽器隊( Guitar,Vocal,... )との兼ね合いで後から挿したものとの 2 種類があるために、こんな馬鹿みたいな数になっています。

 SUPERCHARGER は Native Instruments のやつで、区分的にはコンプレッサーらしいですが自分は歪みを足す用途でよく Bass に挿しています。VLA-3A が普通のコンプレッサーで、これも Black Rooster Audio のやつですね。

 まあ重くなりました。

 

 

 これで Drums と Bass のミックスは一先ず置いておくとし、以降、Drums のフェーダーには手を付けないように自分はしています。というのも、音量の基準となる楽器を一つ決めておかないとよく分かんないことになるからです。まあ Drums である必然性はないと思うんですが、一曲を通してずっと同じ音量感で鳴っていてくれるのでちょうどいいですよね。

 

 Drums と Bass が終わったら、次はおおよその場合 Guitar を弄り始めます。

 

 

Guitar

 『cor』のサビではバッキングギターとそのダブリング、リードギターの三本が鳴っています。これは先に未処理版と処理済版を聴いたほうがいいかもです。

・未処理

・処理済

 処理済のほうを単体で聴くと「なんかめっちゃハイ削れてね?」って気持ちにもなるんですが、他の楽器と混ぜて聴いてみると(それこそ完成版の音源とか)Guitar 単体としてはこれくらいに留めておいた方がバランスがよかったりよくなかったりします。

 それぞれみていきます。まずはバッキングギターから。

 MIRINN の Guitar 担当1であるところのマコトシアカ君から送られてきたデータを、そのまま左へ 60% 振っただけのやつです。ここにまずは EQ を通します。

 100Hz 以下は kick と bass の領域なのでカット。5kHz 以上もうるさいだけなのでカット。250Hz 辺りディストーションギター特有のぎらついた音があるのでカット(ここを削るといい感じに抜け感が出る)900Hz - 2000Hz はボーカルと被り得る(し、出すぎているとなんだかモコモコした音になる)のでカット。ディストーションギターは 3900Hz 近辺がマジでうるさいのでカット(単体で聴くとめちゃくちゃカッコいいんだけど、混ぜるとめちゃくちゃうるさい)

 バッキングをもっと前に出したいときはまた別のアプローチをとったほうがいいと思いますけれど、今回のバッキングギターは主人公というよりはむしろ頼れる隣人みたいなポジションにいてほしかったので、奥へ引っ込める感じの EQ で整えました(ところで引っ込まれすぎても困るので、カットしすぎると終わる)

 ミキサーはこんな感じ。一つ目の EQ が上で説明した音作り用のもので、二つ目の EQ は他の楽器隊との兼ね合いで挿した微調整用のものです。BlackAsh SC-5 はコンプレッサーです。例によって Black Rooster Audio の。挿しただけで一瞬で良くなるって感じは全然しないんですが、ちょうどいい具合に抑えてくれるような気がしているのでちょくちょく使ってます。

 一連の処理を通したのが上です。だいぶ落ち着いたトーンになりました。

 

 次にダブリング。

 これもまたマコトシアカ君から送られてきたデータを、そのまま左へ 75% 振っただけのやつです。ダブリングの目的は音に厚みを持たせることなので、この音自体は聴きとれなくても(正しくは、ダブリングが入っていることを聴き手が認識できなくても)問題なく、というわけで完全に奥へ引っ込める目的で調整していきます。

 先と同様、まず 100Hz 以下をカット。250Hz 付近のぎらついた音もカット。そして 5000Hz 以上を先ほどよりも強めに切り、さらに 3000Hz あたりのノイズっぽい成分もカットしてます。

 コンプは強めにかけてます。RATIO が 25:1 くらい、ゲインリダクションが -10db 辺り、アタックは最速。「音の壁感がほしいな~」って思いながら弄ってた気がします。

 ダブリングにはこの 2 つしか通していないのでこれで完了です。

 こっちもだいぶ落ち着いた感じの音になりました。

 

 最後にリードギター

 MIRINN の Guitar 担当2であるところのりっか君から送られてきたデータを、そのまま右へ 60% 振っただけのやつです。基本的な処理は上の二つと同じです。

 100 Hz 以下をカット。ディストーションギターは 250Hz 付近がモコモコするのでカット。 1500 Hz 辺りはボーカルと衝突するのでカット。3500Hz がでていると混ぜたときにうるさくなるのでカット(ただ、リードギターは聴かせたかったので弱めにカットしている)7000Hz 以上はマジでいらないのでカット。

 リードギターに施した処理はこの EQ だけですね。あとは適当にいい感じのリバーブを通して完了。

 

 個々の音処理が終わったら全部を bus に通し、弱めのコンプでまとめて終わりです。どの音も大きな括りでみれば「歪み系のバッキング」なので、共通の bus に通して処理しています(ギターソロやクリーンのリフなんかはまた別の bus へ通します)。こんな感じ。

 5, 7, 14, 15, 16, 17 のミキサーの音が全て 10 のミキサーへ送られるようにしていて、その 10 のミキサーに挿さっているのが右の Pulsar Mu ×2 です。glue として使っています(なんで 2 回通すのって話があるけど、こっちのほうが自分の好みに近い音が出ているような気がするから)

 一連の処理を施したのが、冒頭に貼っていた処理済の音源です。

 

 この曲にはクリーントーンのギターリフも存在するので、そっちについても触れておきます。

 りっか君から送られてきたデータを、そのまま右へ 60% 振っただけのやつです。これについては、他の音とベタ貼りで合わせた段階で結構馴染みが良かったのであまり弄っていません(改めて聴いたらギター、めちゃ上手くてワロタ)

 まず 100Hz 以下をカット。クリーントーンのリフは 400Hz 前後の「ぼーん」という音がモコモコ感を出しているような気がするので、その辺りをカット(リフ単体で聴く分にはめちゃくちゃ気持ちのいい音で好きなんですけどね……)。あとは他の楽器隊との兼ね合いで気になった部分を緩めに抑えています。

 あとはいい感じにリバーブ(ディレイ)をかけて完成です。製作途中で「付点八分ディレイ最高!!!」という気持ちになったので、今回はそのように設定しています。

 Native Instruments の RAUM がめちゃくちゃ好きで、ずっとそればかり使っています。リバーブ(ディレイ)の類って通した音の配置に依らず中央から鳴ることが多いんですが、たとえばギターリフならそのリフが鳴っているのと同じところまで LR を振ってやると、他の音とごちゃごちゃしなくて聞き取りやすくなるような気がします(本当?)。あと、リバーブのローはバッサリ切ります。

 

 

Piano

 ピアノに関しては自分が教えてほしいくらいなんですが、一応書きます。

 MIRINN のキーボード担当であるところの nion 君から送られてきたデータそのままです。Piano は(内部データ的には)センターに配置してるんですが、元々の音源で左手側は左から、右手側は右から聞こえるよう設定されているので、実質的には左右に振ってる感じですね。

 既に左右に Guitar がいて、さらに後からセンターに Vocal が入るので、それらの邪魔をしないような、それでいてそれなりの存在感もある感じにしたいというモチベーションがありました(ところでうまくいったのかは不明)

 まず 100Hz 以下をカット。500Hz あたりが Guitar や Bass と混じってごちゃごちゃしている風に聞こえたのでカット。あとは 8.4kHz あたりを思い切りブースト。鍵盤をしばいた瞬間のカチッとした音がほしいときにこの辺を持ち上げることが自分は多いです(音色による)

 こんな感じです。上から順に「EQ(音作り用)」→「音を大きくするやつ」→「音を広げるやつ」→「EQ(微調整用)」→「歪み足すやつ」です。Soundgoodizer、いまでも Piano にだけは挿しちゃうんですよね……( Piano へ通したときの音の感触が好きすぎて)

 ここには映ってないですが、この後に別のミキサーへ送りリバーブを掛け、それらを bus へ通し、さらに EQ を掛けた後に Pulsar Mu(コンプレッサー)でしばいてます。

