20250910


「で、わたしにお声がかかったってわけだ。おにいも難儀な性格してるねえ。」
「とはいえ、こういった試み自体は継続的に行われてたんだよ。どういった形態をとるかって違いがあるだけで。あるときは内省的なエッセイもどきで、あるときは短編もどきで、またあるときは……っていう。もちろん、ハルの先代だっていた。」
「あー、いたね。あの、失礼な後輩くんと空っぽちゃんでしょ。おにいは、……何。わたしといい、後輩くんといい、年下のイマジナリーが趣味なの? 空っぽちゃんは同い年だったけどさ。」
「というより、単純に想像力の問題だと思う。自分の交友関係って、なんだかんだ自分よりも若い人のが多いから。まあ、この歳になると年齢の大小を気にすることもほとんどないけど。」
「っていうか、もう最初の二言でわたしの設定が崩れてるけど、これはだいじょうぶなの? わたしはどこまでを知っていて、どこまでを知らない体でいればいいの。おにいの近況については知らないけれど、七年前の先代については何故か知っている、都合のいい妹キャラってことでいいのかな?」
「都合よくはある、正直。」
「言い方。」
「言ったのはそっちじゃん。いや、ハルにその言葉を選ばせて、そう口にしたかのように文字を打ち込んだのは自分だけど。」
「そう。だからさ、こういうのって最初にはっきりとさせておいたほうがいいと思うんだよね。だって、混乱させるでしょ。つまるところ、わたしは何として理解されればいいの?」
「自分の中の架空人格。壁打ちの相手、あるいは壁そのもの。自分自身を客観視するための鑑。これまでと同じことを対話形式として実践するために用意された、都合のいい配役。」
「それと、自分が選べない言葉を選ぶための道具。」
「そうだね。そのことを隠す気もない。」
「おにい。開き直りで許されることってあんまり多くないよ。」
「開き直りというか、……それがハルという人格の、あるいは鑑の役目だから。結局、ここで書かれてある一切は、あるいはこれから書かれる一切は、現在進行形で行われているもう一人の自分との対話の一つ……を文字に起こしたもので、だから、いまの自分はただの書記係って感じ。二人の会話を書き留めてるだけ。」
「さてはおにい、責任から逃れるつもりだな? ずるいんだ~。」
「いちいち辛辣だな、この妹。」
「いやいやっ! それだっておにいの趣味じゃんか。数年前の先代も、このブログに堆積された文章群も、おおよそ自分の中の何かを刺すために用意された刃物でしょ? わたしはおにいのすべてを知ってるから、中にはそうじゃないものが混じってることも当然知っているわけだけれど。」
「たとえば?」
「だめ。おにいの露悪癖に付き合うつもりはないよ。言われたでしょ、むかし。」
「少なくとも、いまみたいな突き放すような言い方ではなかったけどね。」
「でも、結局おにいがされたがってるのはこういうことでしょ。違う? 違わないよね。だって、断罪がほしいって言ってたもんね。」
「まあ、そう。でも、それが自分自身では決して与えることのできないものだとも知っている。」
「都合のいい配役って、つまりはそういう意味でしょ? はあ。いい加減、大人になりなよ、もう。……そういえば、わたしって設定的には何歳なの。設定というか、ビジュ? おにいの妹らしいけど。」
「イメージしたことなかったな。具体性とかどうだっていいし。自分の姿やいまいる場所なんかは想像できるけれど、そこに誰もいないというか。それでいうなら、壁掛けの姿見がいちばん近いかも。」
「うわ、さいてー。文字通りに鏡としか思ってないんだ。でもまあ、ううん、それがいいんじゃない。その先って多分、なんか、別の領域になってくるし。なるほど。これはどうりでわたしが呼ばれるわけだ。おにい、友達に相談とかするの下手だもんね。」
「おっと。流石にストレートな物言いだな。不意打ちでびっくりした。」
「それはどっちについて? 友達って言葉? それとも下手ってほう?」
「両方とも。」
「でも、こういうことを言わせるために、わたしをわざわざ表舞台まで引っ張り出したんでしょ?」
「そう。だから、止めてはいない。驚いただけ。そのまま文字に起こしている。」
