鍵。

分かりやすい言葉だ。

まあ解らなくてもいいけどさ、今日は鍵の話をしよう。

そういう気分なんだ。

想像してみてほしい。

日常で鍵を使う場面といえばたとえばどんなときだろう?

そんなに多くはない。

大事にしている鍵はいつだってポケットの奥で眠っているけれど、それを手に取って使う機会なんてそうそうない。

だけど、絶対にそうしなくてはならない瞬間が誰にだってある。

扉を開くときだ。

ほとほと疲れ果てやっとの思いで帰宅したとき。

あるいは、知らないうちに始まってしまった朝に運ばれて。

誰にも入ってこられないようにと厳重にかけたそれらを一つずつ外して、自分と外とをすっかり遮る扉をくぐって、そうやって一歩踏み出すために使うものだ。

だから、これはそういう話だ。

 

鍵。

その扉に鍵なんてものは実際のところ無くて、ただ開くことに臆病になっているだけ。

なるほど、たしかに。

その通りなのかもしれない。

しかし個人にとっての鍵が確かにそこにあるのだと、本人がそう主張するのであれば、それはやっぱり実体と質量を兼ね備えた物体だ。

重さがある。

重さがあるということは、つまり自分と自分以外とを遮る扉にはっきりとした意義を与えるということだ。

そういうものなんだろうなあ、と思う。

見えるか見えないか。

触れられるか触れられないか。

温かいか冷たいか。

そんなことは本当にどうだっていい。

あってほしいと誰かが強く願えば、それはきっとそこに生まれる。

いや、さ。

鍵なんていくらでもあるのが普通だと思うんだよ。

だってそうだろ。

自分と同じ空を見てる人間なんて、こんなにもだだっ広い世界のどこにもいやしない。

自分の全てを理解して、肯定して、受け入れてくれるような人間だなんて、そんな都合のいい相手が本当にいると思うか?

いない。

いるわけがない。

誰だって知っている。

意識的か無意識的かはさておき、何年も生きていればその程度の真理には誰だって気がつく。

自分の好きな服を、それでも嫌いだと叫ぶ人がいて。

自分の嫌いな料理を、それでも好きだと喜ぶ人がいて。

世界はどこまでも汚れきっていて、それでいて案外綺麗だったりもして。

自分には見えない何かを見ている人がいて、自分には見えるものが見えない人がいて。

こんなにも分かりやすく回り続ける世界は、だからこそ何よりも分かりにくく複雑に動いて。

無数の糸に全身を引っ張られているような気がするけれど、実はたった一本のピアノ線でしかなかったりして。

それはとても頑丈な繋がりで、でもどこか心許なくもあって。

時々不安になって自分の方から強く引いてみたりもするけれど、その強度故に人差し指を小さく切ってしまったりもして。

肌に触れた冷たさが嫌で、傷口から溢れ出た温もりが嫌で。

二度と傷つかぬようにと、何度呪ってもまるで消えやしないその糸を、傷口を、それでもどこか遠くへ消し去ってしまいたくて。

だから、鍵を作る。

誰かを傷つけるのが怖くて、誰かに傷つけられるのはもっと怖くて、だから鍵の向こうに閉じこもろうとする。

決して特別なんかじゃない。

それが普通なんだと思う。

貴方は普通だ。

 

鍵。

鍵なんていくらでも掛かってていいと思う。

しかも掛ければ掛けるほどいい。

だって、傷つかずに済むから。

別にそれでいいんだよな。

俺だって幾つも鍵を隠し持っているし、きっと誰もがそんなもんだって。

そんなに気にすることじゃない。

そのことを責める人なんていないし、そもそも鍵の存在になんて誰も気付かない。

鍵が掛かっているのかどうかってことは、外からじゃ判断できないんだよな。

鍵は見えないし、声は聞こえないし、ドアノブは金属質の冷気を閉じ込めるだけ。

嘘だと思うなら、自分の家の扉の前に立ってみろよ。

何も分からないだろ?

嘘みたいな一枚板がそこに突っ立っているだけだ。

鍵の存在なんて、鍵を掛けた自分にしかわからない。

内側に作ったんだから当たり前だ。

そのことに、しかし外側から気がつける人間がいるとすれば、それは勇気を振り絞って扉を叩いた人間だけだ。

扉を開こうとして、でも開けなくて、だから、ああ、この扉には鍵が掛かっていたのか、と解った人だけだ。

でもさ。

いないんだって、そんな奴。

だって、そういう人間の存在を否定したくて、鍵をかけたんだろ。

自分の代わりに鍵を開けてくれる救世主なんていない。

 