 後段に挿しているのは iZotopeOzone 9 Dynamic EQ ですが、今回は Dynamic EQ としてではなく MS 処理できる EQ として使っています。Mid は弄らず、Side のローを削り、4.8kHz 辺りをブーストし、7kHz 以上を持ち上げています。4.8kHz あたりはハンマーのしばき音が入っていたりいなかったりするので、音を硬くさせたいときにはこの辺りをブーストすることが自分は多いです。7kHz 以上の処理はまあおまじない的なそれ。

 という一連の処理を施したものがこれ。

 こういう硬いピアノの音、好きなんですよね~。

 

 

Vocal

「インストでもちゃんと楽しめる曲にしたいな~」というモチベーションが自分は強く、なのでボーカルのミックスはオケがすべて完成した後、最後の最後に取り掛かるのがだいたいいつもの流れです。

 未処理といいつつピッチ・タイミングだけ施したデータです。これを既に完成しているオケに何とかして馴染ませていきます。

 上から順に説明します。

 まずは iZotope Nectar 3 ですがどういう使い方をしているかというと、Vocal Assistant へ通してダイナミクスだけ稼いでもらった後、それ以外の余計なパラメータをすべてミュートします( EQ とか DeEsser とか Reverb とか)。まあ、要は音量を大きくするためだけに使ってます。上のやつを聴いても、明らかに音が大きくなってますね。

 次、Vocal Rider Mono。これは Wavesプラグインで、音量調整をリアルタイムでやってくれるやつです。「 Vocal はダイナミクスの差が大きいので、先に音量感を整えてからコンプを掛けましょう」みたいな話がよくなされますが、整えるところをある程度やってくれる便利なプラグインです。動作を slow、レンジを ±6 くらい、フェーダーが基本的に下へ動くよう Target をそれぞれ設定するといい感じに機能します。

 Fruity parametric EQ 2。FL studio 付属の EQ ですね。こんな感じでかけてます。

 300Hz あたりを削るかどうかは割とケースバイケースな気がするんですが、今回は削りました(オケも聴かせたかったので)3.8kHz 辺りをブーストしているのは Vocal が Guitar に埋もれてほしくなかったからです。

 Gullfoss。SOUNDTHEORY というところのプラグインです。こいつが本当に優れモノで、リアルタイムで EQ 処理をしてくれます。とはいえ、任せすぎると変な感じになるので 400Hz 以下、5.5kHz 以上はパスするように設定しています(特に低域と高域が変になりがち。中域はいい感じにしてくれる)

 iZotope Ozone 9 Exiter。結構露骨に作用してくれるのでお気に入りです。

 Black Rooster Audio KH-EQ1。見た目はこんな感じです。

 めちゃくちゃ低いところとめちゃくちゃ高いところを調整するのと、サチュレーション目的で使います(下に Saturation のノブがある)

 最後に Pulsar Mu と Nectar 3(ディエッサー目的)、あとリバーブを通せば終わりです。

 

 という感じに処理した諸々を最後に組み合わせ、bell や synth pad や、あとはハモリなんかもパパっと混ぜて、マスターにリミッターを挿してから書き出すと冒頭のこれになります。

 

 

 おつかれさまでした。

 

 

あとがき

 いや、あとがきらしいあとがきは特にないんですけど、こうでもしないと記事のオチをつけるのが難しいなと思って……。

 ミックス、要望があったので一通り書いてはみたものの、マジで何も分からず。何も分からないなりに「前よりはよくなるように」という気持ちだけで毎回向き合ってるんですが、今回の M3 に向けた制作期間中「これ、お金払ってちゃんとした人に依頼したほうが早くね?」って感覚に 4756289 回くらい襲われました。ところで『cor』は自分がこれまでに作った曲の中では(ミックスが)一番うまくいった曲と思ってもいて、なので頑張ってよかったな~って気持ちもなくはないです。

 一年後とかにこの記事を読み返したとき、「適当なことやってんな~~~~」って言えるようになってたらいいなあって感じですね。

 

 

 

cor について2

 

 2022/04/24 開催の春 M3 にて頒布した MIRINN 1st Album "polaris" 収録の楽曲『cor』についての話をします。音楽的な要素については前回の記事で触れたので、今回は楽曲そのものの設定だとか背景だとか、そういったことについて書いていこうかなという感じです。作者の意図的な部分についての話を聞きたくない~って方はブラウザバックしてもらえたらと思います。

 cor / MIRINN は以下のリンクから試聴できます。

mirinn.bandcamp.com

 これは前回の記事。

kazuha1221.hatenablog.com

 

 “cor” という曲名について。cor は「心臓」という意味のラテン語で、record, discord, core などの英単語に引き継がれていたりするっぽいです。正しいかどうかはさておき、自分は「コル」と読んでいます。心臓を表す言葉であればカルディアとかのほうがより心を惹かれる響きではあるものの(アの音で終わる単語が好き、という設定がある)、そんなカッコいいタイトルをつけるような曲では決してない、という事情もあって、現在の『cor』という曲名に落ち着くこととなりました。BUMP の『レム』みたいにカタカナで記す案も一応あるにはあったんですけど、カタカナにしたときの並びが気に入らなかったので没。

 曲名は歌詞を書き終えた後に決めました(いつもそう)。スマホのメモ帳をみる限り、2021/11/13 にはもう決まっていたらしいですけれど、『cor』というタイトルに辿り着くまでには結構難儀したような記憶があって。というのも、自分はコンセプトというか、その曲で表現したいことみたいなそれを割と明確に持った上で歌詞を書き始めることが多いので、だから曲名を決めかねると言っても、そんなに長い間悩むことってあまりなく。ところで『cor』という楽曲は肝心のコンセプトが少々特殊で。有り体に言えば、誰にも悟られたくないっていうか。自分個人の気持ちとしてもまあそうなんですけど、どちらかというと、歌詞に登場する一人称の気持ちとして。なので、クリティカルな用語を曲名として据えることにそこそこの抵抗があり、ところで何の関係もない言葉を充てがつもりもはずもなく。その辺りのバランス感が難しくて、一一月の初めはずっと「どんなタイトルなら納得できるかな〜」と考えていたような気がします。その点、”cor” という命名に個人的にはかなり納得していて。カッコいいわけじゃないし、オシャレってわけでもなく。キラキラした感じも濁った感じも、赤も青も黒も白もない。ものすごくニュートラルというか。それでいて、discord や record といった例を出せば既存の認識と結びつくという程度に本来は身近な、近すぎず遠すぎずの場所にある言葉で。めちゃくちゃちょうどいいなーって。なので、タイトルはそこそこお気に入りです。パッと見で読み方が分かんないところもポイント高めですね。

 

 以降は歌詞とか設定とかについて長々と書いていきます。この辺りの話を比較的詳細に記した怪文書が、当楽曲のボーカル担当であり、すなわち MIRINN のボーカル担当であるところのなずしろさんへは共有されているのですが。ところで、その場以外にこの曲の諸々について話した記憶はあまりなく。なので、ここが初出ですね。前述の通り、もう半年も近く前に書いた歌詞なので、そろそろ潮時かなって感じです。

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「明けない夜はない」って言葉があるじゃないですか。なんていうか、あれって言葉足らずだよなと思うことが結構あって。言葉足らずっていうか、卑怯? 心が苦しい時期のことを夜に喩えて、でもきっといつか報われるときがくるよって、そういう意図で使われることが多いと思うんですけど、その言葉は。でも、それでいうなら沈まない太陽だって日常世界においては存在しないわけで(白夜があるけど、日常ではない)。準えれば、いまがどんなに素晴らしくたって、でもきっといつか終わってしまうときがくるよって、そういうこともちゃんと主張すべきなのでは、と思ってしまうというか。みたいな意味で、言葉足らずだよなと感じることがまあまああり。そんな風の考え方を自分はしがちということもあって、だからたとえば『リスティラ』なら「続いた夢も いつか覚めるけど」と唄っていたり。裏側というかなんというか、目を逸らしたくなるような事実にもちゃんと触れておきたいっていうか、でないと嘘になるよな、みたいな感覚。意識的にそうしているというわけではないんですけど、全然。でも、自分の歌詞はそんな感じの作りになっていることが多いなと、個人的にはそう思ったり思わなかったりしています。

