緩やかな


 死について考えている。希死念慮とかじゃなく、もっと現実的な死について。たとえば、体調を快方へ向かわせようとする努力をここで止めてしまったとして、そうすればまあ運が悪ければ死ぬかもしれないし。たとえば、明日の朝に目が覚めて何らかの理由で自宅のインターネットが利用不可になったとして、これはまあ結構な確率で死ぬ気がする。いや、自分でコンビニまで行けばいいといえばそうなんだけど、いまはちょっと立ち上がる気力もないし、単純に身近な人たちへヘルプを出せないのがヤバすぎる。前に一度あったんだよな、朝起きたらインターネット環境の全てが絶たれていたこと。まあ、あれはあれで特殊な事情があってのことだったから、今回そういったことが起こることはまずないだろうと思うけれど。

 

 緩やかな死へ向かっていっているという気がする。大袈裟だろって笑ってくれていい、自分もそう思うから。大袈裟。そう、大袈裟なんだよな、明らかに。でも、そんな気がしてる、さっきからずっと。三、四年くらい前の自分はよく倒れていて、原因はよく分からない。貧血とか、栄養失調とか、睡眠不足とか、多分この辺りのなにか。外出中に倒れて救急車で運ばれたこともあって、でも、それはまだよかったんだと思う。不幸中の幸いというか、自分の身に異常が起きたことを察知してくれる人がすぐ近くにいたという意味で。ところで、自宅で倒れたことも何度かあって、こっちがちょっとまずかった。なんていうか、「あ、もしかしてこのまま死ぬ?」みたいな。「やば、倒れそう」と思ったときにはもう動けなくて、スマートフォンを操作するとかじゃないし、なんなら手元にないし。だからこのまま目が覚めなかったとして、そのことに気づくことのできる人ってどこにもいないよなと思って、そういうことを思いながら意識がフェードアウトしていって、頭にスタンガン食らったみたいな激痛と一緒に。結局、その後にちゃんと目が覚めたからよかったんだけど、あのときは何十分くらい倒れてたんだっけな。あれは、なんていうか、急激な死だと思う。本当に、こればっかりは大袈裟ではなく、死が目の前にあった気がする。実際にはそうでなかったとしても、当時の自分の目にはそうみえていたのだから、それはもう自分にとっての現実と言ってしまっていいはず。

 

 緩やかな死という言葉は、そのときの感覚を念頭に置いて、その対比として使っている。なんていうか、まず M3 どうするんだろうなって話がある。これはまあ本当に最悪の場合は新譜を落とせば最初から何もなかったことにできる。次に、修論どうするんだろうなって話がある。最低限、前期を終えた時点でそれまでの内容をまとめれば修論はかけると思うと言われていたので、これもまあ新しいことを過剰にやろうとしなければなんとでもなる。最後に、バイトどうするんだろうなって話がある。自分は塾講で担当生徒が数えるのに両手が必要な程度にはいて、休んだ分の埋め合わせをしなきゃいけない、当然ながら。これもまあ 11 月を犠牲にすればまあ何とかなりそうな気はする。いやだから、全部どうにでもなるんだよな。どうにでもなる、マジで納得のいかない選択肢をそれでも選べば、全部どうにでもなる。どうにかなったということにできる。ところで、そこからさらに一歩踏み込んで、実際にその選択をしたあとの自分について想像してみる。それから、これこそが緩やかな死だな、と思ったりする。音楽とか数学とか、まあバイトはどっちでもいいといえばどっちでもいいけど、でも生徒を受け持つことの責任があるからバイトも含めるとして。なんか、自分が好きでやっていることの全部を手放して、そうしてなんとか締切の先の時間を歩いていくことが出来たとして、それっていったい何の意味があるんだろうと思う。思う、思ってしまうな。マジで生きてる意味ないって、そんな自分。……みたいな気持ちがずっとぐるぐるしてる。死なないことがまず何よりも優先されるべきで、それは本当にそう。早くよくなった方がいいし、そのためにもいまは何もせずに休むべきだし、それも本当にそう。でもなんか、こうしてただ寝転がっている間にも残り時間は削れていっているわけで、つまりは緩やかな死が徐々に現実味を帯びていくわけで。みたいな。熱がどうこうよりも、こういうことを考えざるを得ないのに何も出来ないという状況を強いられることのほうがよっぽどしんどいな。いますぐにでも曲作りたいのに、身体起こすのも結構だるい。

 

 自分のことをよく知っている人なら知っているかもしれないこととして、メンタル、別にそんな強いわけじゃないんだよな。なんていうか、自分の周囲にいる人たちを思い出してみてもそうだけれど、その多くが、自分の弱みとか辛いこととか悲しいこととか、そういうのを上手く隠して生きているようにみえる。ふとしたきっかけでその悩み事の断片に触れたりして、「この人にもそういうのがあるんだ」と思うことなんて幾らだってあるし。向かい合った他人が、悩み事なんて何一つもないという風にもしみえるのなら、それは多分、その相手がよっぽど上手くそれを人目につかないよう隠しているからだと思う。というので、だからまあ、思うにこういったことは誰だって大なり小なりやっているはずのことで、別に自分が特別だって訳でもなく。メンタル、そんなに強くないどころか普通に弱いほうだと思うんよな。他人のそれとは比較できないから知らないけど。普段はそういうことを知られないようにって自分なりにうまくやってるつもりなんだけど、なんていうか。こういう、マジでどうしようもないわってときに本当にダメになるなって自覚がある。数時間前も、昨夜も、発症直後の夜もそうか。なんか、なんかな。他人の優しさに触れていないと、いまにも緩やかな死の暗がりに飲み込まれてしまいそうで、それが本当に怖いんだよな。

 

 幸いなことに、これまでに自分のことを助けてくれた人はたくさんいて、本当に助かってる。ありがとうございます。物資とかはまあ勿論そうなんだけど、メンタル面でのアレとして。なんか、二時間くらい前に目が覚めて、そのときはまだ 38.4℃ くらいあって。それでまたメンタルがヤバいことになってたんだけど。いまは解熱剤飲んで imanishi の買ってきてくれた冷えピタ的なそれを頭に貼ってるからか 37.1℃ まで落ちており、ここ数日のメンタル乱高下ファクターを文字媒体で吐き出したこともあってかなり気が楽になった気がする。うん、そんな気がするな。とりあえずいまも横になってはいるけれど、まあ眠れはしないよね。昨日だってほとんどずっと寝てたし、「眠い」って感覚が全然ない、ここ数日。眠くなくても寝てるから。というか、ずっと横になっているせいか、全身がめちゃくちゃに痛い。関節痛とかじゃなく、硬めのソファで一晩眠った直後みたいな感じの。部屋は真っ暗で、枕のすぐ隣に解熱剤の残骸とか体温計とかが放置されていて。除湿で動き続ける空調の音の、その隙を縫って窓の外にいる秋の虫の鳴き声が聞こえてきたり。もう秋か〜って感じ。……なんていうか、文章の終わらせどころを完全に見失っているな。だって、書くのを止めちゃったらまた何もすることのない夜が始まるし。ところで、どうだっていいことをだらだらと書き連ねても仕方がないしみたいなところもあり。まあ、そうね。この辺りでやめとくか、とりあえず。

 

 

 

大例会2022


 様々を忘れないうちに大例会にあった諸々を記録しておきたく。ということで、大例会感想戦をやる。やります。感想戦っていうか、ただの備忘録だけど。

 

 

 一日目。

 

 家でギリギリまで作業をしていたら想像の五億倍くらいギリギリになって笑った。走る必要はなかったけれど、荷造りの時間が 10 分ほどしか取れなかった。ところで、そもそも 10 分程度の荷造りで事足りるくらいのものしか持っていく予定がなかったので、結果的には何の問題もなかったという話がある。ノート PC や途中で買った 1.5L のペットボトル、数日分の着替え諸々に加えてベースの重量も合わさって、想像する限りではまあまあの地獄だけれど、バンド練のために三条鴨川間を往復することで慣れていたというのがあり、なぜか得をしたような気分だった。

 バス移動の時間は、某後輩の隣の席だった。すぐ隣でオタク二人(社会人+後輩)が爆音で『らき☆すた』を視聴しており、これはこれで修学旅行感があって良いなと思った。移動中に話したことは、正直あんまり覚えていない。消えてなくなった駅のこととか、好きな街のこととか、好きだったアニメのこととか、あとはパンフに載っていた写真のこととか、そういうのを話していたような気がする。千里中央、久しぶりに行ってみたいかもな。たしか千里中央だったと思うんだけど、あの坂道がある街。パーキングエリア、車窓から見える「踊りだこ」という食べ物の意味がよく分からなくて首を傾げていたところ、実際に食べた人から「タコが丸ごと一匹入っていた」と教えてもらった。それを聞いて、自分も食べればよかったな、と少し思った。ところで、そのとき財布はバスの荷台の中にあったわけだけれど。

 フェリー乗り場は、まあまあ海だった。海をみに行く余裕があればいいなーと思ったが、昼食へ時間を割くことに。メロンパンとあんぱんを買った。「シャナだ」と言われたことを覚えており、以前にも同じような会話をしたような気がするなと思った。

 フェリーの移動時間中は、何をしてたっけ。音源の書き出し作業をしつつ、好きな小説の話をしたりした、たしか。

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本当に好きなのは第三巻だという話もしたような気がする。してないかもだけど、したということになった、いま。あとは甲板へ上がって早々に寝っ転がるなどした。以前からやってみたかったことの一つで、空がとても広々としてみえてよかった。太陽の光が眩しかった。そのうち自分以外の数人も寝っ転がり始めたので面白くなって写真を撮っていた。数人の内の一人が見上げながら、「(空は動いているのに)一葉さんは動いてない」と言っていた。当たり前だろ。

 宿に着いてから部屋決め。権力でゴリ押すことにより某後輩二人と同じ部屋にしてもらった。207 号室。告げられた部屋番号とパンフに掲載されたマップとを照らしてみて「あれ?」と思い、自由行動が可能になった瞬間に鍵を使って部屋へと立ち入った。マップに記載されていた通り、207 号室と 206 号室は鍵がなくとも行き来の可能な構造になっていて、ところでたしか 206 号室は女子部屋だったような。「これは流石にまずいよな~」ということで、運営人間に部屋替えを提案するなどしていた。こういうところにばかり気がつく。ところで、別に自分が提言しなくとも 206 号室の鍵が開けば直に分かることだったけれど。

 たしか、すぐに温泉へ行った。初日の夜だけは大人数でぞろぞろと銭湯へ押しかけた。その場でタオルがレンタルできるということを知り、「じゃあわざわざ持ってこなくてよかったじゃん」と思った。自分は割と短時間で湯舟に満足してしまう人間なので、温泉に浸かっていた時間は 2,3 分くらいだったと思う。身体を洗っていた時間のほうが圧倒的に長い。そのせいで某後輩に「本当に入ってました?」と疑われた。髪濡れてただろ、ちゃんと。下の自販機で売っていたコーヒー牛乳を飲みながら他の人たちが上がってくるのを待った。その途中で某後輩と会話をし(たしかこの日だったと思う)、「(自分の都合上)吉音の人たちとこんな風に過ごせるのが初めてで嬉しい」という話を聞いた。なるほど、そういうのもあるのかと思った。その後、数人と休憩室でだらだらしていた。今頃、宿のほうでは花火大会が開かれているはずと言いながら外を歩いて、星をみた。びっくりした。目を疑うくらいの数の星が空に浮かんでいて、なんなら天の川のようなものさえみえていた。ロータリーっぽい場所に寝転がって、何となく。そしたら星がもっと綺麗にみえるかなって。そのうち車がやってきて、未だかつてない瞬発力で起き上がった。車通りがないとはいえ、道路で寝転がるのは危険。その場に居合わせた数人の内の誰かが遠くに花火が打ちあがっていることに気づいて、自分は二人目だったかな。ものすごく遠くの花火。置かれた状況も相まって、なんか、ものすごい感情になった。初日の夜からこんなのでいいのかな、と思った。