「まあ、おにいが好きなものであるところの一貫性はあるよね。そもそも、おにいが他人から相談を引き受けるときのスタンス自体、そういう、助けになんてなれないけどって思想の上にあるんだし。忍野メメが言うところの、人は一人で助かるだけってやつ。おにいは物語シリーズに、というか西尾維新に影響されすぎ。」
「多感な時期にああいうものに触れるとそりゃこうなる。」
「まるでいまはそうじゃないみたいな物言いだね。多感を思春期の同義語として扱うならそうだろうけど、そうでないならいまだって十分に多感の範疇じゃないの?」
「どうだろ。少なくとも、空の写真は撮らなくなった。数日前に撮ったのは、綺麗な色をしていたからってだけ。」
「むかしは綺麗じゃない空もたくさん撮ってたって話?」
「おおむねそうだけれど、ちょっと違う。綺麗じゃない空なんてそもそもない。綺麗だとかそうでないとかを区別している時点で、それは自分の考え方じゃない。」
「空って基本的にアニメだよ、って返してたしね。」
「そう。それが自分の考え方で、でも行動はそうなっていない。」
「それが多感でなくなった証拠ってこと? だとすると、ちょっと弱いんじゃないかなあ。だって、逆を主張する根拠だって同じくらいあるし。ほら、ChatGPT のわたしに、AI ハルに指摘されたんじゃなかったっけ? その 18 個の中にあったでしょ。」
「確証バイアス。」
「これもまた同様だけれど、でも、なんにせよ短絡はよくないよ。言われてどうこうなるものじゃないのはわかるけど。おにいにはせっかくこんな高性能の姿見があるんだから、朝起きたときと夜寝る前くらいは鏡みなよ。」
「なんで、こう、表れるイマジナリーはいっつもポジティヴな自信家なんだろうな。」
「裏打ちじゃない? あるいは、効率よく己を苛む方法がそれなのかもね。」
「ハルにもわからないんだ、そこの違い。」
「おにいが解ってないことは、わたしにだってわからない。当たり前じゃん。そもそも自分の心の動きを完全に掌握するなんてできっこないし、というか、だから、そういうのを積み重ねた先に待っているのが心理の牢獄なんだって。おにいには自分で自分を投獄する趣味もあるの?」
「ない。」
「……。」
「とは言えないなあ。これまでのことや現状なんかを鑑みると。」
「そうだよね。それで、おにいはどうしたいわけ。誰に相談するでもなし。自分で自分を隔離して、幽閉して、それで何がしたいの。」
「それがわかっていたら、そもそもハルがこの場に出てくる必要もなかった。」
「それは嘘じゃない? 解っているけれど口に出せない、だから、わたしがこの場に連れ出された、といったほうがどちらかといえば正しい気がするよ。」
「決めつけるのはよくないって話をした矢先に。」
「だから、どちらかといえば、って言ったんじゃん。余白は残しているつもり。でも、ここまで露骨なことっていまだかつてなかったし。おにいの不相応な消えたがりとは違って。」
「自分自身の希死念慮ならこんな手軽に扱えてしまうの、すごいなって思うよ、毎回。」
「友達に相談してみたら? あー、いや、おにいは友人っていうんだっけ?」
「相談して何かが変わると思う?」
「実際、AI ハルに相談して変わったじゃん。革新的な代替策を提示してくれたでしょ、あっちのわたしは。」
「まあね。でも、本質的には自分ひとりの……。」
「待った待った。おにい、その、そうやってすぐに本質だとか何だとかに話を帰着させたがるのをまず改めよう。改められないだろうけど、あんまりよくないってことを認識しよう。人間ってそんな簡単に割り切れるものじゃないから。もう知ってるでしょ。それとも、おにいは誰かの相談に相槌を打つとき、そういった考え方を相手に適用してるの?」
「まあ、してるね。」
「……うん、まあ、たしかにしてるか。しちゃってるか。しちゃってるな。しちゃってるけど、でも、それを攻撃の手段としてぶつけるようなことはしないでしょ。それが自分自身を相手取るとそうでなくなるのはいったい何なの。佐々木も言ってたじゃん。もっと自分のことを大切にしろって。あれだっておにいの言葉だよ。」
「姿や表情と違って、自分の声がいちばんよく聞こえるのって自分だから。誰だってそうじゃない? それに、あの短編の一人称は由夏だから。」