 だから、別に心残りがあったというわけではなくて。これまでに書いたどの歌詞も、そのひとつひとつが自分の中では完結しているというか。自分の言いたいことについて、「嘘じゃない」と思えるくらいには右も左も同じくらい書いているつもりで。だから、心残りがあったわけではありませんでした、本当に。ところで、それはそれとして、という気持ちがあり。なにかというと、『ステラグロウ』という曲に対して。……世の中に未だ公開されていない楽曲のことを、さもこの文章を目にする全員が知っているかのような口調で書いていますが、まあ、こんなところまで読んでいるような人はだいたい知っているんじゃないのかなという気がするのでこのままいきます(知らないって人はごめんなさい)。

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 あの曲は自分の書いた歌詞の中でも異例というか、いまとなっては異例でもなんでもないんですが、ただ作詞当時の段階ではそうだったという話があり。というのも、明確に架空の人物について書いたのは『ステラグロウ』が初めてで。もちろん、その構成要素には自身の主義主張や経験なんかが多分に反映されているのですけれど、ただ、自分の中では完全にスイッチを切り替えて書いていたっていうか。それ以前の歌詞は全部、なんていうか、現実世界に存在する明確な第三者と自分との関係をベースに書いていたみたいな自覚があり。だから、たとえば歌詞の中に「君」と「僕」とが出てきたとして、「君」視点のストーリーをまた別の曲で書くだなんて発想はそもそもなかったわけですが。ところで、だけど『ステラグロウ』はそうでなく。……という話ですね。

 人って、結局のところ勝手に救われるばかりだよなという感覚がずっとあって。誰かの話を聞きながら、適当な相槌を打って時間を潰して。大したことなんて何も言ってないのに「話せてよかった」とか。「あの日の君の言葉に救われたんだよ」「そんなこと、本当に言ったっけ?」、そういうの。何の気なしに発した言葉が他人を傷つけることがあれば、同じように他人を救うことだってあり得るわけで。この街のあらゆるところに、小石と同じくらい当たり前に転がっているような、そんな関係。『ステラグロウ』はハッピーエンドなんですよ、自分の中では。夜明けが来て、タイムリミットが来て、魔法が解けて、離れ離れになって、会えなくなって。でも、どこにいたってちゃんと分かるだとか、そんな嘘を肯定できるくらいには強い、二人だけの思い出があるから、だから大丈夫なんだっていう。ざっくりいえばそんな感じのことを書きたかったのが『ステラグロウ』という曲で。だから、あの曲の一人称である「僕」はちゃんと救われていて、「君」という存在に。それでハッピーエンドだっていう、そういう話なんですけど。

 

 いつになったら『cor』の内容に触れるんだって、そろそろ思われ始めた頃かなって気がするんですが、でも、これで制作の背景というかルーツというか、そういった部分に関する話がようやく一段落ついたというか。これまでの、ほとんど余談みたいな話の全部を踏まえたうえで、だから結局『cor』で書きたかったのが何だったのかという話へ戻ることにすると、有り体に言えば、それは『ステラグロウ』の裏側、要するに『ステラグロウ』における「僕」を救った側である「君」はどんな心情だったのかということで、そういう意味での裏側です。……という情報を持っている状態で二つの歌詞を読み比べてみると面白いかもですね。

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 さっき言った通り、人って勝手に救われるものだと思っていて。『ステラグロウ』における「僕」もまた同じように勝手に救われて、「君」の言葉に。救われた側の「僕」にとって「君」はとても強く大きな存在として映っていて、それはだから『ステラグロウ』の中でだって勿論そうなんですが。でも、だからといって「君」の本心が実際のところはどうだったのかなんて、「僕」にとっては知る由も術もないことで。そういう意味で、あれは「明けない夜はない」のほうしか書いていない歌詞でした、しっかりハッピーエンドだし。一人称が知り得ない情報についてを記述しないということは、一人称視点で展開される物語においては当然のことで、だから別に心残りがあったというわけではないんですけど。ところで、それはそれとして。

 ”cor” はラテン語で「心臓」。朝が来て、夜が来て、今日が終わって、そしたらまた別の今日が始まって。そうやっていまも生きているのは、いつか始まった心臓がまだ動いているから。『cor』という楽曲において B メロからサビへ繋がる部分は三ヶ所あって、その全部で「息」という単語が用いられているのですけれど、だからそれが、どうして「心臓」という言葉が曲名に冠されているのかという問に対する答えにもなっていて。……みたいな? そういう設定の上に書かれたのが『cor』という歌詞であり、楽曲でした、実は。

 

 

 結構書いたな~って気がするんですが、これでもボーカル担当へ共有した怪文書の序章くらいにしか触れていないという事実があり。このことからも、該当の怪文書がいかに怪文書然としているか、何となく察しがつくという感じですけれど。でもまあ、そうですね。歌詞の内容に踏み込んだことを書くつもりはいまのところあんまりなくて、ただ、『ステラグロウ』と『cor』がいわば表裏一体みたいな、そんな感じの関係にある二曲だって話ができれば現状それでいいかなって感じだったので。なので、今回はこの辺りで一旦終わりです。

 前回の記事で「この曲の本当のアンチテーゼは『リスティラ』ではなくて~」と言っていたのは、だから『cor』は『ステラグロウ』のアンチテーゼだったという話で。あるいは「実は『ステラグロウ』のサビでも同じようなギターリフを使っていて~」と言っていたのは、『ステラグロウ』と『cor』とがそういった関係にある楽曲だからっていう。歌詞に関連性を持たせたのと同じように、編曲面にも共通項があれば嬉しいなっていう、結局はそれだけの話でした。

 

 

 

cor について


 2022/04/24 開催の春 M3 にて頒布した MIRINN 1st Album "polaris" 収録の楽曲『cor』についての話をします。音楽的な話から歌詞なども含めた全体的な話まで、色々と書けたらいいなと思っているのでネタバレ回避というか、作者の意図的な部分についての話を聞きたくない~って方はブラウザバックしてもらえたらと思います。
 cor / MIRINN は以下のリンクから試聴できます。

mirinn.bandcamp.com

 

 「 MIRINN のアルバムを作ろう!」という話になったのが 9 月末のことで、作曲の草案自体は 11 月頭にはできていました。草案っていうか、楽曲の展開、メインボーカルのメロディ、コード進行、リズムパターン、ギターリフ、その辺りです。M3 が終わってから MIRINN の一つ目の I 担当であるところの imanishi 君に指摘されて「たしかに」と思ったことがあって、言われてみれば『cor』という楽曲は、これまでないくらいに自分の「好き」がたくさん詰まったものになっているのかなって。

note.com 意識的では全くなかったんですけど、だからもう本当に、言われてみれば、って感じです。このことについては下のほうで詳しく触れると思います。

 

 

 1A メロ。原案の時点ではピアノ伴奏ではなくて、アコギでの弾き語り風になる予定でした。そうなるとちゃんと生で録ったほうが絶対に良いだろうという話にもなり、ところでそれは色々と難しそうだということになったので、MIRINN の一つ目の N 担当であるところの nion 君に伴奏を弾いてもらう運びとなりました。近すぎず遠すぎずの正しすぎる伴奏を的確に用意してくれた(=リテイクしなかった)nion 君には本当に感謝しています。当初の予定からは外れてしまいましたが、最高のイントロになったな~と思います。

 歌い出し 8 小節のコード進行は 

  V/IV - V/IV - I/III - VIm7/III - IIm7 - III7 - VIm7 - [Vm7 - I ]