鍵。

そのままでいい。

自分以外の誰にも開けられないし、元より誰もそれを知らない。

自分が開けたくないのなら無理に開かなくてもいい。

開かずにいても誰も困らないし、開いたところで何も変わらない。

俺だって、その向こう側に土足で踏み込もうなんてつもりは毛頭ない。

見たいとも、知りたいとも願わない。

果たして開いたその扉を、誰も勝手に潜ろうなんて考えない。

誰もいない部屋に閉じこもっていた自分が外へ一歩踏み出すだけ。

それだけだ。

空の色も、冬の味も、街の喧騒も、誰かの笑顔も、何一つも変わりはしない。

変わるのは自分一人だけだ。

だから、鍵なんて掛かったままでいい。

開けろとは言わない。

扉の前で待つこともしない。

でも、もし開きたくなったのなら。

どうしても外の光を浴びたくなったのなら。

そのときは自分一人の力でやりきるしかない。

周りを呪っても仕方がない。

そこに鍵の存在を願ったのは自分だ。

誰も助けになんて来ない。

突き放しているんじゃない。

他の誰かにはどうしようもないことなんだ。

開きたいと願った時には、自分の両腕だけで扉を押せ。

 

 

これはエゴなんだよな。

何度でも言うけれど、俺は鍵なんて全く掛かっていていいと思う。

別に、その中を覗きたいわけじゃないんだ。

閉じこもった誰かを外へ引き摺り出したいわけでもない。

そこまで誰かのために動くことのできる人間じゃない。

そこまで誰かを動かすことのできる人間でもない。

開けろだなんて言わない。

開けてほしいわけじゃない。

だからエゴなんだよな。

そんなことは解ってる。

自分のためだけに扉を叩く。

うるさかった?

ごめんな。

 

解らないんだよ。

どこか遠くの世界を隈なく覆った空の色なんて、知る由もない。

でも、それでいいと思うんだよな。

これは本心からそう言っているのだけれど、解り合えなくていいんだよ、自分以外の他人となんて。

所詮その程度でしかない。

それ以上もそれ以下もない。

解り合えるようになんて、そもそも設計されていない。

これは絶望なんかじゃなくて、むしろ救いだ。

決して解り合えなくて、それでも解り合おうとして。

理解が得られたら喜んで、否定されたら傷ついて。

笑って、泣いて、そんなことを繰り返して。

だから、いま一緒にいられる。

一緒にいることに意味があり、価値がある。

そうは思わない?

 

 

 

「じゃあね、また明日」

 

 

楽曲『「じゃあね、また明日」』を投稿しました。

www.nicovideo.jp

 

【歌詞】

青はやがて赤になり 月は夜空を忘れて

誰も消えた気がして 街を不意に見渡した

耳障りな静寂に 微か混じる呼吸の音

見慣れたはずの横顔にも 迷い 戸惑った

 

いつだって 何も見えない でも前を向いて

泣いていたって 仕方ないって 歩いてきたけど

何度 夜を凌げば 楽になれるのかなあ

なんて

 

いくつ交わした 言葉の奥の

本当のことはずっと 言えないままで

「じゃあね、また明日」 いつもの合図に

潜めた息をそっと 手放したんだ

 

君が消えた最初の日 午前二時を彷徨った

信号機は青ばかりで 全部 嘘みたいな

 

いまだって 何も見えない 見ようともしない

解ったふり 知ったふりで どこへも行けずに

何度 夜を重ねた 君にも会えないままでさ

 

いくつ交わした 言葉の奥の

本当のことは何も 知らないままで

「じゃあね、また明日」 いつもの合図に

呑まれた声がいまも そこに在るんだ

 

言葉なら何千何万と憶えたのに

たった一つの扉さえ開けないまま

「僕らは他人同士」なんて解っている

でも 一緒にいたっていい そうだろう?

 

いくつ交わした 言葉の奥の

本当の言葉なんて どうでもいいんだ

じゃあね また明日 いつもの合図で

明日も会える今日を 君がくれたから

 

明日も会える今日に 君と逢えたんだ

 

 

 

【コード】

Key: C

[Am7/G - FM7] – [Cadd9/G - G7/F] – [Am7/G - FM7] – [Dm7/F - G7sus4/F]

Key: Bb

Bbadd9/F – [EbM7 - Em7-5] – F7sus4 – [F7 - F7 - Dm7/F - D7/Gb]

Gm7 - EbM7/G - F7/A – [Bb - F/A]

[Gm7 - Ebm/Gb] - [Dm7/F - Dm7-5/F] – [EbM7 - Em7-5] – [F7sus4 - F7sus4 - F7 - Gbdim7]

Gm7 - EbM7/G - F7/A – [Bb - F/A]

[Gm7 - Gbdim7] – [Bbadd9/F - Em7-5] – [D#6 - D7] – [Gm7/D - G7/D] 

Key: C

Cadd9/E – [Bm7-5/F - E7/Ab] – Am7 – [Gm7/A - Cadd9/A]

[F/A – G] – [C/G - Em7-5/G - Am7 - Am7] – Dm7/A – [G7sus4 - G7] 

Key: Eb

[AbM7 - Bb7/Ab] – [Gm7 - Cm7/G] – [Fm7 - G7] – [Cm7/Bb - Eb9]

[AbM7 - Bb7/Ab] – [G7 - Cm7/G] – [F7/A - Bb7/Ab] – [Eb - Eb9]

[AbM7 - Bb7/Ab] – [Gm7 - Cm7/G] – [Fm7 - G7] – [Cm7/Bb - Eb9]