 宿へ帰る途中だったと思う、朝焼けをみにいこうという話になった。言い出したのは……自分だっけ? 覚えてないけど、いかにも自分の言い出しそうなことだなとは思う。夜を手に入れて、それなら一緒に朝も手に入れたいよねって気持ちがある。それで、今夜はなるだけ早く寝て、翌朝の四時に出発しようということになった。

 宿へ帰って、都合により遅れて島へやってきた某先輩と偶然すれ違った。行きのバスで『らき☆すた』をみていた社会人も一緒にいて、これから二人で公園まで星をみに行くとのことだったので、先ほどまでの自分たちが星を見上げていた場所を勧めておいた(正しく伝わったかは怪しかったけれど)。その後、諸事情により部屋が入れ替えになったので荷物をコテージへ移すなどした。306 号室が睡眠者専用部屋になるとのことだったので、そこを根城にすることにした。「睡眠を妨害されたときだけはマジでキレる」という話を某後輩にしたら、めちゃくちゃにウケていた。二一時半前には寝た。

 

 

 二日目。

 

 三時半に起きるつもりだったけれど、何を間違えたのか一時過ぎに目が覚めてしまった。寝直してもよかったのだけれど、妙に意識が冴えてしまっていたので「これはこれでいいか」と思い外へ。すると某後輩が前方から歩いてきたので、普通に驚いた。その相手がどうやら寝付けていないらしいことは知っており、どうしたものだろうなと思ってぶらぶらしているうちに何故か山を下っていた。「これ、どこに向かってるの?」と訊いた記憶があるけれど、とはいえこのまま下ったらどこに出るのかは知っていて、海。なにかと海に縁があるな、と思いながら二時間弱くらい話し込んでいた。星がとても綺麗だった。欄干に腰掛けながら眺めた遠くの山に並ぶ街明かりがあまりにもゆらゆらと揺らめいていて、それがなんだか幼い頃に拾い集めた石のようだったから、その流れで「自分の好きな宝石は何だと思う」という話をした。ノーヒントで当てられるはずもなかったから、そこそこ有名なはずの宝石で、自分が持っていたのは岩肌から直接削り取ったようなもので、とヒントをいくつか出した。考察の過程で相手が答えをふと口にし、ところで自分がそれに目立った反応を示さなかったので、それは答えではないと思われたらしい。結局、相手は全く違う答えを口にしたのだけれど、自分の正解を聞いて「ズルですよ」と言っていた。好きな宝石の話なんて、たぶん生まれてから誰に話したこともなかったからかなり新鮮だった。とはいえ、初日のうちに紫色が好きだって話を聞いていたから、それ繋がりでもあったんだけどな、実は。

 帰ってきて、三〇分ほどスタジオに籠ってベース練習をし、そろそろ四時になるかなと思ってスタジオを出たところでちょうど某後輩と出くわした。わざわざ呼びに来てくれたらしい。最終的には先ほどの眠れなかった後輩を除く朝焼け部全員が集結し、さっき登ってきたばかりの山道を再び下ることとなった。どこから朝焼けをみるのかという問題があって、ベストポジションを探すべく少しだけ歩いた。途中、『野生のフライパンを観察しよう』に始まる謎アイデアの数々について話を聞く機会があり、普通に怖かった。いや、面白かったけど。普段あんまり話せない人たちとも気軽に話すことができるというのは、大例会という空間の魅力の一つかもしれないなと思う。なかでも、深夜散歩だったり早朝散歩だったりでは会話が生まれやすいので、誘ってよかったなとこの時点で既に思っていた。諸事情によりランキング人狼が開催されなかったので、誰に何点をどういった理由で入れたかについての話をした。とはいえ、今後に開催される可能性も考えられたので、本戦で使われる予定のなかったほうについてだけ話をした。結局、スタート地点の砂浜が一番いいのではという話に落ち着き、ぞろぞろと引き返した。雲が程よくかかっていて、日が昇るにつれて空が真っ赤に染まっていくのが分かった。思うに、多分、かなりコンディションが良かったんだと思う、空の。スマホの電池が切れていて写真を撮れなかったのが残念だけれど、ところで写真に撮ってみても「なんか違うな」ってなってた気がする。たぶん、生の迫力に勝てない、ああいう空は。

 帰って、某後輩と二人でスタジオに入った。当日にライブがあったのでベース練習をしていたのだけれど、指がもう動かないのなんのって。睡眠不足だろうなって気がしたので、朝食までの三〇分を睡眠へ当てることにした。朝食を済ませてから最後の合わせ練を一度やり、それからリハまでの間はリハ準備とベース練習とを行ったり来たりしていた。そのうち指も動くようになってきたので、「まあ、何とかはなりそうだな」という感じがした。

 ライブ本番。初手が自分たちの出番で、ベースのチューニングがまだ終わっていないのに開演の流れになり、普通に焦った。ちゃんと練習通りに弾けていたかというと、……いや、かなり怪しいな。普通にミスりまくってたし。ところで「楽しみながらやるぞ!」という気持ちがあり、ベースを弾きながら暴れ回りたいという欲求もあり。なるべく落ち着いてミスをしないように演奏するか、ちょっとミスをしてでも暴れまわりながら弾くかの二択なら後者のほうが面白いかもなという気持ち。マジで楽しかったな~、大例会ペンリサ。これは三月ライブのときにも感じたことだけれど、演奏って楽しいわ、やっぱ。ところで、手元が暗いと指板の認識力が落ちて普通にミスるという話もある。これからは明かりを暗くしてもちゃんと演奏できるかどうかの確認をしたほうがいいかもな。

 他の人たちの演奏も途中まで聴いていたのだけれど、ピアノソロタイムが始まった辺りで眠気がピークへ到達。DJ 型出演者たちに泣く泣く背を向けて、コテージで睡眠をとった。自分が眠っている間に『夢と色でできている』を流した大馬鹿者がいたらしく「なんで起こしに来てくれないの!」と言っておいた。自分勝手すぎる。

 BBQ を程々に済ませ、作曲者当てクイズの正解発表が始まるくらいのタイミングで温泉へ向かった。なんとしてでも汗を流しておきたいという気持ちがめちゃくちゃに強かったので、これもやむなし。自分を含めて六人の少人数編成で、うち三人が社会人組だった。露天風呂に浸かりながら「裸眼、五年ぶりくらいにみた」と言われたので、最近は結構眼鏡外してるけどなあと思いながら、「いや、山登りに行った帰りの温泉でみてませんか?」という話をした。肝心のその山の名前は忘れていたけれど、伊吹山らしい。なんとなく温泉の湯を手で掬って掛けたら、そこそこ驚かれた。お前がそんなことをするなんて……的な反応。たしかに、普段の自分だったら絶対にしないことのひとつではあるな、と思いつつ。なんだか、その光景がやけに印象に残っている。

 帰ってきてすぐに夏曲コンピの聴き大会があった。その直前にあった出来事。以前から某先輩に「パレーシアやりましょう」ということを言われていたのだけれど、どうやら自分はその意味を履き違えていたらしくて。「弾き語りしますよ」みたいなことを言っていたから、てっきりそういうことをするのかとばかり思っていたのだけれど、普通にドラムやギター(二人目)の方々にも声を掛けていたらしかった。そんなマジなあれだったのか! と思い、ところで自分はパレーシアのベースを完全に忘れていたので、夏曲コンピの聴き大会へは参加せず、外で楽譜の思い出しをやっていた。ところで、食堂からの音漏れで微妙に曲が聞こえてきたり、あるいは拍手の音が聞こえてきたりして、これはこれでエモいかもなと思った。

 だいたいの運指は思い出せたのでいいだろうと思ってベースを片付け、それでコテージ前の椅子に腰かけていたところ、聴き大会が終わって何人かが食堂から出てきた。それからしばらくしてギターを構えた某先輩が隣の椅子に座ったので、「パレーシア、割とマジでやるつもりだったんすね」という話を振った、たしか。するとパレーシア演奏の流れが発生したので、急いでベースを取りに行った。そのうちもう一人のギター先輩とボーカリスト後輩も登場し、星空の下でパレーシアを合奏するとかいう、極大すぎるイベントが発生。レコーダーの中にそのときの音源があるはず。人生だな~と思いながら、ベース片手にテニスコートへ降り、その際に例のアー写が撮影される運びとなった。

 その後、社会人組はスタジオ練へと飲み込まれ、残された自分はといえば一足先に社会へ出た後輩と話す機会がテニスコートで発生。聞きながら、みんながみんな、自分なりの人生を生きているんだなということを改めて認識した。ところで、同性の目からみても某後輩はとても魅力的な人だと思うので、きっとうまくいくでしょうと思いながら聞いていた。このときも星が綺麗だった気がするな。

 さらにその後、合唱イベントが発生したので参加。自分が昔に作った『signal』という楽曲の A メロをなぜか男声四部合唱に編曲した人がいて(本当に何故?)、それを実際に合唱するというのがおこなわれていた。自分はメインメロディを歌うだけでよいとのことだったので、特別な練習をすることはなく、他の人たちの練習に後から合流するという流れになった。自分とその編曲者も含めて六人が集まっており、これだけでもかなりありがたい話ではある(一応、自分の曲ではあるので)。リズムの合わせ方をどうするかということにそこそこ難航したけれど、時間に追われて合わせた最後の一回がかなり気持ちよくハマったような気がして、めちゃくちゃに良かった。合唱、アリかもな。なんていうか、これまでに経験したことのないタイプの感動があった。

 この日、眠ったのは午前四時のことらしい。何してたんだろ。合唱イベントは日を跨ぐ頃には終了したはずなので、就寝までに四時間ほどの空きがあるのだけれど、本当に記憶がない。と思ったけど、あれか。『消えたポラリス』の話をしたっけ、たしか。三月ライブの夜に消えポラをやろうという口約束を遠くの昔に交わしていて、ところでそれが果たされなかったのでいま回収しようという話をした。パレーシアやったしな。ところで、諸々により難しいかも~という話になったので NF ライブのときに回収するぞ! という話になった。なんとしても回収したいな~。消えポラもパレーシアも、作ってたときはそんなこと一切考えてなかったけど、気づいたら自分の中で大きすぎる存在になっていてすごい。どうしてこんなことに。

 

 

 三日目。

 

 寝起きの某後輩がアメーバみたいで面白かった。

 二日目までで自分が大きくかかわるイベントはすべて終わってしまったので、この日はとにかくやることがなくて。朝食を済ませてからは、テニスコートのベンチに腰掛けて文章を書こうとするなどしていた。ところで「いや~、何も言葉が出てこないな」となって早々に諦め、ぼんやりと空を眺めるなどしていたところ、某後輩がやってきたので少しだけ話をした。何を話したっけ。今朝みた夢の話? だったかな。そんなのを聞いた気がする。