です。コードワークにおいてリファレンスを設けることは基本的になく、普段聴いている音楽が直に出力されている部分だなと自分では思っているのですが、それでいうならここは完全に BUMP OF CHICKEN堀江晶太さんです。歌い出し V/IV のくだりは BUMP の楽曲から、後半の Vm7 は(別に堀江晶太さんに限った話ではないですが)堀江晶太さんの楽曲から、それぞれ聴いて覚えた音だな~って感じですね。メロディ的なところでは、とにかく 3rd shell( soundquest の用語)と 5th shell の二つをいい感じに叩きまくっています。意図的かと言われれば半分くらいそうで、残りの半分は違うという感じですが、ただ、どういうメロディ配置にするとどういう印象を受けがちなのかということが、主観的にでもざっくり掴めるようになったというのはこの数年での成長の一つかなと思っていて。それが如実に出ている部分かなーと思ったり思わなかったりします。あとは A メロ終わりの V7sus4(b9) と VI7(b9) にも言及しておくと、前者は堀江晶太さんの楽曲から覚えた、ここ最近の自分の曲ではお決まりになってしまったいつもの音ですね。後者は MIRINN の二つ目の N 担当であり、ボーカル担当でもあるところの nazushiro さんの楽曲から覚えた音です。二つともとても素敵な和音だな~と自分は思っていて、ところで nion 君の伴奏はその辺りのこともきちんと汲んでくれたものになっており、マジでもう本当に感謝の念しかありません。

 

 1B メロ。ちょっとだけ歌詞の領域へ踏み込んだ話になってしまうのですが、自分のプロットでは一人称の心情がこの辺りから少しずつ変わってきて。1A メロは、言ってしまえばただただセンチな感情でしかないというか、夢から覚めた曖昧な記憶の中に「ああ、なんか、懐かしい人がいたような気がする」って思うみたいな、そんな感じの。ところで B メロはそこからさらに一歩踏み込んだ回想になっていて(一番も二番も)、手にとって分かるくらい単純な情緒がどうこうというよりも、むしろもっと複雑な感覚であってほしいよな~という気持ちがあり。なので 1A よりは 3rd shell をとる場所が少なくなっていて、代わりに 7th shell がところどころで鳴るようになっています。8 小節目の『あお"い"ほのおも』の「い」とかは Vm7 の 7th shell で、めちゃくちゃ良い音~~~~~って思いながらメロディを考えていた記憶があります。単一色で表現できるような切なさじゃなくて、なんていうか、……なんていうんですかね? 濁っているとも思わないんですけど、なんていうか、なんていうか。難しいのでやめます、言語化。とにかく、自分が B メロで表現したかったことにめちゃくちゃピッタリな音だな~と思いながら作っていたので、『cor』の B メロはなかでもお気に入りのパートだったりします。B メロでは IIIm7b5、II7、VIIm7、IVm6 といった堀江晶太さんの楽曲から覚えたコードがしれっと大量に混ぜられており、そういう意味でも imanishi 君の言っていた「堀江晶太み」は的を射ていますね。

 

 サビ。『cor』において真っ先に生成されたパートです。ここから順に A メロ→ B メロ→間奏→シューゲイザー地帯→ C メロ( 2 サビ終わり)と生成されていきました(たしか)。という事情もあり、最初に考えたサビの雰囲気によって曲の方向性がそれなりに決定されたような感覚があります。

 作曲について話すなら、この辺りは自分の手癖が露骨に出てるな~という感じで。最初に生成されたパートなので当然なんですが、ドシドソ~を使ってるし、フレーズ返しの II7 が入ってるし、なにはなくとも 3rd shell を叩きまくる前半のメロディとか、最後にしれっと混ざるミ♭(移動ド)とか、その他諸々。最後のやつについては、『消えたポラリス』をきっかけにミ♭(移動ド)の響きが自分はかなり好きっぽいということに気がつき、その流れで今回も起用されたという感じです。用法としては、上から降りてくるのよりも(それも好きなんですが)、レ→ミ♭→レ(移動ド)という感じで「上がり切らない」のニュアンスとして使うほうが自分の好みっぽいです。このパート全体としてやりたかったことが、そもそも「やりきれない感じ」ということがあって。冒頭からいきなり下降していく歌メロとか。この曲、最高音と最低音が両方ともサビにありますし。あとは VIm7 でも安直に主音へ解決せずにシ→ドでちょっとタイミングをずらしたりとか、ソ♯やシ(移動ド)を経由して半音で動く部分を多めに作ってる辺りなんかも。『リスティラ』が「青春最高!!! 盛り上がっていこうぜ!!!!」みたいなサビで、その次に MIRINN として発表する曲ということもあり、なのである意味アンチテーゼ的な方向性でもいいのかなって、そんな気持ちで作っていました。この曲の本当のアンチテーゼは『リスティラ』ではなくて別の曲なんですけどね(仄めかし)。

 編曲面だと、こんなにも BUMP OF CHICKEN の気持ちで作ったの初めてだなってくらいには BUMP OF CHICKEN の気持ちでした(反復表現)。特にギター。バッキングギターの音取りは BUMP のバンドスコアと睨めっこしつつ考え、一方、右で鳴っているギターリフは自分がいつもギターを手に取ると手癖で弾くフレーズから生えてきています。ところでその手癖というのは BUMP OF CHICKEN の楽曲に由来しており、MIRINN の R 担当であり、ギターリフ担当であり、自分と同じくして BUMP ファンであるところのりっか君にはちゃんとバレていましたね、「『Aurora』ですね」って。実は『ステラグロウ』のサビでも同じようなギターリフを使っていて、だからもう本当にめちゃくちゃ好きなんですけど、こういう動き方をするギターが。ただその、前作のときには微妙に不満が残る結果となって、というのも、打ち込みだとスライドのニュアンスを出すのに限界があったんです、どうしても。ところで、このフレーズはスライドのニュアンスが一番気持ちいいみたいなところがあり、なので不完全燃焼~~~という感じだったのですが、今回、BUMP ファンであるりっか君にギターを弾いてもらえるということで、「これはやるしかない!!!」と思い、再び起用される運びとなりました(それと別の理由もあるんですが、ここでは割愛)。結果、マジの最強になったのでもう本当に正解でした(サビへ入った瞬間のスライドの音が気持ち良すぎる~~~~)。このサビに当てるギターリフとしてはもうこれしか考えられないってくらい、自分の中での正解に近いです。

 

 間奏およびアウトロ。そうですね、ここは imanishi 君にも指摘された通り、完全に堀江晶太さんの気持ちです。いや、全然関係ないんですけど、制作期間中、夜の三宮へ散歩に行った日があって、2021/10/10。海沿いの、人通りのほとんどない港周辺を歩いたんですが、途中、ちょっとした広場みたいなところがあって。すぐ目の前に海があって、柵もなくて、落ちようと思えば落ちれるみたいな、そんな場所があって。そこでサビのメロディを口ずさみながら、なんだっけ、歌詞を考えていたのか何をしていたのか、あんまり覚えてないんですが、とにかく『cor』のことを考えていて。それで、そのとき、サビのフレーズの直後に何となく歌ったのが、この間奏のフレーズでした。「めっちゃ良いメロ!!!!!!」と思い、ところでそのとき自分のスマホは電池が死んでいたので、絶対に忘れないよう、その場で移動ドへ変換したりして、それで帰って秒速で DAW へ打ち込みました。当時は BUMP よりも PENGUIN RESEARCH堀江晶太さんのバンド)のほうをよく聞いていた時期で、BUMP の気持ちだったサビから堀江晶太の気持ちの間奏へ移るのにはそういう背景事情があります。でもギターリフは BUMP の気持ちのままなので、二つの気持ちがいい感じに混ざりあっているかなーって部分ですね。

 アウトロのほうへ先に触れておくと、絶対シンバルを拍頭で鳴らしまくるやつをやりてえ~~~~~って気持ちでリズム隊は組みました。PENGUIN RESEARCH やりこみ勢なら自分がどの曲に感化されてこういった構成にしたのかが分かるかもです。ちなみに『敗北の少年』ではありません。