[Am7-5 - Bbm7/Ab] – [G7 - Cm7/G] – [F7/A - Bb7/Ab] – [Eb9/G - G7] 

Key: C

[Am7/G - FM7] – [Cadd9/G - G7/F] – [Am7/G - FM7] – [Dm7/F - G7sus4/F]

Key: Bb

Bbadd9/F – [EbM7 - Em7-5] - F7sus4 – [F7 - F7 - Dm7/F - D7/Gb] 

Gm7 - EbM7/G - F7/A – [Bb - F/A]

[Gm7 - Gbdim7] – [Bbadd9/F - Em7-5] – [D#6 - D7] – [Gm7/D - G7/D]

Key: C

Cadd9/E – [Bm7-5/F - E7/Ab] - Am7 – [Gm7/A - Cadd9/A]

[F/A – G] – [C/G - Em7-5/G - Am7 - Am7] – Dm7/A – [G7sus4 - G7] 

Key: Eb

[AbM7 - Bb7/Ab] – [Gm7 - Cm7/G] – [Fm7 - G7] – [Cm7/Bb - Eb9]

[AbM7 - Bb7/Ab] – [G7 - Cm7/G] – [F7/A - Bb7/Ab] – [Eb - Eb9]

[AbM7 - Bb7/Ab] – [Gm7 - Cm7/G] – [Fm7 - G7] – [Cm7/Bb - Eb9]

[Am7-5 - Bbm7/Ab] – [G7 - Cm7/G] – [F7/A - Bb7/Ab] – [Eb9/G - G7]

Key: C

[Am7/G - FM7] – [Cadd9/G - G7/F] – [Am7/G - FM7] – [G7sus4/F - G7sus4/F - G7/F - Fdim7]

[FM7 - G7] – [Abdim7 - Am7] – Dm7 – G7sus4 – G7

Key: Eb

[AbM7 - Bb7/Ab] – [Gm7 - Cm7/G] – [Fm7 - G7] – [Cm7/Bb - Eb9]

[AbM7 - Bb7/Ab] – [G7 - Cm7/G] – [F7/A - Bb7/Ab] – [Eb9/G - Fm7/Ab]

Key: E

[AM7 - B7/A] – [Abm7 - Dbm7/Ab] – [Gbm7 - Ab7] – [Dbm7/B - E9]

[Bbm7-5 - Bm7/A] – [Ab7 - Dbm7/Ab] – [Gb7/Bb - B7/A] – [Dbm7 - Abm7-5|

[Bbm7-5 - Bm7/A] – [Ab7 - Dbm7/Ab] – [Gb7/Bb - B7/A] – [E9/Ab - Gbm7/A] 

Key: Db

[Bbm7/Ab - GbM7] – [Dbadd9/Ab - Ab7/Gb] – [Bbm7/Ab - GbM7] – [Ebm7/Gb - Ab7sus4/Gb]

Key: B

Badd9/Gb – [EM7 - Fm7-5] - Gb7sus4 - Gb7

Em6 - Badd9

 

  

【コメント】

 早いもので三曲目の歌モノです。驚くべきことに、前作を公開してからまだ二ヶ月も経ってないんですよね。最も創作意欲に満ち満ちていた高二時代の作曲ペースには及びませんけれど、でも、これほど短いスパンで曲を完成させたのは実に数年ぶりです。普段からこれくらいのやる気を維持できればいいのですけれど、人生そう上手くはいきません。はあ。

 

・曲について 

 前作に続き、ほとんど全部kontakt音源です。一つだけsynth1の音が混ざっています。

 

 ボーカルは闇音レンリさんです。彼女、めちゃくちゃ自分好みの声なんですよね。これしか使いたくない。

 

 「一度は凝ったコード進行の曲を自力で作ってみたい」と、歌モノを作りたいと思い始めた頃からずっと考えていました。それにしても動機とやる気がなさすぎて、あとはあまりにも難解過ぎるという先入観が拭えなくて、何だかんだで五年余りを経過したのですけれど、去年の秋、吉田音楽製作所の方でコード進行に関する講座が行われた際に、「あれ、もしかしてそんなに難しくないのでは」と感じたのがきっかけにコード進行について自分なりに勉強をしてみて、そうしてこの曲の原案ができました。でも、6415はやっぱり使っちゃいましたね。好きなんですよ、あれ。サビは色々と飾ってますが一応王道進行です。まさかこいつを使う日がくるとは。

 

 メロディとコードはサビ→Aメロ→Bメロ→間奏→Cメロの順で作っていきました。転調を入れまくった結果、ボーカルの音域がF4~F#6とかになってしまい自分には到底歌えません(ラスサビの「明日も会える今日(きょ”う”)に」が最高音F#6)。悲しい。

 

