20250702
正しくあることが正しいことと思うけれど、それを他者へ強要するつもりはあんまりない。……とは言うものの、これは他者へそうあることを求めない、ということを意味するわけではないように思う。だって、取捨選択はしてるもんな。自分の価値観と決して大きくは離れていない、そういう誰かと一緒にいることを、意識的あるいは無意識的に選んで生きている。初めのステートメントは正しくあること、それ自体を直接的には要求しないというだけであって、実際のところ、自身でさえ関与できない領域においては、その矢はおそらく外部へ向かって常に放たれ続けている。結局、世界のすべてが正しくあればいいと思うものの、世界のすべてが正しくあってほしいとは思わないし思えない、というだけの話ではある。自分にとっての悪は誰かにとっての善だったりするのだろうし、その境界に絶対的な規範は存在しないとするのであれば、自分にとっての正しくないものに対して選ぶことのできるスタンスとしては「距離を置く」の他にない。それは憐れみや嘲笑に基づく決定ではなくて、だからって正当化するつもりもないけれど。そういった憐れみや嘲笑の類は、近ごろ流行りの冷笑もそうだけれど、上方から下方へと流れるものでしょう、構造的には。でもそうではないというか、どっちが正しいとかどっちが間違ってるとかってことには興味がなくて、興味がないというか、前提を共有できない状態でその点を論じることには意味がないと思っていて。だから、取捨選択の捨は、対等なままでいったん距離を置きましょう、ということ。購入した商品をゴミ箱へ捨てるということではなく、興味本位で手に取った本を本棚へ戻すということ。この世界にどれだけの数の、どれだけの種類の本があるのかって。その中のいくつかは自分にとっての悪だったりもするだろうけれど、じゃあ今、眼前の棚に収められている一冊一冊を自分にとって最適なものに置き換えたいか。それが自室に設置された本棚であればそうするかもしれないけど、書店や図書館、あるいは自分でない他人の部屋にあるそれの中身がどうなっていようが割とどうだっていいんだよな、だって関係ないし。世界のすべてが正しくあってほしいとは思わない。でも、書店や図書館に行くとまずは好きな作家や興味のある分野の書籍を扱っているコーナーへ立ち寄るし、また、本の趣味が近しい他人と話していると心地がいい。取捨選択。繰り返しになるけれど、このことを正当化するつもりはなくて。ただ、その程度のものでしかないといえば、まあそうね。