 

 2A メロ。触れておきたいのはベースラインと、バッキングギターのカッティングですね。高域で鳴るベースが、要は一弦をしばきまくるベースが自分は恐らくめちゃくちゃに好きで、ところでベースって(アップテンポなロックの文脈だと)基本的には三弦と四弦をしばくじゃないですか。だから美味しいところでちょっと混ぜるくらいの使い方しかできてなかったんですけど、一弦とかを、これまでは。ところで「いや、もっと聴きたくね?」という気持ちもあり、2A メロ前半ではこれでもかってくらいに上の弦をしばいてもらいました、imanishi 君に。カッティングのほうも構想段階から入れることが決まっていて、というか、編曲面でやりたかったのは「これまで打ち込みでできなかったこと全部」で。さっきのギターリフのスライドもそうですけど、ギターのカッティングも、歪ませればどうにだってなるかもですけど、クランチ気味の生っぽさを打ち込みで出すのってめちゃムズじゃないですか。なので、MIRINN の M 担当であるところのマコトシアカ君には絶対にどこかでカッティングをやってもらおうという気持ちがあり、その気持ちが反映されて生えたのが 2A です。後半にある食いのところがめちゃくちゃお気に入りですね。『その痛みも怖くないよと』のところです(こういう食いの入れ方は PENGUIN RESEARCH の気持ち)。

 ここはやっぱりメロが BUMP の気持ちだったので、編曲も全体的に BUMP の気持ちでやっていました。BUMP やりこみ勢なら具体的に何がリファレンスになっているのか分かるんじゃないかなーってラインです。この部分を編曲するにあたってリファレンスへ特別寄せたとかも特になく、単に自分が BUMP の中でもよく聴いている楽曲なので、それで勝手に出力されてきたみたいな、体感的にはそんな感じです。『RAY』と『aurora arc』からそれぞれ一曲ずつ。BUMP やりこみ勢の皆さんはよければ当ててみてください(よければって何?)。ヒントは、上で言ったベースラインとカッティングギターです。

 

 2B メロ。ここが一番のお気に入りかもしれません。毎回毎回の目標として「これまでにできなかったことを少なくとも一つはやる」というのがあって、それが一番反映されているのはこの 2B メロ、具体的には最初の『遮って笑っても 切り取って黙っても』の部分で、それが何かというと「空白の活用」です。DTM を始めてもう九年くらい経ってる気がするんですが、いまでも思うこととして、曲の中に露骨な休符を置くのってめちゃくちゃに難しいなということで。なんていうか、全部の音がちゃんとまとまっていないと全然パッとしない感じになってしまうというか……。なので、そういう編曲の仕方をこれまではずっと避けていたのですが、でもたとえば PENGUIN RESEARCH の楽曲なんかを(たとえば『雷鳴』、『千載一遇来たりて好機』、『SUPERCHARGER』なんかを)聴いていると、そういう空白のある音楽ってめちゃくちゃにカッコいいんですよ。少なくとも自分にとってはそうで、だから前々から「いつかこういうのやりたいな~」という気持ちがあって。それでいて該当部分の歌詞は『遮って笑っても 切り取って黙っても』で、だったら音楽的にも遮りたいし切り取りたいな~と思って。なので、という話です。思うに、金物(オープンハイハット)のニュアンスがめちゃくちゃに大事な気がします。どのくらいずらして鳴らすのかと、どのくらい音を伸ばしてから閉じるのかの二つ。ここだけじゃなく全体的にそうですが、ここは特に金物のタイミングをめちゃくちゃに調整しました。

 最大のお気に入りポイントは 5 小節目から 8 小節目にかけての部分なのですが、ここのコード進行は

  IVadd9 - [ VIIm7 - III7 ] - [ VIm7 - II7 ] - [ Vm7 - I7 ] 

となっていて。自分がこういうコードワークをするようになったのは堀江晶太さんの楽曲を聴くようになってからだと思うので、ここもやっぱり imanishi 君の指摘通りだな~って感じなのですが。要は、メジャーとマイナーを二拍ごと交互に進んでいくんです、それも強進行で。ところで、この部分の歌詞は『自動でただ廻ってゆく 星空の下』となっていて。詳細を説明するには歌詞の話題に触れる必要があるので割愛するとして、ざっくり言うと「タイムリミットのことなんて知らない風で勝手に明けていく夜」という文脈がここにはあり。強進行のよく分からない謎パワーによって次々と進行していくコードと、全自動でぐるぐると回る星空をただ眺めるしかない一人称との心情が、だから結構良い感じにハマったな~~と自分では思っていて。「音と歌詞の調和」とかって自分はよく言いますけど。なので、この 2B メロがめちゃくちゃにお気に入りのパートだったりします。

 

 C メロ。2 サビ終わりからシューゲイザー地帯にかけてです。ここは BUMP OF CHICKEN の気持ちでも PENGUIN RESEARCH の気持ちでもなく、sora tob sakana の気持ちで作ったパートでした。というのも、C メロってめちゃくちゃ難しいなと曲を作るたびに思っていて。なんていうか、あってもなくてもいいような C メロを作りたくないっていうか、……必然性? 説得力? そういうのがきちんと備わっているべきだよなという気持ちが薄らあり、ところでそれってめちゃくちゃに難しいじゃないですか。だから作らないことのほうが多いんですよ、C メロ。『消えたポラリス』のサビ後フレーズを C メロと呼ぶなら、あの曲で作ったのがめちゃ久々って感じで。それより前となると『ここにいるよ。』の 2 サビ終わりくらいで、あの曲はもう三年くらい前になるので、だから本当に作っていません、C メロとかいうの。ところで今回は絶対に C メロがほしいというモチベーションがあり、というのも先述の通り、先にシューゲイザー地帯が生成されたんですよね。サビ終わりからいきなりシューゲイザー地帯へ繋ぐのは不可能、というか意味の分からないことになってしまうので、なのでその間を繋ぐ C メロが必要だったという話です。後述のシューゲイザー地帯の気持ちから、C メロは限りなく曖昧な藍色みたいな感じに仕上げたく。ところで自分にとってのそれは BUMP OF CHICKEN でも PENGUIN RESEARCH でもなかったので、そこで sora tob sakana の気持ちになり、sora tob sakana の気持ちになりました(反復表現)。りっか君が弾いてくれているギターリフにそのニュアンスが出ているかなという感じで、C メロ前半は本当にギターリフを聴いてほしいです(ところで、このフレーズは鬼ほど難しかったらしく、三月中はずっとマジ申し訳ない~という気持ちでした)。それと、ここは歌メロもギターもピアノも主音(移動ドでド)や下中音(移動ドでラ)をなるだけ叩かないように作っていて、そういった調性を決定づける音を回避することで曖昧さが出せるのかなという試みを組み込んだりもしていました。

 シューゲイザー。絶対やりたかった。制作の途中まではそんなことなかったんですけど、サビができて、A メロができて、B メロができて、歌詞の方向性もざっくりと決まり始めてきて、というくらいになって「これ、絶対にギター轟音パート必要だわ」という気持ちになり。それこそ所属サークルの人々は「破壊は愛」だとか「音割れは叫び」だとか、そういった発言をたまにしますが、自分はそれにかなり同意しているほうで。だから、このシューゲイザー地帯も一人称の感情表現として組み込んだものでした。感情の嵐っていうか、整理がつかずごちゃついたままの心を表現するのに適切なものって何だろうなと思い、そしてそれはギター轟音じゃんかということで。『閉じた目をまた青く染めてゆく』と歌っているように、『cor』という楽曲においてはそういった要素を音楽でも表現しないと意味がない! と思い、なのでシューゲイザー地帯が組み込まれる運びになりました。ここでも主音を回避してシ(移動ド)を持続させたり、ただ轟音にするだけじゃなく構成音についてはそれなりに吟味しました。ところで人間に弾けるのか? というポジションになっていた可能性が高いのですが、なぜかマコトシアカ君はちゃんと弾いていました。なんで?