・歌詞について

 目新しい点としては全体的な場面の流れを意識して書いたということがあるわけですけれど、言っていることはこれまでとあまり変わらないような気がします。特に気に入っているフレーズは歌い出しの「青はやがて赤になり」です。歌い出しって大事だと思うんですよね。まあ文章とかでも同じなんですけれど、その作品が内包する世界観はそこで大体が決定されるとも思っています。だからここだけはそれなりに考えました。割と自分っぽい言い回しなんじゃないかなあ、という気が勝手にしています(自分っぽさって何)。

 

 臆病なんですよね。自分の言葉をそのままで届ける勇気なんて到底ない。だから曲にした。これはそういう曲です。届いていればいいな、と思います。

 

 

 以上です。よろしくお願いします。

 

 

 

今週読んだ本についての話4

 

 

 ところで話は変わるのですけれど、僕は多分これまでの人生で何かを成し遂げようと思って何かに取り組んだことが一度もないのですよね。いや、まあ一度くらいはもしかしたらあるかもしれませんけれど、でも恐らくないだろうと思います。自分の性格から考えてほとんど間違いありません。音楽も絵も数学も、それが楽しかったからずっと続けてきただけであって、かといって何かしらになりたかったというわけでは全くないという話です。だから、上達したいとかはあまり思わなかったんですよね。こんな言葉を使おうとする時点で自分に対する甘えがあるわけですけれど、いわゆる才能だとかセンスだとか、そんな感じのものが自分にも一つくらいあればいいのになあ、と考えた事なら何度もありました。そのくせ練習しないんだから、そりゃ上手くならねえよ。まあ大学へ入ってからはそういうことを考える機会は少なくなったのですけれど、しかしまた最近になって考えるようになったんですよね。もっと力があればいいのになあ、みたいなことを。形にしたいものは幾らだってあるのに、何にしても中途半端なんですよ。手に余っている。ギターの一つでも弾けたならいくらだって曲を作るんですけどね。能力が足りねえ。いや、本当に足りていないのは能力や才能なんかじゃなくて覚悟なんですよね。覚悟。だから今年の抱負は何かを成し遂げることです。あけましておめでとうございます。

 

 今週は『サクラダリセット3 機械仕掛けの選択 / 河野裕』を読みました。

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 先週の記事にもちょっと書きましたけれど、あの記事を更新した時点で半分くらい読んでたんですよね。何なら月曜日のうちに読み終えてました。これが何を意味するか解りますか? はい。つまり今週ほとんど何も読めていないということです。はあ。俺はゴミだよ。

 

 本についての話はあまり乗り気でないのでせずに端末の話をします。僕が携帯端末を嫌っているという話です。よろしくお願いします。

 ごくたまになのですけれど、手元にある携帯端末を眺めて、こいつさえいなけりゃなあ、と思うことがあります。最近の端末はそりゃもう便利で、それ一つあれば大体のことは出来て、世界中どこへでも行けてしまうわけで、SNSとかもありますし、コマンド一つで誰かしらと繋がることができて、退屈を紛らわせることができて、そしてそれが何よりもつまらない。滅べばいいと思う。でも便利だから決して手放さない。滅べばいいのはお前だよ。

 誰とも繋がってなんかいないのに、繋がっているような気になってしまうのが嫌いです。自分の問題なのでしょうけれど、端末のせいにします。おのれ、ぐぬぬ。いや、そういうことなんですよね、結局、だから、そういう話なんですよ。端末ってやつはあまりに便利過ぎて、それ一つで大体のことが完結してしまうんですよね。問題も、迷子も、会話も。面白くねえ。まあでもそれに頼り切っている自分が一番ゴミだ。ゴミです。

 大して知りもしないのに知ったような気になって、大して知りもしない相手を知ったような顔で批判して、一度も正面から向き合ったことのない器を満たそうと躍起になって、たったの一度さえ繋がったことのない相手と何かを分かち合ったような気になって、それってあまりにも虚しいよなあ、と最近思うんです。僕が誰かと会話することに重きを置いているからなのでしょうけれど、端末越しじゃ何も分からないんですよね。それなのになまじ時間だけは多くを共有しているから、知ったような気になれてしまう。あいつはああいう奴だよ。あの人はああいうことをよく言うよね。そういうことを思うようになる。よくないんですよね、こういうの。自分の世界の幅を狭めるだけなんじゃねえかな、と思います。これは自戒です。

 幸福度は科学の発展によらずほとんど一定を保っているという調査結果があるじゃないですか。だから何なんだって話ですけれど、でも、何となくそういうことなんじゃねえかなあと思うんですよね。昔以上に壁を作りやすい環境だと思うんです、現代は。簡単に壁を作れてしまう一方で、壁に気づくことは困難になっていて、さらには壁をノックすることを酷く躊躇うほどに臆病になってしまっているという印象があります。自分の話であり、他人の話でもあります。踏み込めってことを言いたいわけじゃない。ただ、踏み込めないという事実だけがそこに在る。悲しくなってきませんか? 文明はこんなにも発展したのに、さて、僕らはいったい何を得られたのでしょう? 失ったものの方が多いような気がしませんか? 失ったものよりも得られたものをこそ数えた方がいいというのは当たり前ですけれど、それは失ったものに盲目であってよいということではないと思うのです。それも、もしかすると当たり前のことなのかもしれませんけれど。