 そうしているうちに別の後輩に呼び出され、様々をするなどしていた。こいつも色々大変だろうな~と思いながら、そこまでしなくていいだろうにとも思いながら。フェンス越しに見上げた青空がやけに綺麗で、写真を撮ったことは覚えている。その後、一日目の夜に熱で倒れた某人の対応をどうするかということが話題に上がり、ヒアリングを行うなどの活動に回った。様々を考慮し、病院へ連れて行ったほうがよいだろうという結論が出たのが昼食前のこと。ところで誰がいつ連れていくねんみたいな話の調整をああだこうだとやっているうちにライブの開演時間が差し迫っていた。

 自分も自分で様々をしているうちにライブの開演時刻には遅刻したのだけれど、本館を出るとき、下駄箱に見慣れた靴が置かれたままだったことが引っ掛かった。その場では一旦スルーしてライブ会場へ向かい扉を開くと、ちょうど一曲目が終わって某先輩が結成の経緯的なそれについて話をしている最中だった。微妙に薄暗い中、目視で某後輩の後ろ姿を探したものの見つからず。ということは、あの下駄箱の通りにまだ本館にいるのかと思い、それで引き返した。眠っている可能性が高いなと思って声を掛けてみたら、普通に起きていたのでびっくりした。「ライブ、もう始まってるけど」と伝えた瞬間の相手のほうがよっぽど驚いていたので、面白かった。

 三日目のライブは(フジタファブリックの一曲目を逃したことを除けば)最初から最後までちゃんとみることができた。各々の出演者について触れていくと恐らくキリがないので、とりあえずいつチルバンドにだけ言及することにする。そもそも、これが結成されたのはたしか三月ライブの夜のことで。ベースを始めたいと言っている後輩がいたので、その場のノリで「自分が曲書くからバンドやりなよ」みたいなことを言ったような覚えがある。結果生成されたのは、およそ初心者向けでなさすぎる高難易度楽曲だったわけだけれど……。いや、申し訳なかった、本当に。その日の夜のどこかでネタばらしをしたように、まあ勿論それ一つだけというわけではないのだけれど、『 Answer to 』は自分のことを好きでいてくれる人たちのことを思って作った楽曲というか何というか。少なくとも歌詞はそういった気持ちに基づいて書かれていて。そんな楽曲をいつチルバンドという、一見ふざけた名前の、けれど本気で取り組んでくれている後輩たちに演奏してもらえたというのは、それ自体、割と普通に嬉しかった。みたいな話、ちゃんと言えてなかったかもな。言えてなかったかもしれないのでいまここに書く。書いた。

 ライブが終わって、諸々があって時間別に夕食をとるという手筈になったので、コテージ前の椅子に座って今後のことを考えたり、だらだらしたりするなどをした。夕食を済ませて、それからやっぱり温泉へ行って、三度目のコーヒー牛乳を片手にだらだらタイムを満喫した後で帰った。このときの帰り道に「あれとか、なんだか天の川っぽくないですか?」と某後輩が指さしたそれをみて、「ああ、たしかにそうかも」と思ったことを覚えている。天の川なんて、生まれてから一度もみたことがないからそうだと思うこともなかった。

 大吉発表。準備している人たちを横目に、自分と某後輩と某先輩との三人は、上からテニスコートの外れまで自分たち用の椅子を運び、それに腰掛けて結果発表を待つことにした。遠くのほうで某後輩二人組が「さよならとは?」みたいなことについて話をしているのが薄らと聞こえてきていて、それで、なんとなく意識がそういった話題のほうへ引っ張られた。『focus』に関する話は合わせ練をしていた頃からいくつか聞いていて、一方で『さよならライカ』に関する話はあんまり聞いたことがなかったかもなと思い、色々と話を振るなどした。『さよならライカ』は自分が本当に好きな楽曲のひとつで、予選投票でも本戦投票でも 3 点を入れた。だからと言って、大吉に収録されることになるかどうかはまた別の話だけれど、とはいえ、いまこのタイミングで聞いておかないと一生機会を逃し続けそうだという気持ちがあり。なので、結果発表までの間はその楽曲に付随する話題をあれこれ聞かせてもらうことにした。

 大吉発表。自分の曲が入ったことは当然のように嬉しかった。振り返ってみると、本戦の対象になった曲はすべて収録されることになったっぽく、嬉しい話。『星降のパレーシア』が意味分かんないくらい高順位にいたのも嬉しかったな。あの楽曲は、以前から自分を含めた数人の内に限っては大きな存在で、ところでそれはしかし普遍的な価値ではないわけで。それがなんていうか、認められたみたいで嬉しかった。「価値が一般化される瞬間」と某先輩が言っていた。「好きだと思って作ったものに、好きだと言ってもらえるとやっぱり嬉しい」とも言っていた。その通りだなと思う。自分も、『星降のパレーシア』に限った話ではなく、『Finalizer』も『リスティラ』も『消えたポラリス』も、自分の好きな人たちと一緒になって作った音楽をこうして認めてもらえて、本当に嬉しいです。ありがとうございました。

 という話はあるのだけれど、それと同じくらい嬉しかったのがサトルイケ、周辺、Rakuno.α あたりの、かなり付き合いの長い人たちの楽曲が入っていたことだった。スライドでの公開が始まって何枚目かに Ashedmoon の名前がみえたとき、普通に嬉しすぎて隣にいた周辺の肩叩きまくったし。っていう話を本人たちに伝えて回った気がする。いや、回ってはないか。回ってはないけど、でも、とにかくそういう気持ちが強かった。なんていうか、なんだろうな。ベスト盤というある意味での区切りのような立ち位置のそれで、好きな人たちの楽曲と一緒に自分のそれも収録してもらえるっていうのが、なんか、単純に嬉しかった。サトルイケや周辺が月吉に曲を出すことはきっともうないだろうし、これが最後の機会だったから尚更。あと、『sempai』が収録されたのが何気にかなり嬉しかった。実はかなり推しているので。

 大吉発表が終わって、夜。某後輩と「この後、みんな何をするんだろうね」という話をしているときだったと思う。不意に「なんなら散歩でもしますか?」と言われ、じゃあそれで、と思った。大吉発表後の熱が冷めないうちに話をしておきたかった数人に声を掛け、ああ、だからこのタイミングでさっきの話をしたんだった。コテージへ戻ったら、某後輩がいまから眠ろうとしているところだったから。それからテニスコートで刺身を食べたり何だったりをしている人々を横目に出発し、例のごとく山道を下る。途中、「『signal』、めっちゃ好きです」という話を聞き、嬉しかった。海に出るとすっかり潮が満ちていて、二日目に朝焼けをみにきたときとはまた違った雰囲気だった。宴会場から盗んできたお酒を各々開けて、そのときの写真が周辺の note に公開されている。何を話したのか、正直あまり覚えていない。あんまりにも眠かったから。あんまりにも眠すぎて、普通に一五分ほど眠ってしまっていたらしい。目が覚めた直後に「眠っているうちに重大な話し合いがなされましたよ」という話を聞かされ、「え、なになに?」となった。何度だって言うけれど、口約束なんて星の数ほどあればいいと思うから。だから、その重大な話し合いによって決定されたらしい内容について聞いて、思い切り笑った。実現すればいいなと思う。面白すぎるから。

 帰り道。生憎の曇り空で、あまり星はみえなかった。「あっけなく寝過ごした夜の名残を思い出せるように今夜星をみたかったのに、晴れてないな~」みたいなことを言った気がする。『focus』も『focus』で、自分の中ではそこそこに大きめの存在となっている楽曲で、だから、あの曲で描かれていたのってまさしくこの帰り道そのものじゃんかと思いながら。いやまあ、楽曲の正しい時間軸は夕暮れだろうと思うけれど。その途中では多分色んなことを話したのだけれど、某後輩の一言に全部持っていかれたような気がするな。それくらい印象的な一言だった。居合わせた某先輩も数秒ほど絶句していたし、自分も言葉を失った。小説なんかじゃありがちな描写だけれど、とはいえ人間、本当に驚くと声が出せなくなるものなんだなと思った。いや、でも、かなり嬉しかったかもな。知り合って五年目にして、そんな言葉が聞けるなんて思ってもいなかったし、自分だってそうであれたらいいと思うから。

 二三時頃には宿へ戻った。朝焼けのリベンジをするぞという話になり、なのでなるはやで寝ようという話になっていたのに、なぜかコテージ前の椅子に座りこんでしまい、普通に夜更かしをした。意味が分からない。ところで色々と大切な話を聞くことができたし、大切な話をすることもできた。友達という言葉に対する理想がかなり高くて、ところでそんなものを護りたいわけではなかったんだなという話。正しくは、護りたいと思っていた理想の先にこそ、より確かなものがあるということに気付かされたというか。友達になれたらいいと思うし、友達のままでいられたらいいと思う。そういう話をした。あとはポップコーンを食べまくった。

 

 

 四日目。

 

 朝焼け部のために早起きを試みるも、失敗。隣で眠っていた某後輩に起こされる形で起床。某先輩1に押し入れの中で眠っているらしい某先輩2を叩き起こすことをお願いし、自分は自分で某後輩を起こしに行った。15 分くらい起きてこなかった。数時間前に登ったばかりの山道を下って海へ降りる。生憎の曇り空が続いていて、朝焼けをみることはできなかった。踏み込んだ話は前夜に済ませてしまっていたから、さて今度は何をしたものかなと思いつつ、やはり寝っ転がったりしていた。ところで夜にしかないものを拾い集めることはできたなという気がしていて、水面の影とか、みえない彗星とか、そういうのを探して回ったりもした。そうこうしているうちに朝が来て、自分たちとは別に早朝散歩部をやっていた某後輩と合流。そのまま「あの、シティポップの木のところ行こうよ」と言い出した某先輩に従って歩き始めた。シティポップの木の根元には自販機とバス停があり、逆に言うと自販機とバス停以外は何もなかった。しばらくの間、そこで海を眺めて過ごした。防波堤に腰掛けて、『マリンブルーに沿って』や『hope』を聴いたりもした。海に行ったら毎回やるやつ。

 その後、朝食をとり、わちゃわちゃした後、帰りのバスに乗る。「わちゃわちゃ」という表現にすべてを詰め込んだけれど、実際わちゃわちゃしていたのでまあいいでしょう。

 帰りの船で、大例会パンフに載っていた「謎」を解こうかなと思って少し考えてみるも、難しすぎて断念。某後輩に意見を仰いだら、自分よりもかなり進んだところまで考えていて、そのままめちゃくちゃ大きなヒントを貰うも、睡魔に負けて睡眠の選択を取る。結局、どういう答えだったんだろう、あの謎。

 

 

 以上、こんなところかな。他人の書いた大例会日記を読んでみた感想として「群像劇っぽくて面白いな~」というのがあった。同じ四日間を同じ場所で過ごして、ところでやっていることは全員まちまちだったわけだし、それはそうって感じ。

 やりたかったことのほとんど全部を回収できた四日間だったと思う。運営人間たちへの感謝と、この四日間で自分の我儘に散々付き合ってくれた人たちへも多大な感謝を。ありがとうございました。楽しかったです、本当に。

 

 

 

another parrhesia


 某に勧められた『少女妄想中』を読み終えてから書こうと思っていたのだけれど、しばらく外出できなさそうなので、このタイミングで書いておくことにした。

やがて君になる』の微妙なネタバレが存在するので、読んでいない人かつネタバレを気にする人は、以下を読み進めないほうがいいかもしれない。

 

kazuha1221.hatenablog.com

 