 

 

 以上! 長くなりすぎたので歌詞の話はまた今度にします(あれば)。今回、ミキシングとリズム隊の構成をめちゃくちゃに頑張ったので、その辺りも注目して聴いてもらえると嬉しいです~~~。

 

 

 

M3春2022

 

 M3 という同人音楽即売会へ出展側で参加しました。という書き出しは「 M3 ってなんぞ?」という人もきっといるはずと思ってのもので、要するに、他人に読まれることを想定した文章を久しぶりに書いています。なんていうか、本当の本当に久々なので、ところどころに変な言い回しがあったとしても大目にみてください。

 

 まずは M3 おつかれさまでした。そして、自分たちの作品を手に取ってくださった方々、本当にありがとうございます。当日、自分は大学構内で試験を受けていたのですが、昼休みの合間にみたメンバーからの売上報告に対して「想像の二万倍売れてる。」と返信したくらい。後述する話題のこともあって、それはもう本当に多大な驚きと感謝とが入り交じり、よく分かんない気分のままで昨日一日を終えました。繰り返しになりますが、本当にありがとうございました。

 マジ頑張って作ったのでマジ色んな人に聴いてほしく、そしてよければマジ買ってほしく。現物ではなくダウンロード販売になるのですが、以下のリンクから 600 円で購入可能なので、マジ試聴だけでもしてもらえるとめちゃくちゃ嬉しいです。自分は Tr.05『cor』、Tr.06『リスティラ』の作詞作編曲を担当しています。他の四曲もマジ最高で「いいアルバム作れたな〜」って気持ちです(他の四曲は残りのメンバーの力によるものですが)。

ダウンロード販売のサイト

mirinn.bandcamp.com

・XFD(試聴用音源)

youtu.be


 話しておきたいことは本当に星の数ほどあり、というのもこの半年間くらいずっと、水面下ではこのアルバムに関する諸々が動いていて。そしてそればかりでなく、もっと多くのたくさんが今回の一件には繋がっているなという感覚が自分にはあり。ところで、その全部を一から説明しようとするととんでもないことになってしまうのは想像に難くないので、今回は一先ず思いついたものから順に、具体的にはアルバム制作の動機やその関連事項について書き残しておこうかなと思います。

 

 改めまして、M3 おつかれさまでした。MIRINN のメンバーは勿論のこと、当日売り子をやってくれた二人、楽曲のミキシングについて何度も意見をくれた人たち、アルバム制作の動機をくれた同サークルの面々。先にも少し話した通り、様々な人々との繋がりがあってこそというか、月並みな表現に頼るとすれば、多くの人の助けによってようやく辿り着いたのが昨日だったんだなって気持ちです。アルバム制作の動機について話します。高校時代、マジの音楽未経験状態から作曲というものに手を出したのが自分で、当時、僕に DTM 関係の諸々を教えてくれたのが同人音楽界隈の方々でした。自分の曲が初めて M3 で販売されたのは、実は高校二年生の春にあった M3 のことなのですが、当時、コンピレーションへの参加を強く後押ししてくれた同人音楽界隈の方々がいなければ、とっくの昔に DTM なんてやめちゃってたかもなってくらいで。関西在住の高校生にとって、東京という場所はあまりに遠く、現実世界での交流はほとんど皆無だったのですが、インターネット上でのそれは間違いなくいまの自分まで繋がっているな、と実感することが大学進学以降も多々あり。「大学の作曲サークル、楽しそうだな」と初めて感じたのも、その辺りからだったような。そのくらい、って言葉にするのは簡単で、でもこれだと全然気持ちに追いついてないなって感覚はあるんですが、どんな言葉を割いても足りない気がするので、ここではそのくらいという言葉で片付けることにします。なにはともあれ、そのくらい、かつて過ごした三年間はいまの自分の在り方に深く関係していて。なので、有り体に言えば、ある種の憧れめいたものがあって。即売会的な場所で自分たちの音楽を売るという行為、あるいはそれによって生まれる関係性に対して。大学へ来てからもそんな感覚を漠然と抱えたまま、ただ自分も自分で結構卑屈なところがあって。卑屈という表現は違うかもだけど、なんだろ。「自分は別に大した人間じゃないしな」みたいな、いや、実際その通りなんですけど、実際にその通りだしなって気持ちにプラスアルファしてそう感じてしまう面があるというか。人間性的な部分でも、あるいは音楽的な部分でも。これには、だから自分のルーツ的な部分が多少は関係していて、音楽未経験だったんですよ、本当に。楽器を一瞬習っていたとかでもなし、右も左もドレミも分からない状態から作曲を始め、soundcloud とかに残ってるんですけど、当時の曲がまだ。自分は自分の曲大好きマンなので、昔の曲も当然のように好き(いまでもたまに聴く)なんですが、ただ、客観的には有象無象の一つだよなって感覚が当時からずっとあって。有象無象っていうか、有象無象にさえなれない何か? なんていうか、かつての自分が作ったものなのでなんとでも言えるんですが、それこそたとえば子どもの落書きのような、そんな感じの。それでいて、自分に作曲の楽しさを教えてくれた先述の同人音楽界隈人間たちは、それはもう本当に素敵な楽曲を手がける人たちばかりで。なんか、その界隈についてほとんど無知でも名前を聞いたことくらいはある、みたいな立場にまで現状上り詰めている人が結構数いるんですけど、そんな彼らは当時からずっと凄いままで。つまるところコンプレックスですよね、ある意味において。楽器経験有りとかズルじゃん、と思ってましたし、高校生の頃は本気で。「そんな自分が作った音楽だし」って気持ちが、だからずっとあったといえばずっとあったという話で。なんか、なんだろうな。同サークルならもしかすると心当たりのある人がいるかもしれませんが、対外的な音楽活動に対して自分があまり乗り気でなかったのも、割とこの辺りの感覚に由来するような気がしていて。……という裏話があるんですが、っていう紹介をするためだけに文字を割きすぎましたね。要するに、ポジティブとネガティブが同時に存在していて、どちらかといえば後者のほうにずっと傾いていたという話です。だから、ここで冒頭の話題へと戻り、様々な誰かとの繋がりがあってこそ、という気持ちが、だからいまの自分にはとても強くあります。本当に、自分ひとりだとこんな感じになっちゃうので、何事もなければ何事もないままで学生を終えていたのだろうなという感じがしていて。一年前。ちょうど一年前だねって話を昨夜したんですが、2021 年の 4 月 24 日、所属サークルの新歓ライブ。あの日、バンド部の五人が『未完成の春』を演奏してくれたあの瞬間から、だからもう全部が始まってたんだよなって感じで。一年越しに盛大な伏線回収をするみたいな。本当はもっとずっと前から始まっていて、たとえば自分が大学サークルへ所属した五年前から現在に至るまで、自分の音楽を何度も褒めてくれた同サークルの人達。何ひとつだって忘れていないとは言えませんが、それでも覚えていられる限りのことは覚えているつもりで、上に書いたような考え方をしていた自分に踏み出すための一歩をくれたのは、そういった、自分の周りにいてくれた人たちに他ならないというか。なので、当たり前のように感謝だってしています。それから、昨日の M3 に自分たちと合同スペースで参加した Pollaid さんも。