 

 

 

今週読んだ本についての話3

 

 

 今週は『サクラダリセット2 魔女と思い出と赤い目をした女の子 / 河野裕』を読みました。

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 三巻も半分くらいまで読んでたんですが、気づいたら月曜日になってたんで、まあそういうことです。

 一巻を読んだ段階から、そう遠くないうちにやるんだろうなあ、とは思っていたテーマを、しかし二巻にして早速切ってきたのにはびっくりしました。早えよ。ケイと春埼みたいな関係性が多分大好きなんですよね、自分は。だからこの二巻は結構好みのストーリーでした。それに、これは前回も書いたような気がしますけれど、河野裕の作品は物語にいい意味で起伏が無くて好きなんですよね。今回は特にそれが顕著でした。ここでの「起伏がない」は退屈という意味ではなくて、ごく自然な出来事に対して真っ当な解決法を以て立ち向かい、結果として全く当たり前の結末に落ち着くという意味です。これがいいんですよね。分かりやすい悪役とか、拍手喝采のハッピーエンドとか、そういうのがどこにも無い。それが好きです。早く三巻を読み切りたい。いまめちゃくちゃいいところなんですよね。あー。

 

 もうちょっと書きたいことがあるにはあるんですけれど、ちょっともう一つ記事を書きたい気分なので、この記事はここで終わりにします。

 

 あと、これは本当にどうでもいいんですけど、また積読が増えたんですよ。一気に三冊も。ウケる。

 

 

 

白紙の空へ火を投げろ

 

「ミサトはサンタクロースがいったい何のためにあるんだと思う?」

 真冬の川沿いを二人で歩いていた。空一面をどこか不機嫌そうな色を滲ませた雲が覆っていた。鋭く尖った冬の冷たさに乗せられて、草の匂いが微かに鼻をついた。星も月もない夜道でひっそりと佇む彼らを照らすのは、なんとも所在なげな街灯だけだった。あと一ヶ月もすれば午前零時はもっと寒くなる。そんな当たり前の未来がいやに寂しく感じられた。

「突然ですね」

 落ち着いた調子で上下に揺れていたミサトの背中が僅かに跳ねた。彼女はあれでいて意外と解り易い。

「クリスマス気分ですか。ユイ君もそんな気持ちになることがあるんですね」

「違うよ。分かってるくせに、いつもそういうことを言う」

「冗談ですよ」

 ミサトの表情は見えない。でも、その代わりに彼女の声が優しく微笑んでいた。

「すっかり無関係ってわけでもないけれど。今日はそういう日だし」

 灰色の空に向かって言った。いまのところ雪は降っていない。天気予報は調べていないけれど、この寒さならいつ降り始めてもおかしくないかもしれない。

 視線を下へ降ろすと、少し前を歩くミサトもまた同じようにどこか遠くを見上げていることに気がついた。彼女はいったい何を見ているのだろうかと考えて、でも無駄なことだとすぐに止めた。その先にはきっと雲しかない。あるいは雲さえない。そんなことは分かっていた。

「ちょっぴり酷いことを言ってもいいですか?」

 わざわざ訊かなくてもいいのに、と思ったが口には出さない。ミサトは一歩通行のコミュニケーションを何よりも嫌い、同じくらいに不誠実な会話を嫌っている。だから、余計かもしれない言葉を口にしようとしたとき、彼女はいつだってこんな風に確認をとろうとする。僕がそれに応えることはないと知っているはずなのに、律儀だなあ、と感心するばかりだ。

「今夜ばかりは来てくれなくてもよかったのに、と正直思いました」

「本当に酷いことを言うね」

 僕は小さく笑った。吐いた息が仄かに白へ変わる様を見て、それなりの時間が経過していることを知った。

「僕だって、今夜こそは君が待っていなければいいと思っていたよ」

「それなら、私と同じですね」

「全然違う」

 僕は即座に否定する。

「僕は家を出るときにはいつだってそう考えている」

 僕とミサトは毎週決まった曜日の日が変わる頃に集まって、電車で二駅分ほどの距離を川沿いに歩く。その行為に目的や理由なんてものは存在しないし、そもそもこのことは明確に決められたことですらなかった。投げたボールが地面に向かって落ちるように、ヒマワリの花が太陽に向かって咲くように、それでも空高くに浮かぶ月が地球へは決して落ちてこないように、僕らにとっては今の関係が他の何よりも自然な在り方だったというだけの話だ。

「今夜こそは誰も待っていなければいい。もう先に行ってしまったのか、そもそも来なかったのか、そんなのはどっちだっていいのだけれど、とにかく僕が着いたときには誰もいなければいいと思っている」

「だけど、ユイ君はいつも来てくれます」

「人を待たせない方がいい。当たり前のことだよ」

「そうかもしれませんね。そうじゃないかもしれませんけれど」

 水流の音と砂利を踏みしめる音との隙間を縫って、ミサトの静かな息遣いが聞こえてくる。夜は静寂に包まれていて詩的だ。周囲に沈んだ真っ暗闇は、僕らに歩き続けることも立ち止まることも求めない。どこまでも冷たくて、無関心で、だからこそ何物よりも優しい。彼女が日中よりも夜間の、その中でも特に深夜の散歩を好むのはきっとそういう理由なのだろうと僕は思う。