 ジャンルで区別するのなら恐らく百合ということになるだろうと思うけれど。ところで、世間一般で言われるようなそれとは少しだけ乖離しているかもしれないという気がする(百合エアプなので分からない)。このことを説明するためには、まずもって自分が百合というジャンルのどこを気に入っているのかという話をしなくてはならないのだけれど。なんていうか、男女の恋愛関係を取り扱う作品においては、どうしたって性的なニュアンスが強調されがちだよなというのがあって。いや、嘘で、全部が全部そうってわけじゃないけれど。ただ、たとえば『アオのハコ』とか『ホリミヤ』とかを読んでみても、自分はそういった感想を少なからず抱く。……性的って言い方があんまり正しくないかもな。身体的、くらいでいいのかも。とにかく、男女間の恋愛って割とその身体的な差異が前提とされているよなというのがあって、ところで、こと恋愛に対して自分が求めているものは恐らくそうではないという話があり。ここで誤解が生じないように断っておくと、そういった作品を楽しめないという意味ではなくて、『アオのハコ』も『ホリミヤ』もかなり好きだし(後者はまだ途中までしか読めていないけれど)。ただ、それはそれとして自分の理想はまた別のところにある、という話。そして、その正体を探るために、百合というジャンルはものすごく適しているように思う。

 

やがて君になる』という作品が自分の中ではかなり来ていて、最初に読んだとき「自分の思考回路を読まれている?」と感じたくらい。それで作者のインタビューを読み漁っていた時期があり、その途中に見つけたこの文章のことをよく覚えている。

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「はい。そういう欲求は二人ともあるよ、ということは、ごまかす必要もないことだし、ごまかさない方が良いと思っていました。」の部分。百合という関係性においても身体的なそれが切り離されるわけではないんだな、という意味で記憶しており、ところで、そうした欲求の発露が全七巻にも渡る長大な、お互いの「好き」を確かめ合うための過程を経た上でようやく訪れるという点で、自分はこの作品を気に入っているのだと思う。「そっちが先であるべきだよな」という安心感があるというか。一方、男女の恋愛においてはこの順序が逆転し得るというか、身体的なそれが先にあって、その介入によって「好き」が形成されてゆくことがあるという話。それ自体は悪いことではないし、というかいたって自然なことと思うのだけれど、けれど、なんていうか、誤魔化されているような気がしてしまう。なので、百合という関係性を自分が気に入っているのは、身体性に基づく好意が表面化しにくいから、ということになる。ところで、そうでない百合作品が存在することも知っており、一概には言えないという話も当然ある。

 

 佐々木と由夏のような関係性が、思うに自分の理想とするところにかなり近くて。締め切りまで余裕がほとんどなかったので手癖全開で書いたところ、本当にただの手癖みたいな二人が出力された。全人類とこうなりたいとは思わないけれど、自分の好きな人たちとはこれくらいの距離感に収まれたらいいかもなと思う。これくらいの距離感っていうか、具体的には、最後の夜にどうだっていいことを話しながら歩けるような、それくらいの。本当に大事なことはほんの一言二言交わすだけでよくて、好きな恒星とか、夜が怖い理由とか、残りの全部はそういったことを話していたい。そういう意味で、大例会四日目朝の散歩はかなり良かった。ああいう永遠を集めて生きていきたいなって思う、思った。……話が脱線した。大例会の感想戦もそのうちやる。

 

 短編版『星降のパレーシア』のことを自分はアナザーパレーシアと呼んでいるのだけれど、アナザーパレーシアを書く上で心掛けていたのは、佐々木も由夏もお互いに相手への好意的な感情をほとんど口にしないということ。「好き」という言葉を軽々しく扱いたくなくて、……みたいな信念的な何かがにじみ出ているなと思う、この部分については。由夏に対する佐々木の立ち振る舞いとか、それに応じる由夏のスタンスとか、そういったものに「好き」を介入させられるだけの分量を割く余裕がなかったから。『やがて君になる』の例でいうなら、第一巻から第七巻に相当する部分を描写せずに第八巻の内容をいきなり描くみたいな。過程の提示されない「好き」には重みが宿らないから、だから却って軽くみえるような気がして。それで気をつけていた。逆に、「嫌い」という言葉は何度も使った。自分なら、他人相手にはまず使わない言葉の一つかも。けれど、それによって描くことのできる関係性もあるよなと思って。「好き」が使えない分、真逆の言葉を効果的に組み込むことで「好き」を表現できないかな、と思ったり思わなかったりしながら書いていたような気がする。こういうのも全部、恋愛感情がどうだとかそういう話ではなくて、そういう話ではないから男女二人で描くことはしたくなかったというのがある。これもまた、「そういう話ではない」ということを説明するだけの余裕がなかったからという話ではある。そのことを読み手に知らしめるだけの情報が 100,000 字分くらいあれば、男女で描いても同じ結果になると思う。だから本当は百合でなくともよいのだけれど、今回はそうするしかなかったという話がある。

 

 ブログへアップロードした原稿は大例会パンフに載せてもらったものと同一で、ところでこれらは初稿から一部修正されているという話がある。何をどう変更したのかというと、初稿の段階では最初から最後までを一通り読めば、どんな雑に読み進めたとしても物語の構造がある程度分かるような構成になっていたというか。佐々木がいつものように手を繋ごうとした理由とか、どうして由夏は佐々木に会いたくなかったのかとか、そもそも二人はどこへ向かって歩いていたのかとか。そういう全部に、誰がどう読んでもおおよその当たりがつくような構成にしていた、意図的に。別に、作品の意図について考察されたいわけではなかったし、大例会中の暇つぶしになればいいや程度の気持ちでしかなかったから、当初は。ところで、完成した原稿を何度か読み返しているうちに「いや、本当にこれでいいのか?」みたいな気持ちがどこかで芽生え、結局、いま現在人の目に触れている形に落ち着くことになった。なんていうか、最初は何が何だか分からないけれど、読み進めるうちに徐々に構造が明らかになっていくタイプの作品が自分は好きで、米澤穂信のリカーシブルとか。なので、あの作品を読んでくれたという人(ありがとうございます)の中でも、「結局、これって何だったんだ?」と思っている人は少なからずいるだろうな~と思っている。いるので、こんなどうでもいい文章をここまで読んでくれた人へ向けてその辺りのことに関するヒントを書いておこうと思うのだけれど、『七月一四日』。初稿から修正するにあたって書き加えた言葉のひとつがこれで、それと『八月三一日』。こちらは初稿時点であった設定。作中で登場している日時の情報がこの二つだけで、だから、自分としてはこれでもあからさますぎるかなという感じで、実際、読む人が読めばすぐに気づきそうだなという気がするのだけれど。ところでまあ(作中では言わないようにしたけれど、作品の外では)別に隠すことでもないしな……と思って、なのでいまここに書いておくことにした。

 


 文章を音楽へ変換するのは『アイ』でやっていたのだけれど、逆をやるのは今回が初めてだった。かなり楽しかったので、これくらいの分量でいいなら今後も機会があればやりたいな~と思わなくはない。ないけれど、はたしてその機会があるかだよな、問題は。二、三日を犠牲にすればある程度は生成できることが今回判明したけれど、ところで二、三日を犠牲にする覚悟はそう簡単に決められるものではないという問題があり。むず~。

 

 

 

星降のパレーシア

 