・Pollaid アルバム

pollaid.bandcamp.com

「 MIRINN でアルバムを作ろう」という話になった最大の要因は、大例会代替ライブが終わった後、鴨川沿いで駄弁るだけの夜で Pollaid アルバムの話がなされていたからでした。あれがなければ春M3に出ていた可能性は限りなくゼロに近いだろうと思うので、あの夜があって本当に良かったです。それと、言わずもがなですが MIRINN の人たち。彼ら彼女らは今回の一件に最も貢献してくれた方々で、もう本当に頭が上がりません。自分の進行がめちゃくちゃだったこともありほとんど全員にとんでもないデスマを強いる結果となってしまったのですが(マジ申し訳)、M3 が終わったあと「またなんかやりたいですね〜」みたいに話してくれたのは本当に嬉しかったです。またなんかやりましょう。あと、すべてが終わったら打ち上げをやりましょう、絶対に。……というのがアルバム制作の動機に関する事柄のおおよそです。なんか、なんだろうな。『リスティラ』にまつわる話はこのブログに限らず現実世界においても無限回しているので、またかよって自分でも思うんですけど。踏み出す一歩を信じて、その先にあったのがだから昨日という一日だったって話ですよね、結局のところ。MIRINN のメンバーとなら、マコトシアカ君、imanishi 君、りっか君、nion 君、なずしろさんの五人となら、絶対にもっと面白いことが出来るはず! と思った一年前の自分が昨日の今日まで見越していただなんて予定調和は当然なくて、ただの予感、あるいは衝動でしかなかったような感覚ですけれど。「信じる」という言葉を歌詞に使ったのは『リスティラ』が初めてだって話もたしかどこかで書いたはずで、だからつまりそれは、一年前のあの日がやってくるまでは何かを信じることなんてできなかったという話で。「そんな自分が作った音楽だし」。本当は何ひとつだって信じたくなんかなくて。最初から誰も何も信じたりなんかしなければ、翻って誰かや何かに裏切られたりすることもないという話で。正真正銘紛れもない真実と、そう断じてしまえるものに対して「信じる」なんて言葉を充てがうことはおおよそなく、信じたいと思うのはそれと同じくらいに強く疑っているから。疑うという行為は自分にとって何よりも大切なもので、一方で「信じる」という言葉はそれをまるで都合よく覆い隠してしまうような、そんな気がして。だから、その言葉を口にすることに対して結構な抵抗がありました。伝家の宝刀ではありませんけれど、ここぞというときにしか言いたくない類の言葉っていうか。その考え自体はいまも何ら変わりませんけれど、ただ、だからなんか、これも多分ブログに書いたり誰かに話したりをしたと思うんですけど。一年前のあの日、それから二週間あまりが経過した五月、当時はまだ曲名のなかった『リスティラ』の歌詞を真夜中の鴨川デルタでぼんやりと考えていたとき。「いまはまだ信じていたい」ってフレーズを不意に口ずさんだのは、だからもう自分にとっては本当に有り得ないことで。信じたっていいという気持ちは、だから本来、裏切られたっていいという気持ちと等価なはずで、少なくとも自分にとっては昔からずっとそうで。だって、顔を合わせたのはあの日が最初だったし、いまほど仲良くもなかったのに、それなのに、って。歌詞を書いた当時からいまに至るまでずっと、このことについては考えていて。裏切られたっていいだとか、そんな風に思える瞬間なんて滅多にないのに、それが今なのかっていう。でも、その先にあったのが、だから昨日という一日で。あるいは『リスティラ』が完成したことも、それを大学の学園祭テーマソングとして選んでもらえたことも、全部。その全部が、裏切られたっていいとあの日の自分に思わせてくれた MIRINN メンバー各位のおかげだって、そういう話です。だから、これだけ書いてもまだ全然足りないなって感じですけど、だからマジで本当にめちゃくちゃなくらい感謝しています、吉音バンド部にも MIRINN にも。書けば書くほど嘘っぽくなっちゃうので、これで最後にしますけれど、今回は本当にありがとうございました。ちゃんと完成させられて良かったし、嬉しかったです。これからもやっていきましょう、音楽を。

 

 本当は今回制作した楽曲の話とかも書きたかったんですけど、でもなんかこの時点で結構な文量になってしまっているので、それはまたの機会にしておきます。ありがたいことに、この M3 周りの諸々をきっかけにまた新しい話が進んでいて。大学生活の幕引きもついにカウントダウンが始まったって感じの頃合いですが、手元に残された時間の限りを使って、いまやれることを全部やりきりたいなって気持ちです、いまは。万物やっていきです。よろしくおねがいします。

 

 

 

20220416


 何の努力もしないで他人に好かれている人間がいる、と考えている人がこの世界には一定数いるらしく。ところで、この文章の後半部分は任意の成功体験に置き換えることが可能だよな、と思う。何の努力もしないで昇格する、とか、何の努力もしないで難関大学へ合格する、とか、そんな感じで。この手のステートメント、本当に不毛な言い争いへしか発展しないので自分は会話ではなるだけ出さないし、誰かが口にしたらそれとなく聞き流すようにしているけれど。いや、この主張が抱えている問題は山ほどあって、努力のキャパシティは人によって異なるだとか、そもそもスタートライン時点で人は平等でないだとか、そういう問題が山ほどあって。でも、そもそもの話、思うこととして。いや、たしかにそういった問題はあるし、現実問題として。あるけれど、でも、それらの存在によって「何の努力もしないで」という言葉の暴力性が正当化されるわけではないだろ、と自分は思うから。生みの親が超絶エリート人間で、物心ついたころには学習塾へ通い、一方で文化的な素養も十全に養いつつ、有名な進学校のもと文武両道の数年を経て、そのまま難関大学へ見事合格……みたいな経歴の人間が仮にどこかしらにいたとして。親ガチャって若者言葉もあるけれど、生まれの時点で差がついているという指摘を否定すると、それは嘘になると思う。そんなことは絶対にない。だから、その人にとっては努力ですらなかったのかもしれないけれど。いやでもさ、だからって「何の努力もしないで」なんて言葉が許されていいわけではないでしょと思う、少なくとも自分は。ものすごく暴力的な表現だと思うんだよな、この言葉。平気で使っている人たちはきっと自覚していないのだろうとは思うけど。何の努力もしないで、って。どうして他人の努力のすべてが余すところなく自分の視界には映りこんでいると信じられるんだろう。だって、そういう発言じゃない? 「私は貴方のことをすべて知っていて、だから貴方が何一つも努力なんかしていないことだって知っています」って、そういう意味でしょ、「何の努力もしないで」って言葉は。言われたことあるんよな、この手の言葉を何回か。無自覚なんだろうな、と思う。自覚してやってるなら尚のこと質が悪いけど、そこまでの悪だとは思ってない。でも、割と普通に傷つくな、やっぱり。何の努力もしてないなんて、そんなわけないだろって思う、毎度毎度。たとえば周囲の諸々へ気を配ったり、たとえば誰もやらなさそうなことを予め片付けておいたり、たとえば他人の相談に乗ったり乗らなかったり。ちょっとした一言をかけたりとか、なんだとか。その全部が全部うまくいくというわけではないけれど、当然のことながら。でも、だから、やることはちゃんとやってるんだよな、誰の目にもつかないようなところでだって、色々と。仮に人間関係の話に的を絞るとして、周囲の人間からの評価ってそういった些細な立ち振る舞いから形成されていくものなんじゃないのと思う、自分は。何もしていないのに気づいたらいつの間にかちやほやされてましたって、ライトノベルの主人公じゃないんだからそんなことあるわけない。人間性。土壌。いやまあ、それだってそう。そうだけど、そうだけど。だからってその一言だけで自分のこれまでを全否定するのだけは、だから本当にやめてほしいって、そういう話。気づいてほしい、いい加減。知らない。知らないんだって。その正体を知ろうとすべきとは言わないし、というか知ってほしいとも思わない。フィルター、鍵、宝箱、なんだっていいけれど。でも、知らないってことくらいはせめて知ろうとしてほしい、と思う。思ってしまう。思ってしまうよな、どうしても。我儘だってことは分かるけど。隠してるんだよ、だから、みんな。自分だって、誰かだって。努力とか好意とか不幸とか。そういうのって誰かにひけらかすようなものでもないはず。少なくとも自分にとってはそう。そういった諸々が自分の視界に映り込まないことは、だから自然だって思わない? なのに「何の努力もしないで」だとか、そうやって他人の全部を一方的に踏み躙るより前に、だから少しくらい考えてほしいんよな、そういうことを。まあ、好きにすればいいけどさ。多少傷ついたって、別にその傷の在処を大声で言いふらしたりなんかしないし、同じような言葉の暴力で殴り返したりもしない。そのくらいには大人だから。傷つくなあと思って、一日経ったら心の奥へしまい込んで、たまに嫌なことがあったときに一緒に思い出したりして、だけどその程度のもの。その程度のもの、って言っていいのはそれを抱えている側だけだけど、でもまあ実際にその程度だし。だから好きにすればって思う。どうでもいい。それはそれでその人の人生なんだから、だから勝手にすればいいんじゃない。