 少し前方にひときわ明るい街灯があって、その下では一つのベンチが暖を取っていた。二人で座ればちょうどいいくらいの大きさだった。規則正しく刻まれていた音が一つ不意に消えて、次いで僕も立ち止まる。ぎりぎりまで張りつめた水面のような静けさが一瞬だけ辺りを満たして、でも二人分の足音がすぐにそれを掻き消した。

 僕とミサトは少しだけ間を空けてベンチに座り込んだ。座面はかなり冷たかった。この寒さなのだから当然だ。

「ユイ君は星空が何のためにあると思いますか?」

 ミサトが言った。透き通った声だった。

「たとえばオリオン座が、冬の大三角が、何千年も前から沈黙することを選び続けている彼らが、今もなおそこにいる理由はいったい何だと思いますか?」

「考えたこともないな。それがサンタクロースの話に関係あるのかい?」

「関係がある、というよりは全く同じ話なんじゃないかと私は思います」

「そうかな。サンタクロースみたいな作り話とは違って、惑星が宇宙にあるということの意味は僕ら人間がいようがいまいが変わらないだろう?」

 人が遠くを見上げることも、雲が空を埋め尽くしていることも、遥か彼方で輝きを放つ星の存在意義には何の関係もない。僕はそう思う。

「そんなことはありませんよ」

 しかし、ミサトは首を振る。それは彼女にしては珍しくはっきりとした力強い否定だったけれど、彼女はすぐに言葉を付け足した。

「そんなことはあってほしくない、の方が正しいですね。ごめんなさい」

 酷く悲しそうな声だった。いまにも泣き出してしまいそうな色をしていた。

「どうして?」

 当たり障りのない、真綿のような声色を意図的に選んでから僕は慎重に尋ねた。彼女を傷つけるようなことは出来ることなら避けたかった。

 もしも、とミサトは言った。

「星空が人間に依存する物ではないのだとしたら、そんなに悲しいことはないでしょうから」

 微かに震えている彼女の言葉をほんの一欠片も聞き逃さないようにしながら、見上げた雲の向こうに満天の星空を思い浮かべてみる。脳裏に浮かぶ文字通りの空想こそがきっと、ついさっきのミサトが眺めていた景色そのものだ。彼女はいつだってそういうものばかりを追いかけている。

「別に私たち人間でなくてもいいんです。何でもいい。野良猫でも、凪いだ水面でも、悠久の時間でも、本当に何だっていい。それでも彼らではない誰かが彼らの存在を肯定してあげないと、いくらなんでも可哀想だと思うんです」

「だから星空は僕らに依存していると?」

 ミサトは小さく頷いた。でもそれはただ俯いただけのようにも見えた。

「もしも星空そのものに意味があるのだとしたら、価値があるのだとしたら、こんな夜は来てほしくありません。彼らを孤独の底へ突き落す曇り空なんて、消えてなくなってしまえばいい」

「君にはあまり似合わない言葉だね」

「そうですね。これは私の考え方ではありませんから」

「それにしては感情が籠っていた」

「感情移入は得意なんですよ。知っているでしょう?」

 そんなことはもちろん知っている。でも、知っているからといって何もかもが分かるわけじゃない。本当に大切なことは何一つも分かっていない。

 ミサトが僕に伝えようとしている感情を、しかし僕は未だに掴めずにいる。

「星空が意味を持っているのではないとしたら、では星空は何のためにあるんだろう?」

 僕は尋ねる。

「簡単な話ですよ。何も難しいことじゃありません」

 ミサトは答える。

「私たちが星空を見ているからです。私たちが星空を見ているから、だから星空はいまもそこにあるんです」

「その言葉があれば、雲に覆われた星空は孤独から救われるのかな」

「救われますよ。だって、満天の空に意味を見出さない人の前では、星空は星空であるという呪縛から解放されるわけですから」

 だから、きっと孤独なんかではないでしょう。ミサトはそう言った。僕は頷かなかった。

「サンタクロースも同じだと思います」

「誰かが望んでいるからいまもある?」

「はい」

 ずっと胸の奥に溜め込んでいた言葉を、無音の呼吸にこっそりと隠して捨てた。ミサトと何かを話すとなると、その話題が何であれ最後には必ず同じ結論に至る。それは、言葉はどこまでも無力だということだ。彼女はいつだってこんなにも多くの言葉を尽くしてくれるというのに、それなのに、ミサトに見えているものがいったい何なのか、僕には何一つも分からない。こんなにも近くにいるのに、僕らは一度だって分かり合えないまま、ずっと離れたままだ。

「私たちは同じ空を見ているわけじゃない」

 ミサトがまるで独り言のように言った。あるいは、本当に独り言だったのかもしれない。そのくらいにとても小さな声だった。遠くでブレーキの音一つでも鳴っていたら、僕は彼女の言葉を聞き逃していただろう。