 佐々木はいつものように、私と手を繋ごうとした。
 河沿いの涼しさに紛れて、右手のすぐ近くに彼女の体温があった。見慣れたワンピースの袖が、返事を待つみたいに視界の隅で小さく揺れていた。
「八月も、今日で終わりだね」
 あと五時間くらいかな。そう言いながら、時計をたしかめることはせずに、私は彼女へと手を差し出した。佐々木の細い指が、繋ぐというよりは確かめるみたいに、弱々しく私の指先に触れる。まるで真冬のような冷たさだった。佐々木は私よりもずっと体温が低くて、ときどき心配になる。
 佐々木は張り詰めた水面のような少女だった。とても綺麗で、澄み切っていて、だからこそ些細なきっかけ一つで大きく揺れ動いて、二度とは戻らなくなってしまいそうだった。ぴたりと凪いだ海と同じくらいに奇跡的で、あまりに現実味がない。それが彼女、佐々木深冬に対する印象のすべてだった。
 できることなら、私は彼女の内に宿る純粋をそのままに留めておきたかった。
 佐々木深冬という静寂を破ってしまうくらいなら、私はずっと何も言えないままだって構わなくて。押し入れにしまいこんだままのアルバムの一頁のような思い出になれればそれでいいと思っていた。
 なのに今、私と佐々木は二人きりで夜の中にいる。その偶然が意味するところを私は、十分すぎるほどに理解していた。
 だから私は、なるべく普段通りに笑う。
「佐々木の手、やっぱり冷たい」
 佐々木の指が微かに跳ねた。擦れる一瞬のくすぐったさも、佐々木のものと思えば不思議と悪い気はしない。
「けど、安心する。ああ、佐々木の体温だな、って」
 みると、佐々木はなんだか困ったような表情を浮かべていた。それから何かを言おうとして、けれど途中で諦めたみたいだった。
 私たち以外に人の気配はどこにもなかった。名前の知らない、耳に馴染んだ声の虫がすぐ近くの草むらで鳴いている。流水が段差を落ちるときの、ざらついた音が遠くのほうから聞こえている。頼りのない街灯、眠ったままのベンチ、ほんのわずかに欠けた月明かり。夜にしかないものだけがあって、他には何もない。私たちの足音と会話がやんで、たったそれだけのことで、まるで世界中が息をひそめたみたいに錯覚する。それはどこまでも凪いだ水面のような、佐々木のような夜だった。
 佐々木はそれほど口数の多いほうではない。少なくとも私に比べればずっと寡黙で、こんなにも詩的な夜が、だからとてもよく似合っていた。通学路のバス停でも放課後の教室でもなくて、たとえば今のような、すっかり陽の落ちてしまった暗がりの帰り道にこそ私にとっての佐々木がいる。
「佐々木」
 と私は彼女の名前を呼ぶ。すると、目が合った。前髪の隙間に覗くふたつの黒い瞳は、こんな暗闇でだってはっきりとみえる。
「歩こうよ、いつもみたいにさ」
 佐々木はやはり何かに困っている様子だった。
 返事はすぐにはこなかった。私は離れたところにある信号機を、なんとなしに眺めていた。車も歩行者もない横断歩道を守る小さな信号の灯りは、何度か明滅した後、コインが裏返るみたいに一瞬で色を変える。
 夜には鮮烈な赤も似合うな、と考えているときだった。ようやく、佐々木が口を開いた。
「わかった」
 そう言って、佐々木は小さく頷いた。
 そんな彼女の仕草をみて、安心する。夜の静寂は私たちに何も強制しない。だから、進むにせよ留まるにせよ、それは佐々木自身の意思であるべきだ。佐々木が私の提案に乗るという選択をしてくれたことが、ほんの少しだけ嬉しかった。
 私は微笑む。
「佐々木の声、久しぶりに聞いた」
「私だって、由夏の声を聞くのは久しぶりだよ」
「七月一四日の教室が最後だよね。勿体ないことしたな」
 緩い風が辺りをすっと通り抜けて、佐々木の整った黒髪を微かに揺らした。枯れ木と青空が真っ先に思い浮かぶ、およそ夏らしくない風だった。
「いこう」
 それから、私は歩き出した。
 手を引かれるままに、佐々木が後をついてくる。
 私は足早にならないよう気をつけながら、あてもなく空を見上げた。
 私と佐々木の立っているこの道が、お互いにとっての帰り道であることには違いなかった。私は私の帰るべき場所へ帰るのだし、佐々木は佐々木の帰るべき場所へ帰る。当たり前のことだ。そんな当たり前のために私たちはここにいて、そんな当たり前のためにこんな夜がある。だとすれば、こうして彼女の手を引くことがきっと、私の果たすべき役割なのだろう。
 佐々木は歩きながら、ときどき何かを言いたそうにしていた。繋いだ指の先に込められた力が、まるで遠くの星が明滅を繰り返すみたいに強まったり弱まったりしていた。それは私に宛てた信号だったのかもしれないけれど、流石にそこまでは読み解けない。
 歩調を緩めて、佐々木の隣に並ぶ。彼女と二人きりでいるときの沈黙が、私は好きだった。思い返せば、記憶の中の彼女はいつだって口を閉ざしている。知り合って以来、話をした時間よりもお互いに黙っていた時間のほうがずっと長いはずだ。
 けれど不思議なことに、今夜は話をしていたい気分だった。
 私は尋ねる。
「夏休みの宿題は済ませた?」
「うん。約束したから」
「やっぱり。佐々木が私との約束を破ったことなんて、これまでに一度もなかった気がするな」
「そうだっけ」
「ああ、嘘、一度だけ。たしか、待ち合わせに寝坊したことがあった。連絡にも返事がなくて、それで佐々木の家まで歩いた覚えがある」
「中学の頃だよね」
「たぶん。だから二、三年前かな。そう、そのときも思ったんだ。あの佐々木が約束を破るはずがない。ましてや返事がないなんてことはあり得ない。もしかしたら、なにか危険なことに巻き込まれたんじゃないか、って」
「ただの寝坊だったのに」
「でも、おかげで寝ぐせだらけの佐々木がみれたから。写真に撮っておけばよかったかな」
「やめて。はやく忘れてよ」
 佐々木は拗ねるみたいに口を尖らせた。彼女にしては珍しく子どもっぽい表情で、私はつい笑った。
 佐々木の視線はほんの少しだけ下を向いている。
 そんな彼女の横顔を眺めながら、私は歩く。
「由夏だって」
 と佐々木がおもむろに私の名前を呼ぶ。
 指先の力がわずかに強くなる。そこから伝う佐々木の温度を、どうしても意識してしまう。
「由夏だって、私との約束は破ったことないよ」
 そう呟いて、佐々木は足を止めた。
 続いて、私も足を止める。前方、視線の先、横断歩道の向こう側にある信号機は赤を示していた。夜道を照らす街灯とは距離が離れていて、橙の灯りは私たちのところまでは届かない。そのせいで、進入禁止を示す赤の色が過剰に目立っていた。
 佐々木は続ける。
「今夜だって、私のことを待ってくれていた」
 それは誤解だ。
 私は佐々木のことを待っていたわけではない。正直なところ、できることなら会いたくないとさえ思っていた。
 頭をよぎった言葉の多くを飲み込んで、私は答える。
「佐々木のせいだよ。もしかしたら来るかもしれないと思ったら、待たないわけにはいかないでしょ」
 佐々木が私との約束を決して破らないことを、私は知っていた。そして今夜、八月三一日、まだ果たされないままで残っている約束のことも私は覚えていた。だから、誰もやってこないことを願いながら、それでも彼女を待つしかなかった。ただ、それだけのことだ。
 でも佐々木は首を振った。
「違う。それは由夏が優しいから」
「そんなことない。私、佐々木が思っているほど良い人じゃないよ」
「知ってる。由夏の嫌いなところなら、いくつもある」
「へえ、佐々木からそんなことを言われるとは思ってなかったな。たとえば?」
「そうやって、私のことばかり心配するところ」
 佐々木の声はいつになく鋭利で、尖っていた。
「由夏は優しすぎる。私のことを、いつだって考えすぎてくれる。嬉しいよ。でも私は、もっと由夏自身のことを考えてほしい」
 佐々木がこんな風に話すのは珍しいことで、しばらくの間、私は言葉を失った。返す言葉がなかなかみつからなくて、視線を空へ向けるしかなかった。
 違う。私は別に、優しくなんかない。こうして佐々木と付き合っているのだってとても個人的な都合からであって、本当は彼女の顔なんてもう二度とみたくなかった。私の事情を知らないから、だから佐々木はそれらを優しさと勘違いしているだけだ。すべてが許されるのなら、そう言ってしまいたかった。
 けれど、できなかった。佐々木の指が、あまりに弱々しく震えていたから。
 信号が青に変わる。だけど私たちは無言で立ち尽くしたまま、お互いに歩き出そうとはしなかった。誰も渡らない横断歩道、その向こう側で青色の点滅が始まるまでを、私はただ茫然と眺めていた。
 やがて、信号はまた赤へ変わる。
 私は、私自身の考えを佐々木に押し付けてばかりいる。これまでだって、いまだって、佐々木深冬という静寂に対する感情を、都合を、理想を一方的に押し付けてばかりで、佐々木自身のことなんてほとんど何も考えていない。いつだって私の目に映っているのは佐々木深冬であって、佐々木ではない。
 なのに、彼女はそれを優しさだと言う。その言葉を聞いた途端に、自分の中にあるはずのそれがいったい何だったのか、よく分からなくなってしまった。
「連れていってくれていいんだよ、私のこと」
 声がして、ふと佐々木のほうをみる。いつからだろう、彼女の視界は私の姿を中央に捉えていた。気を抜けば吸い込まれそうなほどに深い黒の瞳から、私は目を逸らすことができなかった。
 震えたままの指先を隠すこともしないで、それでも佐々木は言った。
「私は、由夏のこと、独りきりになんてしたくないよ」
 それはまるでなにか巨大な存在に祈るような、こんな暗闇でも真っすぐに届く流れ星のような声で。
 そして紛れもなく、私がよく知っている佐々木深冬の声だった。
「私も、佐々木の嫌いなところが一つだけある」
 と私は言った。
 佐々木は小さく首を傾げる。揺れた前髪が、彼女の左目にわずかにかかった。
「一つだけなんだ? ちょっと意外」
「意外ってこともないんじゃない」
「そうかな。私と由夏は、そこそこ真逆の考え方をしていると思うから。探せば、たくさん出てきそうだよ」
「たしかに佐々木の言うように、気がつかなかったり忘れたりしているだけかもしれないけれど。でも、ずっと昔から今の今まで思っているのはたぶん、これ一つだけじゃないかな」
「それって私、聞いたことある?」
「ないと思う。話した覚えがないから」
「なら、教えて。とても聞きたい」
 佐々木は、クラスメイトの誰にも秘密の内緒話を教室でするときのような声色で言った。
 進入禁止を表す赤色が消えて、曖昧な緑の光が視界の端にちらついた。私たちは今度こそ横断歩道を渡る。
 頭の中でだけ言葉を整理して、それから小さくため息をついた。いまが冬でなくてよかったと思う。ため息の行方なんて、佐々木にだけは絶対に知られたくないことだった。
 何を否定するでもなく首を振って、私は言う。
「いまみたいに、私の前でだけは強がるところ」
 佐々木は小さな声で笑った。
「それは、お互い様だよ」
「怖いなら怖いって言えばいいのに。なのに、真っ先に手を繋ごうとしたりする」
「それも、お互い様かな」
「佐々木のそういうところは、あまり好きじゃない」
 やっぱり。
 私は、佐々木の言うような優しさなんか持っていない。彼女が本心では何を望んでいるのかを、私はきっと知っている。なのに、その願いが決して叶わないように動いている。今夜、私と彼女が出会うよりもずっと前から。それは私が、佐々木ではなく佐々木深冬のことを、つまりは私自身の都合を優先しているということだった。
 ――連れていってくれていいんだよ、私のこと。
 こんなものが優しさだと、私は思いたくなかった。だから今度は明確に、佐々木の言葉を否定するつもりで首を振る。
「これも佐々木は知らないだろうと思うけれど」
 私は微笑みながら言った。
「私にとっての佐々木がいるのは、陽が落ちた後の帰り道なんだ」
 佐々木は黙っていた。
 普段の彼女がそうであるように、彼女は私の言葉の意図を汲み取ろうとしてくれているのかもしれなかった。由夏の話は難しい、と佐々木はよく言っていた。そのたびに私は、自分がどういった意味でその言葉を使ったのかを佐々木に説明する。それはいつものことだった。
 けれど、私は構わずに続ける。
「だから、私たちはこのまま帰るんだよ、佐々木。それに、ほら。約束だって、もうじき叶っちゃうしさ」
 私は視線で東の空をさす。ちょうど佐々木の立っている方角だった。
 夜の底は仄かに明るい。きっと遠くの高層ビルが照らしているのだろう。その上空、あまり雲の出ていない空にはわずかに欠けた満月が浮かぶばかりで、星のひとつだってみえはしない。
 それでも私たちは、そんな何もない空から目を離そうとはしなかった。その理由はあまりにも明白で、お互いに分かりきっている。
 示し合わせたように、二人分の足音がやむ。
 きっといまだけは世界中が息をひそめて、その一瞬を待っている。
 これからあの向こう側で起こることを、私たちは知っていた。
「始まった」
 瞬間、鮮やかな閃光が東の空を一面に染め上げた。
 群青の粒子が宙を舞う。その隙を、橙の軌道が放物線を描きながら消えてゆく。ひとつ、またひとつ。たった一度の瞬きをする間に、それらはどこにもみえなくなってしまう。
 たくさんの光たちよりもずっと遅れて、銃声のような爆発音が辺りに響き渡る。その頃には違う色の明かりが夜空を彩って、するとまた身体の中心を直に揺さぶるような乾いた轟音が、まるで消えた光の後を追いかけるみたいに虚空へと散ってゆく。何度も何度も繰り返されるその様を、私たちはただ眺めていた。
 ひたすらに、美しかった。
 都会の夜空を照らす打ち上げ花火は、なにもかもが嘘みたいだった。作り物の映像みたいで、説得力がなくて、現実味がなくて。でも、だからこそ、こんな夜の中で何よりも本物のように思えて仕方がなかった。
「綺麗だね」
 と私は言った。
「うん」
 と佐々木は答えた。
 私は、佐々木と繋いだままの右手をじっとみつめる。記念写真のようにいまこの瞬間だけを切り取って、それを永遠にしてしまえたならどんなに幸せだろう。最後の約束を叶えて、直後に舞台の幕が下りるのだとしたら、その結末はきっとハッピーエンドに違いない。すべての物語がそうであれるのなら、そんなにも平和な世界はないだろう。