 

 

 

エピローグって

 

 昨日の続き。かつての書店、いまとなっては物置小屋も同然となったそれに背を向けて改札へ。普段から持ち歩いているわけでもないけれど、その日はたまたまノート PC が鞄の中にあったから、降りたホームの隅に腰かけながら開いてみた。ついさっきの気持ちを書き残しておこうと思って、それで。白紙のワードパッドを前に、上着のポケットからイヤホンを取り出して、ここへ来るまでもずっとそうしていたみたいに。スマホを操作して、そしたら今度は気づくとか気づかないとかでさえなかった。左。左側から音が聞こえない。断線? 断線だろうな、と思った、真っ先に。いますぐに確かめる術はないけれど、とはいえスマホの端子が何らかの原因で突如として破損したという可能性よりは、そっちのがよっぽど現実味のある話。なんか、なんだろうな。これがいつもなら「あー、ついに」で片付けていたかもしれないけれど、抜け殻と化した書店になんだかんだと考えさせられた直後だったせいか、「お前もか」って感覚が先行した。一時間ちょっと前までは問題なく使えていたのに、よりにもよってこのタイミングで。『ここにいるよ。』を作ったのは三回生の夏、つまりだいたい二年半前。最後の編曲を詰めてる段階、だから九月くらいか。その辺りでもイヤホンが断線して、昨日まで使っていたそれはそのタイミングで買い替えたものだった。いわゆる携帯型端末で音楽を聴き始めたのは、中学のころ両親からもらったウォークマンが初めてで、以来、色んなイヤホンを買っては壊し、買っては壊しを繰り返してきたけれど。でも、二年半ももったのはたぶん初めて。愛着。いや、愛着とかはないな、別に。粗雑に扱っていたわけでは勿論ないけれど、だからって必要以上に大切にしていたわけでもない。でも、なんか。行っちゃうんだ、って思うよね、なんかね。高校入学の頃から買い替えてない眼鏡とか、もう七年目になるスマートフォンとか、物持ちがいいってたまに言われるけど別にそんなこともない。基本的な機能性については問題なくたって、眼鏡のレンズは傷が入りまくりだし、スマホのバッテリーはもう風前の灯って感じだし、ロスタイムの延長戦を無理に引き延ばしてるだけで、延命治療みたいに。買い替えるための口実なんて山ほどある。でも、買い替えないための口実も同じくらいの数あるから、だからかえないだけ。このイヤホンも、本当のことをいえば微妙にローの出力が強くて、モニターヘッドフォンに慣れた耳だとそこそこ変な感じに聴こえるから、だから別のを探してみてもいいかもなって気持ちは少なからずあったんだけど。でも、これまでずっと一緒だったしなって気持ちだけで使い続けてたところがあり。断線。いや。どうしようもないじゃん、そればっかりは。ほんと、ほんとにね。どうしようもないことばっかり。書店とか、断線とか、寿命も社会も踏切も。終わりがあるからこそ美しいって、それはそう。花も人も街も青春も、全部そう。正しい。正しいけど、正しいけど。永遠なんてどこにもないから、だからこそ永遠と思えるものもあるって、それもそう。そうだけど、そうだけどさあ、って思うよね。思う。思った。

 

 三月。人と会うイベントが、大学へ来てからの五年間で最も多かったであろう月。イベントの数そのものというよりは、いや、機会自体の数も明らかに多かったけれど、それ以上に相対する人間の数が異常だった。一人と何度も会うというより、たくさんの人と一度ずつ会う、みたいな。理由としては、まあ偏に卒業する人が身の回りにたくさんいたことが大きかったのだろう。卒業に関連する出来事がたくさんあったから。密度。密度が凄まじかったんだな、だから。『三月がずっと続けばいい』って曲があるけれど、いや、その楽曲自体はいまふと思い出しただけで、この話とは何ら関係がないのだけれど、なんか、「まだ終わらないのか」って感じだった、今年の三月は、最初から最後までずっと。二九日、火曜日。記憶が正しければ、最後に他人と会った三月の日。梅田から新大阪駅まで。新幹線で帰るらしかったから、せっかくだし歩こうって。高架下、駐車場、螺旋階段。こちら側と対岸とは電車や車で行き来する人が多いのだろう、通行人とはほとんどすれ違わない。平衡感覚を微妙に損なって橋の上。傾いた夕陽の赤が綺麗だった。歩く。あまりに狭い道幅。たまに対向から自転車がやってくるから、縦一列になって。自分のほうが前方にいた。歩幅が違うから、どうしてもそうなりがち。海の入り口みたいな河を眺めながら「ああ、これでやっと三月も終わるんだな」と思ったり、「何かあったんだろうな」と思ったり。言いはしないし、訊きもしないけれど。行き交う自動車の走行音にぼんやりと考えながら、どうしたって思い出す。二年前、炎天下、河沿いの木陰、口約束。次はきっとあの橋を渡ろうって。自分は覚えていた、渡りたいと最初に言ったのは自分だったから。彼も覚えていた、きっと渡ろうと言ったのは彼のほうだったから。あれもこれもって並べ立てるだけ並べ立てて、そのままベンチの上に置いてきたみたいな口約束がたくさんあって。叶わないって知ってるのに交わす、嘘みたいな約束。人に依るだろうけれど自分にとってのそれは、だけどとても大きな希望で。どんな嘘みたいでも嘘じゃないって思う。思える。それは簡単なことで、だからつまりは忘れ物のような。他人の家に物を忘れたら、それを口実に会いに行ける。どうしたって叶わない約束でも、ないものねだりでも、たったそれ一つあれば言葉を交わす理由にはなるから。だから嘘じゃないって思う。思うんだけど。でも、叶えちゃったな、口約束。「次はきっと」って。もう子どもじゃないんだし、お互いに。だから、次なんてないと思ってたんだけど。二年前、まだ覚えてる。ブログにも書いた、そんなのなくたって忘れやしないこと。二年前の、だからその口約束が生まれた日にも思ったんよな、「あの日の続きって今日のことだったんだ」みたいな。大人になってみえなくなって、声は聞けないし届かないし。そんな昨日までの続きにあるのがこんな今日なのか、みたいな、そんな感じの。断線。『ここにいるよ。』の完成間際に買い替えて、そして昨日に壊れたイヤホン。口約束を叶えて、三月と一緒に夏を終わらせて、少し遅れてイヤホンも。そのおかげで思い出した、地元駅のやたらと寂れたホームの隅。どこへでも行けるよって、そんなの普通に嘘じゃん。どこへでも行けるなんてことはないし、なんにでもなれるなんてこともないし。永遠はなくて、絶対もなくて、それ自体があるいは一つの大掛かりな証明みたいに、どうしようもないことばかりが転がっていて。空っぽの書店とか、断線したイヤホンとか、若い人の姿が全く目につかないこの町の風景とか、そんなふうに。そうだけどさあって思う瞬間だって、昨日の駅前みたいに、たくさんある。でもなんか、だけどそれでもって思っちゃうな、やっぱり。そうやって消えていくものと同じくらい、どこかしらへ続いていくものもあるんだなって思うし、だから。どこへでも行けるだとか、それ自体は嘘だけれど、だとしても。そんな馬鹿みたいな嘘ひとつで、誰一人いないような小さな駅からだってどこへでも行ってしまえそうな、そんな感じがする。した。昨日の午後三時。