 それは彼女の口癖の一つだった。そして、僕はその意味を知っている。

「見えるのに見えないものがあれば、見えないのに見えるものもある。自分にははっきりと見えているのに他の誰にも見えていないものがあって、その逆だってある」

 ミサトという少女を、神海隣空無という人間を定義する何かがこの世界にあるのだとすれば、それはきっとこの言葉なのだろう。たったそれ一つだけで彼女のすべては簡単に説明できてしまう。

 理解はできなくとも、説明だけならば誰にだってできる。

「それを決めるのは、彼らの存在に意味を与えるのは、いつの瞬間でも私たち自身なんですよ」

 どこか遠くの方を、恐らくは溢れんばかりの星空を、ミサトはずっと見つめていた。

 彼女の横顔はいつだって真っすぐだ。

 素直で、純粋で、だから眩しい。

「そろそろ行きましょうか。流石にちょっと肌寒くなってきましたし」

 ミサトがすっと立ち上がって言った。それをそのままなぞるように僕も腰を上げた。言われてみればたしかに辺りは一段と寒さを増しているような気がする。微々たる差異とはいえ、しばらくの間、身体を動かさずにいたからだろう。

 そんなことを考えていると、不意に頭の上へ何だか冷たいものが当たったような気がした。ずっとポケットに突っ込んだままだった右手で軽く振り払う。やっぱり気のせいじゃない。空から何かが降っている。

「雪ですね」

 ミサトが言うよりも先に僕は空を見上げていた。遥か上空では不機嫌そうな灰色の雲から零れ落ちているとは思えない程に鮮やかな白色が、まるで桜の花びらみたいにひらひらと地面に向かって落下していた。

「雪だね」

 僕は繰り返した。意味のないことだな、と思いつつも何となくそうした。それのいったい何が可笑しかったのか、ミサトが笑った。釣られて僕も笑った。夜の静寂を奪ってしまわないように出来る限り小さな声で、それでもお互いの耳へ届くように笑い合った。

「メリークリスマス」

「メリークリスマス」

 その言葉が合図だった。夜の静寂は僕らに何一つだって強制したりはしない。だから僕らは歩き続けて、時々こんな風に立ち止まって、意味のないことで笑いあって、そしてまた歩き始める。

 何も分からないまま、何も見えないまま。

 それでも自分の意志で歩き続ける。

「ユイ君はいわゆる記念日が嫌いじゃありませんでしたっけ?」

 すぐ隣を歩いていたミサトがからかうように笑いかけた。

「嫌いだよ」

 僕は答える。

 たしかに記念日という概念は苦手だ。その一日だけを特別視する理由がどうしても解らなくて、それなのに記念という価値観が広く共有されている現実に対して到底拭いようのない違和感を覚えるから。

 でも、と思う。

「でも、いまこの瞬間ぐらいは気にしないよ。だってここには僕らしかいないんだから」

 それが夜という時間だった。僕らは互いに赤の他人で、どこまでも孤独で、だからこそこうして笑いあうこともできる。夜は無口で不透明だけれど、僕らが解りあうことを望むのなら、恐怖のあまりに震えてしまう心を優しく支えてくれたりもする。彼女が僕を待ち、僕が彼女と会う。その時間に深夜が選ばれたことには、それ相応の理由があった。

「ミサト」

 僕は短く呼びかけて、

「いまはどんな空が見える?」

 と尋ねた。

 ミサトはどこかご機嫌そうな雰囲気を滲ませた声色で、そうですね、と答えた。ちょうど十歩分を歩いたところで、再びミサトの声がした。

「白紙の空が見えます」

 ミサトは手のひらに雪の欠片を受け止めながらそう言った。その白色がどこかへ消えてしまわないうちに僕は言葉を返した。

「それなら同じだ。僕にもそう見える」

「全然違いますよ」

 ミサトはやっぱり何だか嬉しそうだ。

「私ならその紙全体に満天の星空を描きます。見える星も見えない星も、好きなように。でも、ユイ君はそうしないでしょう?」

「そうだね。僕ならそうはしないと思う」

 ミサトとの会話でだけは嘘を吐きたくない。だから、僕は思ったことを正直に答えた。

「僕なら火を投げるよ」

 その先に星空があるというのなら、白紙の空なんてものは、空白の障壁なんてものはいっそのこと燃やしてしまえばいい。だって、それが一番手っ取り早い。

 そんな僕の返事を聞いて、ミサトはいよいよ堪えきれないという風に笑った。

 

 

 

今週読んだ本についての話2+a

 

 

 これは割と切迫した問題なのですけれど、只今僕の下宿に設置されているエアコンを操作するためのコントローラが絶賛不調中でして、ここ数日間ほど暖房がつけっぱなしになっているんですよね。消せないんですよ、エアコンを。しかも昨日まで僕は大阪の実家にいたので、本当に何の意味もなしにつけっぱなしだったんですよね。無人の空間を三日間も暖めてくれていたエアコンのことを想うと非常に申し訳ない気持ちになってきます。ごめん。換気したいなあと思ってもエアコンを消せない故に窓を開けるのが何だか勿体ないように思えて、そのせいか何だか部屋全体が息苦しいです。明日にでも管理会社の方へ連絡するつもりです。覚えていれば。