 夏の終わりを告げる花火はあまりにも鮮烈で、いつまでも見飽きることはなかった。けれど、ここで立ち止まったままでいるわけにもいかなくて、だから私は彼女の名前を呼んだ。
「佐々木」
 彼女の後ろ髪が揺れる。振り返って、目が合う。そして私は、ひどく混乱した。
 佐々木深冬が泣いていた。
 私の目の前で、声を上げることもなく涙を流していた。
 佐々木が泣いているところをみるのは、これが初めてのことだった。それなのに、彼女の泣き顔はとても自然に整っていて、澄んでいて、記憶の中だけにある佐々木の印象と何ら食い違わない。まるでそれ自体が夜を構成する一つの要素であるみたいに、ただ静かに佐々木は泣いていた。
 初めて目にする彼女の表情に、私は多分、心を奪われていた。
「由夏」
 とほんの小さな声で、佐々木が私の名前を呼んだ。
 あまりにも静かだったから、佐々木の呼吸する音さえはっきりと聞こえた。数えられるくらいの時間をかけてゆっくりと息を吸い込んで、吐き出して、それから彼女は言った。
「嬉しかった。由夏と一緒に、こうして花火がみられて」
 佐々木の言葉は涙声交じりで、震えていて、掠れていた。くしゃくしゃに丸められた便箋の上に並ぶ文字みたいで、こんな夜でなければきっと聞き逃してしまっていた。
 それでもやっぱり真っすぐに、途切れることなく私のもとまで届く。
「約束。守ってくれて、嬉しかったよ」
 佐々木の声が、瞳が、あんまりに純粋で、私は思わず目を逸らす。
 だから、会いたくなかったんだ。花火のことも、私のことも、佐々木の中にあるすべてがなかったことになって、そのまま八月が過ぎ去ればいい。この夏休みの間、私はずっとそのことばかり考えていた。それこそが私たちにとってのハッピーエンドなのだと信じていた。それなのに。
 佐々木の指はまだ震えていた。
 遠くの星明かりみたいに微かな力で、けれどこの世界にあるどんなものよりも強く、私の右手を捕えていた。
「言わないんだね」
「何を?」
「たったの一言、佐々木がそれを口にすれば、きっと私は佐々木を連れていってしまうと思う。けど、佐々木は絶対にそうはしない。人のこと言えないよ。佐々木だって、私のことばっかり考えすぎだ。もっと、自分を大切にしなよ」
「由夏のせいだよ。由夏が私のことを考えすぎるから、私だって由夏のことを同じくらい考える」
「佐々木のそういうところ、やっぱり嫌いだ」
「うん。私も、由夏のそういうところは嫌い」
 顔を上げる。直後、彼女の背後で大きな花火が打ちあがって、ほんの一瞬だけ、佐々木の表情が分からなくなる。
 佐々木はもう泣いてはいなかった。拭われないまま頬に残った涙のあとが、佐々木に代わって何かを訴えるみたいに、暗闇の中で小さくきらめいていた。
 息苦しかった。彼女の手を思い切り振り払って、そのまま黙り込んでいたかった。佐々木深冬という静寂を破ってしまうくらいなら、私はずっと何も言えないままだって構わなくて。幼い頃から隠し続けてきたその感情は、紛れもなく私の本心に違いなかった。
 けれどそれと同じくらいに、佐々木と繋いだままの手を、私は離したくなんかなかった。誰も知らない夜の底を、もっとたくさんのことを話しながら、ずっと遠くの遠くまで二人きりで歩いていたかった。そんな当たり前の欲求が、当たり前のように私の内側にも残されている。最後の最後まで、できれば知らないふりをしていたかった。
 なのに、佐々木のせいだ。目の前に立っている彼女があまりにも真っすぐに笑うから、たった一つの理想だって、ふと見失ってしまいそうになる。
 お互い様だと、佐々木は言っていた。私が佐々木の望みを知っているように、佐々木もきっと私の我儘を分かっている。なのに、彼女はそれを口にしない。そんな彼女の優しさが、いまはどうしようもないほどに痛い。
「ごめん、深冬」
 それはあまりに言葉足らずな、けれど疑いようもない懺悔だった。
 佐々木は驚いたように肩を跳ねさせる。それから、ほんの小さく笑った。まるで真冬の湖畔のように透明な、とても彼女らしい笑顔だった。
「まだ、その名前で呼んでくれるんだね、私のこと」
 佐々木の体重が、私の全身にゆっくりと寄りかかる。避けることなんてできなくて、私は彼女のことを受け止めるしかなかった。彼女の華奢な身体は信じられないくらいに軽くて、拠り所がない。ほんの少しの力を込めて手を引いたなら、本当に遠くまで連れ去ってしまえそうだった。
「由夏だって、何も言わない」
 胸の奥、その中心に彼女がいる。これまでに経験したことのない、不思議な距離感だった。
「本当は寂しいくせに。私のことを、連れていってしまいたいくせに」
 私は、佐々木に笑っていてほしいとは思わない。一緒にいてほしいとも思わない。私はただ、佐々木深冬が佐々木深冬として生きてさえいてくれればそれでよくて。それだけが、私の理想のすべてだった。
「嬉しいんだ、私。由夏は私のことを、佐々木深冬のことを何よりも大切にしてくれてるんだなって。とても悲しいけれど、でも、それと同じくらい嬉しい。だから、由夏」
 寡黙な彼女にしては長すぎるほどの前置きを終えて、佐々木はようやく結論を口にする。
「できれば、何も言わないままでいてほしい」
 私の胸元へ頭をうずめたままの佐々木の表情は、当たり前のように私からはみえなかった。そのことの意味を、けれど私は知ってしまっている。だって、同じだったから。それは、私がため息の行方を佐々木から隠そうとしたことと、きっと同じだったから。
 東の空では、いまもたくさんの花火が浮かんでは散ってを繰り返していた。でも、佐々木も私も、もうそれらの光を眺めてはいなかった。
 いつかに交わした約束は、打ち上げ花火が終わるまでのものだ。だから、街に覆い被さった夜が普段の静寂を取り戻したなら、きっとそれっきりになってしまう。こんな夜の出来事だって、初めから何もなかったかのように消えてしまって。そうして佐々木が目を覚ましたとき、やっぱり私は、佐々木に笑っていてほしいとは思わない。けれど、泣いていてほしくもない。ただ前を向いて、いつものように歩き始めてほしい。
 彼女の後頭部に手のひらを添える。できるだけ優しく、彼女の中にあるどんな感情もこれ以上は傷つけてしまわないように。右手が塞がっていたから、これがいまの私にできる精一杯だった。
「佐々木」
 と私は彼女の名前を呼ぶ。
 返事はない。たぶん佐々木は、私の言葉を待ってくれていた。どちらを選ぶかなんて分かりきっているはずなのに、それでも佐々木は、結末の決定権を私に委ねてくれていた。
 ――ああ、きっと。
 あのとき佐々木の指先が震えていなかったなら、あるいはそもそも最初から手を繋いでなんていなければ、もしかすると、私と彼女が一緒になる未来もあり得たかもしれない。私はそこまで良い人じゃないし、佐々木のように強くもなれない。たった一つの理想だって、彼女の手を振り払ってまで追い求める価値が、意味があるのかなんて、私にはもう分からない。けれど。
「帰ろう」
 と私は短く言った。
 たとえ意味なんかないとしても、それでも、私は佐々木深冬という少女を護りたかった。
 佐々木はしばらく黙っていた。どうしようもなくて、私は東の空へと視線を向ける。はるか彼方から光と音が交互に届いては、まるで互いが互いを追いかけあうみたいに消えてゆく。それは綺麗なことだと思う、とても。けれど、その光景からは現実が抜け落ちている。真っ暗闇の中ではどんなに本物みたいであったって、これからの佐々木が生きていくのは現実だ。だから、これがやっぱり私の果たすべき役割だった。
 どれほどの時間が経ったのか、分からなかった。やがて彼女は、くぐもった声で「うん」と頷いた。
 寄りかかっていた重さが失われて、私たちの距離はまた元通りになる。ふたたび顔を上げたとき、佐々木はいつものように凪いだ表情を浮かべていた。たったそれだけのことが何故だか嬉しくて、私はつい笑う。すると、つられたように佐々木も小さく笑った。
 夜空を染め上げる花火を横目に、手を繋いだまま、私たちはどこかへ向かって歩き出す。明確な目的地があるわけではなかった。けれどそれは、今度こそお互いにとっての帰り道だった。私は私の帰るべき場所へ帰り、佐々木は佐々木の帰るべき場所へ帰る。そんな当たり前を果たすためだけの暗闇を、私たちは並んで歩いてゆく。
 一歩ずつ、これまで辿ってきた道を確かめるみたいに進む。佐々木が、実は夜道があまり得意でないことを私は知っていた。それでも彼女は私の前でだけは強がろうとするから、あまり周囲を確かめることなしに歩いて、そうしてふとした隙間に暗闇をみつけるたび、危険を察知した子猫のように後ずさるのだった。その様子がなんだか可笑しくて、私は笑う。対する佐々木は恥ずかしがるみたいに目を逸らすばかりで、それはきっと私しか知らない、彼女の内に隠されている一面だった。
 帰り道の途中も、私たちは互いに重要なことは何一つだって言わなかった。代わりに、これまでには一度だって話したことのないようなどうでもいいことばかりを、まるで大切な宝箱の中身を教えあうみたいに話しあった。佐々木は冬の星空を見上げるのが好きで、なかでもシリウスを特に気に入っているらしい。彼女の中に、好きな恒星という概念が存在することそのものが意外で、私はずいぶん驚いた。いまが夏で、だからこの場所からみつけることのできないのが少し残念だった。
 私はきっと、佐々木と出会ったその瞬間から彼女のことばかりをみてきたのだと思う。けれど、それでもまだ知らないことのほうがずっとずっと多い。たとえば、佐々木があんな風に泣くことを、私は知らなかった。たとえば、佐々木があんなにも真っすぐに私をみていてくれたことを、私は知らなかった。佐々木のことなら、私は何だって知っておきたい。佐々木となら、私はいつまでだって話をしていたい。
 八月三一日。夏が終わる日。
 だから今夜、佐々木が来てくれて、本当は嬉しかった。
 会いたくなんてなかった。会えて嬉しかった。相反する二つは、けれど何も矛盾なんてしていない。
 どちらも確かな質量をもって私の中に在る、本物の感情だ。
「この辺りかな」
 足を止めて、私は言う。
 そのまま視線で前方をさした。
「ここを真っすぐに行けば、いつもの通りに出る。人通りも、この時間ならまだたくさんあるはず。あとは、佐々木ひとりでだって帰れるでしょ」
「うん。帰れると思う」
 佐々木はこくんと頷いた。
 私たちはなんとなく見つめあう。あとはどちらかが手を離すだけで、全部が終わってしまう。それもまた、お互いに分かりきっていることだった。
 佐々木はこういうのがきっと苦手だろうと思ったから、私は空を見上げて、最後を切り出すための言葉を考えていた。けれど、そうはならなかった。ようやくみつけた言葉を私が口にするよりも先に、佐々木の体温が右手から不意に抜け落ちる。
 視線を落とさなくとも、起こったことは瞬時に理解できた。
 思わず、私はため息をつく。ため息の行方を知られる心配は、もうなかった。
「なるほど。本当にギリギリだったわけだ」
 見上げた先、東の空には一面の群青とわずかに欠けた満月だけが取り残されている。それはつまり、私と佐々木との約束が完全に果たされてしまったことの証明だった。
 佐々木は、だからちょうどいま私が立っている場所で目を覚ますことになるのだろう。そのとき、彼女はちゃんと帰り道を歩くことができるだろうか。できることなら、きちんと見送って終わらせたかった。けれど、それを確かめるための術はもう、私の手元には残されていない。
 花火は終わった。だからそのまま八月が終わって、夏休みが終わって、私と佐々木とのことも終わる。これは、私の望んだとおりの結末だった。
 視線を落とす。それからもう一度だけ、私はゆっくりとため息をついた。
 そのまま振り返って、歩いてきた道をまた戻ることにする。目的地はない。佐々木と違って、私には帰るべき場所なんてものはないのだ。それでも強いて挙げるなら、佐々木の迷い込んでしまった、この夜道こそがそうだろう。
 ここまで歩いてきたはずの夜道はどこか、いっそう深い影を増したように思えた。佐々木が隣にいないだけでこんなにも変わるものかな、と内心でつぶやく。
 ――本当は寂しいくせに。
 と佐々木が言った。
 私は小さく笑う。
「お互い様だよ、それだってさ」
 私以外に誰もいない。私以外の誰も知らない。どこまでも凪いだ水面のような夜を、私は一人でただ歩いてゆく。
 佐々木みたいな夜だ、とまた思う。それから、願った。たぶん、何かを。
 果たして何を願ったのか、不思議なことに、自分自身よく分からなかった。ただ、その正体が何であれ、佐々木のもとへだけは決して届かないでいてほしかった。でないと、意味がないから。こんな夜が在ったことの、佐々木の感情を酷く傷つけてしまったことの、全部の意味がなくなってしまうから。だから、私の願いなんて、目覚めた後の佐々木は全部忘れてしまったままでいい。
 視線を上げる。もうじき九月を迎えるはずの空は、けれど八月のそれと何が違っているのか、私の目には分からない。
 もしかすると、と思う。
 もしかすると、ここからみえる空はずっと八月三一日のままなのかもしれない。
 私はずっと、終わらない夏の夜を歩き続けることになるのかもしれない。
 それは、さほど突飛な想像でもないように思えた。なにぶん、何もかもが初めてのことなのだ。これから先、私自身がどうなっていくのかなんて予想できるはずもない。
 だとすれば、佐々木に宛てるはずだった最後の言葉は、私たちが同じ八月三一日を過ごしている間に棄てておくべきなのかもしれなかった。でないと、まるで呪いみたくなってしまいそうな、そんな気がした。
 吹き抜けた風が辺りを小さく揺らす。なんだか、言い訳みたいだ。これがいわゆる未練というものなのかもしれないけれど、だとしても構わない。
 私はできるだけゆっくりと息を吸い込む。
 それから、誰の耳にも届かないくらいの、なるべく小さな声で言った。
「またね、佐々木」
 佐々木深冬。
 私が護りたかった、たった一つの理想。
 いまもどこかにいるはずの少女のことを、それでも胸いっぱいに思いながら。
 私は、目を伏せる。
「楽しかったよ」