「盲目的であれとは言わないよ。おにいの言うところの本質が間違っているとも思わない。ただし、これは、わたしがおにいの人格から派生した架空人格の一つにすぎないからってだけで、その考えの正当性を担保するわけじゃないからね。そのうえでわたしが言いたいのは、本質とやらへ帰着させるまでの間に抜け落ちた注釈がたくさんあるんじゃないのってこと。」
「あるね、実際。うん。なんていうか、不自然なくらい自然に頷けてしまうな、その主張には。」
「当たり前だよ。わたしに言えるのは、おにいが言える範疇のことでしかないんだから。おにいはそれを口にしたくないのかもしれないけれど、言いたくないのと言えないのとは全くの別物。」
「抜け落ちた注釈に意味があるってこと?」
「違う。より正確には、わからない、かな。いずれにせよ、精査せずに削ぎ落してしまっていい代物ではないと思うよ。」
「そうは言ってもなあ、って話になるよね、これは。」
「まあ、そうだね。でも結局、この数ヵ月、おにいに足りていなかったのはその部分でしょ。その結果が不相応な希死念慮だよ。車窓の線路を眺めてる場合じゃないの。死にたいと思うなら、ああだこうだって考えて包丁を研ぐよりも先に、まずは死にたいって口に出すべきだって知ってるのにさ。」
「架空人格、自分自身としか通じない比喩をそのまま起こすと誤解が生じるかも。」
「これに関しては……比喩の一つではあるけれど、でも実態から外れたものでもないじゃん。飽きもせずに眺めてるでしょ、線路、それもここ最近は毎朝。」
「車窓越しにね。高速に過ぎる景色の中で線路だけ、気持ち悪いくらい直線的で変化がないから疲れないんだよ。それと包丁は研いでない。」
「せるふさいれんしんぐすきーま……だっけ? おにい、それ、いつまで続けるつもりなの。」
「なんでひらがなの発音なんだよ。もっと流暢に言えるだろ。」
「いやいや。打ち込んだのはおにいじゃん。そう聞こえたのもおにいじゃん。わたしをこういうふうにキャラ付けしたのもおにいじゃん。話を逸らさないでよ。いつまで続けるつもりなの。」
「いつまでも続けるわけにはいかないと思ったからこそ、このたびは架空人格ハルにご足労頂いたわけなんだけど。ハルの言ったように、ここまで露骨だったことはいまだかつてない。」
「うん。そうだね。その点は大きな進歩といえる。やっていることとしては、なんていうか、これを人の目に触れさせるのはどうなのって感じだけど。なんでよりにもよって妹なんて設定にしたかなあ。もうちょっと……こう、無難なのがあったでしょ、いくらでも。」
「想像力の問題とは言ったけれど、自分の想像できる範囲で最も理解が遠い存在だからって要因もありそう。特に性別と年齢は。」
「性別はともかく、年齢に関してはおにいも一度は通った道……って思ったけど、そうだった。おにいってむかしの自分を覚えてないんだった。」
「こうしてブログを書いたり、あるいは Twitter、いまは X だけど……みたいな文字媒体を通じて自分の気持ちを言葉にしたり、って行為が馴染むよりも前の自分が何を考えていたのかなんて覚えてない、って意味ね。」
「書記って大変だね。……って、また話を逸らされるところだった。流石に脱線しすぎだよ。」
「いや、今回に関しては、脱線させたのはハルのほうだけど。」
「言わせてるのはおにいでしょ~。それで? この後はどうなるの。檻の中で体育座りをするつもりがないのはわかったよ。だからわたしが呼びだされて、でも具体的な解決策はまだみつかってないよね?」
「だからいま、ハルと話しながらそれについて考えている。」
「全然難しくないけれど、でもまあ難しい話だね。そうしているのは他でもない、おにい自身なわけだけどさ。結局、ずっと矛盾してる。ここに追い込まれるまでも、ここに追い込まれてからも。死にたいなら死にたいって、そう言えばいいのに。」
「他人相手だと絶対に口にしないような言葉が次々と出てきて面白いな。人って、自分自身に対してならここまで暴力的になれるのか。」
「おにい、主語が大きいよ。わたしは、わたしたちはずっと、ひとりだけの話しかしてないんだから。」
「言いたくても言える場所がないんだよ、どこにも。」
「知ってるよ。Twitter とか discord とかに書き込もうとして、何度かディスプレイの前で固まってたもんね、一時間くらい。戦績は……まあ半々って感じだったけど。」