 

 

 

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 まだ幼かった頃、と言ったはいいものの具体的にいくつの頃だったのかが思い出せない。そのくらいには幼かった頃の話。記憶がたしかなら一度きりだったと思うのだけれど、実家から少し離れた駅発の電車に乗ったことがある。たぶん、海遊館に行ったのだと思う。覚えていないけれど、でも、両親だったり祖母だったりに連れられながら、大阪港駅に降りた瞬間の高架を眺めたような記憶があるから。終点、コスモスクエア。その名前を知ったのは、だからたぶんその日のことだったのだろうと思う。コスモスクエア行きと記された列車に乗り込んで、けれどその駅まで着くことはなくて、だから、たぶんそう。ひとつ前の大阪港駅で降りて、やっぱりそのまま海遊館へ行ったのだと思う。その日に行ったであろう海遊館での出来事は何一つとして覚えていないのに、大阪港駅から眺めた高架に加えて、コスモスクエアという固有名詞を今の自分が強烈に記憶しているのは、だから、その頃からもう、そういうものに囚われていたって話なのかもしれないな。果たして当時の記憶かどうかは曖昧だけれど、大阪港駅のホームからコスモスクエア駅に向かって真っすぐに伸びる線路を、ぼけーっと眺めていたような覚えも微かにある。まさか二五を目前にして訪れることになろうとは、まったく想像していなかった。

 

 大阪港へ行きたいと思うようになったのは、今年の三月だったのかな。海遊館へ足を運ぶことに決めた理由はいくつかあったけれど、そのうちのひとつがそれだった気がする。改札を抜けるとすぐ目の前に高架が通っていることを幼少期の記憶と共に覚えていて、その様を確かめたいと思ったのが最初の動機、だったような。海遊館自体も普通に楽しんだけれど、高架を前に「ああ、記憶通りの光景だな」と思えた時点で、自分の主目的は割と果たされてしまっていたような感じもある。その日はついでに桜島へも行ったのだけれど、生憎の雨だった。生憎の雨っていうか、大雨だった、普通に。傘を差していても尚歩きたくないレベルの。自分にとっては桜島それ自体もとても好きな場所なのだけれど、だからそれだけが微妙に不完全燃焼という感じで、ところでまあ自分以外のメンバーにとっては別にどうでもよかっただろうと思うけど。自分は人並み以上には高所恐怖症っぽいなのでアレなのだけれど、陽が沈んだ後の大観覧車に乗るとか乗らないとかで、それまでの時間を適当に潰そうということになって、その途中のどこかで例の場所を訪れることになった。Twitter で調べてみると、これが三月二六日のことらしい。こうして振り返ってみると、本当に偶然の連続って感じだ。その一週間前に USJ へ行っていなければ、そもそも USJ へ行こうと言い出すような人が身近にいなければ、その帰りに某回転寿司屋へ寄っていなければ、その場に特定の数人がいなければ、上の全部が揃っていたとして「海遊館へ行こう」なんて気まぐれを起こさなければ。そうでなかったら今年の夏はどこにもなかったのかもしれないなと思うと、嬉しかったり怖かったりって感じ。人生ってそんなことの積み重ねなのかもしれないなとは思うけれど、でも、だとしたら尚更だな。

 

 三月の桜島が不完全燃焼だったことが、だから効いていたのだろうなと思う。別にそんなつもりではなかったというか、ああ、だから、それもそうなのか。だから、今年の初めに初日の出をみに行ったくらいの頃から全部が始まっているのかも。いや、全部ってことはないか。でもまあ、だいたい全部かもしれないな。だって、あの夜がなければ「寂しくなるね」とだけ言って三月までを終わらせてしまっていた可能性が非常に高いし。曲を作ろう曲を作ろうとだけ言って、実際にどうなっていたかなんて分からない。それが生まれていなければ、だから自分が声を掛けることもなかったし、ということは八月の桜島と大阪港もなかった。すごい話だな、本当に。未来のことなんて何一つも考えていないけれど、もう通り過ぎてしまったいつかの今日から今の今まで様々が繋がっているんだなと思うと、これは普通に嬉しい。なんか、報われてるなって気持ちになる。何がと訊かれると答えに窮してしまうけれど。ところで、自分は花火大会へ行くというイベントを立案した人にものすごく感謝すべきだな、とここまで書いていて思った。あの曲がなければ、というのなら、花火大会だってそうで。あの夜、淀川で花火大会を運営してくれていた人たちへも同様に。群像劇。人生って、七〇億を一斉に巻き込んだ大掛かりな群像劇なのかもしれない。自分ひとりの手には到底負えないくらい膨大な数の思惑の上になんとか立っている、そんな気がする。

 

 そもそもどこかへ行くという話ではなかったし、そのうえで行き先の候補として桜島を上げてくれたのは、まあまあ嬉しかった。まあ、直近に Twitter で一度言及していたし、それでついでにってことなのかもしれないけれど、だとしても。桜島、自分はめちゃくちゃに好きなんだよな。物語の結末って感じがする、町全体から。観客が席を立った後のシアターみたいな。曰く幸福の本質は移動らしいけれど、停滞の中にだってそれはあるのではという気がしていて。なんていうか、古本屋の陳列棚かも。大きな書店の、それこそ梅田の丸善とか、そういったところの本棚よりも、古本屋のそれのほうが自分は好きで。とか言いながら、古本屋へ立ち入ったことは一度もないのだけれども。停滞。自分の好きなものを多くの人と共有したいという欲求は、実際のところ自分にはあまりなく。というかむしろ、隠しておきたい、どちらかといえば。星空が、雲で隠れされていたほうが安心するのと同じ心理かもしれない。誰も知ろうとしないなら、誰にだって知られないよう切り離されていればいいという話で。終点って、つまりはそういうことだよなと思う。どこへも繋がらない果ての駅までわざわざ足を運ぶ理由なんて、そうそうない。そういう意味で、星空を遮る雲と同じかもなのかもなって。ところで、雲の隙間に星が瞬いていたら嬉しいし、その一瞬を誰かと一緒にみつけることができたら楽しい、当たり前のように。どんな気持ちですかって、咄嗟に答えられないから誤魔化してばかりだったけれど、そんな気持ちかも。

 

 どこかで桜島のことを話題に上げる機会があったのかもしれない。なかったかもしれない。覚えていない。けれど、どこかのタイミングで大阪港と桜島とを結ぶ連絡船があることを、人から教えてもらって知った。連絡船の存在が話題に上がったことは、記憶の中では少なくとも二回あって。大阪港からみえる夕焼けから夜にかけての風景がとても綺麗だという話を、そのうちのどちらかで聞いていたのだと思う。海遊館の日、つまり三月二六日時点で自分はその情報を(記憶通りなら)知っていて、向かいながら「ああ、あの、夕方が綺麗と言っていた場所か」と思った覚えがある。先述の通り、その日は大雨が降っていて、ただ、その場所へ着いたときにはもう止んでいたか、あるいは降ったり降らなかったりを繰り返していた。雨は上がっていたけれど、決して晴れてはいなかった。だから当然のように夕焼けもみられなかった。別に、そのときはそれほど心残りでもなかったような気がする。残念だなとは思ったけれど、それ以上に、その場所の雰囲気は自分の好みにずいぶんと近くて、そちらのプラス分のほうがずっと大きかったから。陽が完全に沈んで、辺りが暗くなりきるよりも前にその場所を後にした。観覧車へ乗って、そのまま晩御飯を食べに行く必要があったから。スマホのカメラロールを振り返ってみると、だいたい二〇分ちょっとしか滞在していなかったらしい。写真を撮りまくっていると、こういうときに時間の使い方が確認できて便利で良い。

 

 夕陽をみたいと思ったのは、だからなんだよな。二回行って、その二回とも結局みられなかったから。好きな人たちの好きな場所を知りたいという欲求があるにはあって、なんていうか、好きな場所ってものすごく決めづらいというか、何の手がかりもなしには決められないというか。好きな食べ物や好きなスポーツなんかとは違って、いや、その二つも大なり小なりそうでこんなのはグラデーションの問題ではあるのだけれど、とはいえ個人の経験や価値観の影響をものすごく強く受けて決定されるものだと思う、好きな場所、というか決めづらいもの全般って。だから知りたい、そういうのを。その他人の人となりに、多少なりとも触れられるような気がするから。大阪港は足の届く距離にあるし、それに自分もすっかり気に入っていたし、行けるうちに行っておきたいかもなと思って。できれば、その場所を好きだと言っていた人と一緒に。とはいえ、結局みられなかったけど、夕陽。一日中曇ってたし、というか雨降ってたし、普通に。暴風の下に傘さして座り込んで、自分はともかく、この雨のなかで立ち上がろうとしないなんてどうかしてると思ったけど、正直。でもなんか、それでも想像した通りだった。思うに、好きな相手の好きな場所をその相手と一緒に巡るという行為、もっと色んな人とやっていったほうがいい。あまりにも気づくのが遅すぎたけれど、でも、いまこのタイミングで気づけてよかったという話でもある。人生、もう少しくらいは続きそうだし。

 

 自分を振り回してくれる人のことを好きになる傾向がかなり高い。みたいなことを口にした記憶がある。そして、それは実際にそう。そっちのほうが楽しいから。手を引かれながら、今度はあっちのほうへ行ってみようよって。そのまま右へ左へと進んでいって、そしたら道に迷ったりもして、帰り道はどっちだっけって。そういう風に過ぎていく時間がたぶん、めちゃくちゃに好きなんだと思う。昨日も、だから、改札をくぐった後になって失くし物に気づいて、すぐに同じ改札を抜けてエスカレーターを上がって、くすんだ空の下で「いま来た道を同じように辿ればどこかでみつかるでしょ」って。そうやって笑っているときが一番楽しかった。なんていうか、余計なことばかりを気にする癖があって。他人とはできる限り目を合わせたくないし、物理的に距離を置いておきたいし、誰からも嫌われたくないし、歩きながらでだってずっと考えていること。でもなんか、そういうのを全部忘れさせてくれる瞬間がもしかしたらそれなのかもなと思ったり。だから、自分を振り回してくれる人のことが好きなのかもしれないな。あのとき、手を振りながら「全然」と返した覚えがあって、実際に全然気にしてなんかいなかった。だって、心底楽しかったから。やりづらいのは本当だし、困るのも本当だけれど、でも、それ自体を楽しんでいるのも本当のことなんだよなって思う。なんか、そういう風にできている人間らしい、自分って。

 

 

 

20220917


 日没を待ったことって、生まれてこの方一度もないかもしれないな、と思った。比喩的な話ではなく、普通に、現象として。夜明けを待ったことなら何度もある。深夜散歩という趣味を持っている手前、誰かと出かけた際に帰宅へ舵を切るタイミングとして日の出が選ばれたりだとか。そうでなくとも、初日の出とか。でも、日が沈み切るのを何もせずにただ待っていた経験ってあったっけなと考えてみて、ぱっとすぐには思い当たらない。日没ほどいつの間にかそうなっているものって、自分の中にはあまりないというか。講義やバイトが終わった後、電車での移動、家での作業をいったん中断して買い出しに出るとき、そうして外へ出て初めて陽が沈んでしまっていることを知るというのはざらにある。けれど、だから、ただ茫然と日没を待ったことって、ないのかも。いや、かもじゃなくて、たぶんない。少なくとも、大学に入ってからは一度もないはずと思う。自由に動くようになった大学に入ってから一度もないんだったら、それまでの人生にもなかったはずと思う。まあ、昔は夜のことがあまり得意でなかったし、という話もある。

 

 帰ろうって言葉を口にするのが苦手だから、というか嫌だから、結末の決定権をすべて相手に委ねている。これは自分と長時間座りこんだ経験のある人なら一度は聞いているはずの台詞で、「帰りたくなったら、その瞬間に立ち上がってくれていい」みたいな。そうして実際に相手が立ち上がったなら、その意思に従うことに決めている。随分と自分勝手な物言いだなと自分でも思いはするけれど、そういう風にしか長い夜を終わらせられないことがままある。お互いに何も言い出さない場合は、もっとどうしようもないものがタイムリミットになったりする。空腹とか、体力とか、眠気とか、夜明けとか。自分の歌詞ではなにかと夜明けがタイムリミットの象徴として登場しがちだけれど、これは明確に自分の中にそういった意識があるからだろうなと思う。帰ろうって、その一言が言い出せなくたって別によくて、じきに訪れる夜明けが勝手に全部を終わらせてくれるから。思うに自分は、夜明けに対してもっと感謝したほうがいい。

 

 見送った夕空、過った流星。ふと思い出して、「いや、だから、見送ったことないんだよな、夕空」と思った、いま。流れ星ならみたことがあるけれど、一度だけ。でも夕空を見送ったという経験は、改めて振り返ってみてもやっぱり一度もないんじゃないかって気がするな。

 

 

 

20220903


 センシティブというか、人を選ぶかもという話題について書くので「無理だ~」と少しでも感じたらブラウザバックしたほうがよいです。

 

 高校生の頃、というとそれほど昔のことでもないように感じてしまうけれど、具体的な数字で言えばだいたい八年から九年くらいの話、痴漢を経験したことがある。当然ながら自分は加害者の側ではなく(いうほど当然か?)、また、たまたまその現場に居合わせたとかでもない。そうではなく、被害者側として経験したことがある、痴漢を。あらゆる読み手を億光年の彼方へ置き去りにする書き出しだよな、これ。でも、どうなんだろう。実際のところ、男性でもそういう立場に立たされたことのある人って、決してマジョリティではないだろうけれど、とはいえ思っているほどは少なくもないんじゃないかという気がする。梅田の交差点かどこかで一日中街頭アンケートをしてみたら一〇人はみつかりそうな、いや、そんなことはどうだってよくて。あれは、何のときだったんだっけ。普段あまり使わない路線に乗っていたと思う、クラスメイトの家へ向かう途中だったのかな。たしか昼過ぎ、車内はかなり空いていて、ところで自分は座らずに扉のすぐ近くに寄りかかりながら、いつも通りに。相手がどんな風貌だったかも覚えてない、というか、そんな余裕はなかった。男性だったことだけは覚えている。最初はなんていうか、なんだろ。なんか、やたら手が当たるなと思って。相手の手が、自分の身体に。最初は、いやまあ電車だしな、と思ったのだけれど、でもよく考えるとそれはおかしくて。だって空いてたし、自分以外ほとんど誰も立ってなんかいないくらいには。それでわざわざ扉横の、というかすぐ向かいの扉横が空いているのに自分の立っている側に来て、その上やたらと手が当たるなんてことある? という話で。いまはもう流石に喉元を過ぎすぎているからこんな風に書けるけれど、被害に遭っていた瞬間はもはや気が動転とかですらなく。痴漢って概念の存在自体は当然知っていて、ニュースや駅のポスターなんかでみるから。いやでもだけど、自分がその被害者側に回るなんて思ってもいなかったし(ここに固定観念が存在する)。というか何よりの話、本当に気持ちが悪かった、心底。不気味だし、怖いし、意味わかんないし。そういう一切の隙を縫って意識に介入してくる触覚が、もう本当に気持ち悪すぎて。後のほうはもはや手が当たってるとかの次元じゃなかったし、自分が強めの抵抗を何もしなかったからなんだろうけど。あの、いや、あのさ。想像だけで物を語るのって実はめちゃくちゃに簡単で。持ち合わせた想像力の限界までしか想像できないし、人って。自分だってそう。だからなんていうか、気持ちは分からないでもないのだけれど、いやでも、あれって思ってる以上にどうしようもないんよな。どうしようもなかったし、実際。声は出なかった。ちょっとくらいなら抵抗した覚えがあるけれど、手首を握り返したりとかはできなかった。それどころじゃなさすぎて、本当に。マジで早く次の駅に着いてくれとしか思わなかったし、降りてからだって通報なんかはしなかった。なんていうか、当時から痴漢の類ってときどきニュースで騒がれていたし、いまだって駅のポスターなんかで普通に見かけるけれど、啓蒙の文章を。でも、そうして真っ当に裁かれた加害者よりもずっとたくさんの黙殺された被害者がいるんだろうなって思う。思った。どうなんだろう、当時考えたことで明確に覚えているのは「ここで仮に『痴漢です!』と叫んだとして、ところで自分は男性なので周囲からは『何言ってんだコイツ?』の目で見られるだけでは?」ということなのだけれど。だからもしもの話、自分の性別が女性だったなら声を上げられたのかな、みたいな。いやまあ、想像するまでもなく絶対に無理だっただろうけれど。なんていうか、別にそれだけがきっかけだったってわけじゃないけれど、そういった様々があって、概念としての男性(これは大切なことで、特定個人を前にして何かを思うことはほとんどない)に内包されうる性的欲求に対する拒絶感がもう、本当に凄い。世の中の男性の全員が全員そうってわけじゃないのは分かってるし、それは当たり前のこととして。一方で、何かが外れてしまっている男性も世の中に一定数いて。ところで誰がそうなのかなんて分かりっこないし、それはもちろん自分自身だってそうで。怖すぎる、普通に。怖すぎると思ってる、本当にいつも。

 

 貞操の危機、って男性が使う言葉ではないような気がするけれど(これも固定観念)、みたいな話もあった、昔。あれもあれで本当に怖かった、なんか、意味がわかんなかったというのも当然あるけれど、なまじ知り合いだったから尚更。無理に襲われたというわけでもないから、危機という言葉のニュアンスからは少し外れるかもしれないけれど、いやでも、どっちにしても同じことなんだよな、受け手側からすると。一瞬で詰め寄られるか、あるいは一歩ずつにじり寄ってこられるかくらいの違いしかなくて。引いたはずの境界線を踏み越えてくるという点では同じだし、過程や手段が違うだけで。だから怖い、どっちも。たとえば自分が、それこそさっき上で話していたみたいに見境のない人間だったらどうするつもりだったんだ、と思う。いや、どうもこうもなく、その場合は相手が望んだ通りの結果になって終わりって話なんだろうけれど。二〇分くらいだったと思う、改札前、なんて言えば諦めてくれるんだろうなと思いながら。最終的には向こうが折れて、だから別に何ともなかったのだけれど。呆れ半分だったのか何なのかは分からないけれど「真面目だね」と言われたのは覚えていて、「いや、そういう話じゃないでしょ」と思ったことも覚えている。あれは、ああ、だからそもそもの話、今回の記事自体が少し前に書いた性別の話から連想されてここ数日くらい考えていたものなのだけれど。あれはだからその性別の話のときに書いたみたいな、性差の存在がかなりのところで利いていた。その後の人間関係に目を瞑れば走って逃げられるだろうし、最悪の場合、正当防衛という大義名分のもとに殴りかかっても勝てそうだったし、しないけどそんなこと。でも、最悪の場合、そういった手段に頼れば何とでも打開できそうという余裕があって、だから先のときほどは混乱しなかった。でもだから、これがもし逆だったらと考えると本当にぞっとする。つまり自分が女性の側で、ちょっとした知り合いと思っていた男性から遊びに誘われて。日中は普通に遊んで、晩御飯も食べて、「よし、そろそろ帰るか」くらいの時間になって突然関係を迫られる、みたいな。考えたくもない話すぎる。さして珍しくもなさそうな展開に思えるのが考えたくなさに拍車をかけている。なんていうか、だからこれで結局手に入れたものはといえば、概念としての男女に内包されうる性的欲求に対するかなり強めの拒絶感、というか恐怖感のほうが正しいと思うけど、をより強固にする楔だったという話。別に毎日毎日考えているわけじゃないけれど、こんなことを。でも、一番嫌なのは、というか考えないでいられないのは、自分が同じことをしない保証がどこにもないということで。いや、絶対にしないけど。絶対にしないけどさ。でもそれは、だからいまの自分が勝手にそう思っているだけで、信じているだけで、ところで未来のことに対して絶対なんて言えるはずないし、実際にどうだったかは死ぬ間際の走馬灯でしか分かんないじゃん。っていう。絶対にしないけど。でもいつかは死ぬということ以外の絶対なんてこの世にないし。加害性と被害性。本当に疑ってる、こればっかりはずっと。