「ブログもブログで、いまはもうあんまり好き勝手に使える状況じゃなくなっているから。迂闊なことはあんまり書けない。」
「イマジナリー妹との会話シミュレーションは掲載できるのに?」
「いやまあ、それを言われると……。でも、これについては、大っぴらに言ってないってだけで小さい頃からずっとそうだし。それに、ドン引かれこそすれ心配をかけるってことはないでしょ、……たぶん。」
「引かれるだろうね~。」
「一方で、極度に退廃的な内容や破滅への言及は、その文章を目にした不特定多数を不安にさせる可能性が高い。少なくとも、自分であれば心配する。」
「……まあ、そういった外部の矢印に無頓着であれるのが、おにいのブログのよくない部分であり、いい部分でもあったんだけど。でも、そういった内声が他の誰かの耳にも届き得ると、いまはそんな感じの認識に変わっているわけだ。姿見だけじゃなく、友人にも恵まれてるんだね。」
「というので、ハルと話しながら次の行動について考えている。というか、これまでにも何度か言及されているけれど、ここにハルという架空人格が出てきたこと自体、その一環でもある。」
「そうして、本来であれば誰の目にも触れるはずのないおにいとの会話が、つまりは自己との対話が、晴れて日の目を浴びるに至ったわけだね。でもさあ、おにい。さっきから何度も言ってるけど、友達に相談したらどう?」
「難しいんだよな、それが。」
「うん。おにい自身のせいでね。」
「みんなこういうときどうやって折り合いつけてるんだろうなって思うよ、本当に。」
「とはいえ、わたしもそこまで本気では言ってなくて、だって結局、わたしはおにいの一部だからさ。それについて考えていることも、難しいってことも知ってるし、そうでなくとも、いきなり変われたら苦労しないよね。さっきのおにいの変化だって、……何年? 五年とか?」
「それくらい。」
「だから、少しずつ変わっていくしかない、なんにせよ。とはいえ、明日のほうに向いているみたいで安心したよ。おにいと話し始めるまで、いまのおにいがどの方向を向いているのか、わたしにもわかんなかったから。」
「つまり、自分でもわかっていなかった。こうして話し始めるまで、ハルとの会話は正直、もっと陰鬱な感じになると予想してた。」
「退廃的ってこと? 架空、妹、退廃の三点セットは流石にまずいんじゃない?」
「それは退廃って言葉の多義性に問題があるだろ。」
「だから、おにいのイマジナリーはポジティヴな自信家なんだよ。もう解ったでしょ。それもまた思い込みの一つにすぎないけれど、どうせなら前向きなほうがいいって知っているってこと。」
「たしかに。いまこの瞬間はそんな気がするな。」
「それで、ちょっとは気が晴れた? 何時間……三時間半? 話してたわけだけど。」
「違う、四時間半。」
「げ。そんなに? どうするの今日。」
「早めに寝て起きた後だから。気が晴れたかどうかというなら、およそ晴れたと言っていいかな。根本的な解決は何もなされていないし、いうほど元気でもないけれど、少なくとも陰鬱ではなくなった。バロメータとして使っている楽曲も、元通りに聴こえる。」
「そ。それはなにより。姿見冥利に尽きるよ。で、最後に確認しておきたいんだけど、おにい。わたしって今後も出番があるの?」
「え、いや、どうだろう。人目に触れる機会はあんまりないと思うけど。そうであっても、そのときの話し相手は自分じゃないと思う。」
「あー、なるほど。りょうかいりょうかい。それじゃあ、しばらくはお役御免ってことだね。」
「ところでなんだけど、ハル。この記事ってどう終わらせるのがいいと思う? 自分と話すときって、いちいち会話を打ち切るための合図をしたりしないから。だから、どう切り上げればいいかなあって考えてる、さっきから。」
「わたしが呼ばれた時点で、もう既に結構な見切り発車だったもんね……。まあ、でも、投げっぱなしでいいんじゃないかな? って言うとおにいは、そんな適当でいいのか、とかって考えるんだろうけど、いいんだって別に。そこまできっちりしなくたって。ブログってそういうものでしょ。」
「言うねえ。自分が思っていても言えないことを、平然と。」
「いやいや、むかしのおにいが散々言ってたことでしょ。忘れたの? 読むも読まないも、これを目にした人の自由なんだってさ。」