 

 今週は『サクラダリセット1 猫と幽霊と日曜日の革命 / 河野裕』を読みました。

www.kadokawa.co.jp

 以前、階段島シリーズをまだ手元に置いていなかった頃、それらの作品が気になっているという旨のツイートをした際にとある方から「作者はサクラダリセットの方ですよ」と教えていただいて、それからずっと気になっていたんですよね。サクラダリセット。名前だけは知っている。たしかアニメだったと思う。世界をやり直す、的なあらすじだった気がする。当時の僕はその程度の情報しか持っていませんでした。気になってはいるけれど、そこまで積極的に読もうともしていなかった僕は、しかし先週紹介した風牙を購入したのと同じ日に、大きめの本棚に陳列されたサクラダリセットを偶然目にしてしまい、そして特に躊躇うこともなしにレジへと向かったのでした。こうして積読は重なってゆくのです。

 

 内容についての話も少しだけ。

 全体的に「はい、河野裕~~~~~」って感じでした。比喩と情景描写と回想と謎がドバドバ流れてきて、気がついたら最後の頁まで辿りついてしまっていた、って感覚は相変わらずだなあと思います。物語の終わらせ方もよかったです。何もかもが幸せに終わる終幕よりも、幾らかのどうしようもない不幸が残る結末の方がキャラクターに誠実であると僕は思います。ハッピーエンドもそれなりに好きですけれどね、勿論。

 

 木曜日から今日の朝までにかけて馬鹿みたいな量の文章を書いていたので、文字を書こうという気力がいま全くありません。サクラダリセットの話がしたいのに。俺はゴミだよ。それに、もうあと一冊くらいなら余裕で読めたと思うのですけれど、しかしそれのおかげで全然でした。むーん。

 

 

 +aの話をします。アドカレに書いたことの補足です。

 絶好の聞き手でありたいというのが僕の主張でしたが、より本心に近いことを言うのであれば、誰かの理解者でありたいと願っています。理解者。なんとも胡散臭い言葉ですね。「趣味:人間観察」と同レベルには信用なりません。大体、理解者って何なんでしょうね。「あいつは俺のことを分かってくれているはず」みたいなアレですか。いや、そんなのありえないですって。人間が如何ほどに自分のことしか考えていないかということは、これまでの人類史が雄弁に物語ってくれているじゃないですか。誰かが他の誰かを理解するなんて土台無理な話で、まあ何かしらの技術特異点が訪れてそれこそSFの世界みたいな感じにでもなれば話は別なのでしょうけれど、そんなことはほとんどあり得ないわけで、車は空を飛ばないし、秒針は同じ向きにしか回らないし、他人を理解することも当然できないわけですよ。だから、理解者っていうのはそういうのじゃないんです。僕が『理解者』という言葉に与える定義は、分かり合えるはずのない他人を理解しようとできる人、です。そんな人間になれればいいと思います。

 なれればいい、と言っているということはつまり僕はまだまだその域へ達せていないということです。何もかもを理解したいわけではないので外野のことはどうでもいいのですけれど、身の回りの誰かにしたって、自分には理解できないからと言って一方的に嫌うことがそれなりにあります。本当に駄目な奴だと思います。周りの人たちを見ている限りでは、どうにもその思考はあまり一般的ではないようで、だから、それは僕の弱さなんです。強くなりたい、と考えたことはないですけれど、あまり弱いままでもいたくないな、と最近は思います。まあ僕は愚かなので、しばらくしたらまた同じことを繰り返すのでしょうけれど。

 僕が誰かの理解者でありたいと願うその動機は、他ならぬ僕が理解者に助けられた経験を持っている故です。彼の話です。言葉の意味を教えてくれたのも、遠い世界の話を聞かせてくれたのも、自分に名前を与えてくれたのも、彼が何もかもの始まりだったと僕は本心から考えています。彼と僕はまったくの真逆で、意見が合うことなんてほとんどなくて、それでも彼は僕と話すことを選んでくれて、たったそれだけのことに僕は救われていたわけです。こんなことを幾ら書き捨てたところでもう手遅れなんですけど。彼が僕の理解者であろうとしてくれていたことに気づくのがいくら何でも遅すぎたと後悔しています。いまにして思えば、なんてことはいくらでもあります。だから僕は理解者でありたいと願うわけです。あの記事にはそういったメッセージを込めています。

 半年以上前にも似たような話をしているんですよね、実は*1。でも、あのときよりは少しだけ成長できているような気がします。少しだけ、ですけれど。

 

 

 

いや、五限へ出ろよ。

 

 さっきまでSSを書いてました。ところがしかし残念ながら、二時間張り付いて200字くらいしか書けてないんですよね、これが。いや、もう何やねんって感じです。まあ平均時速が正義だとは露ほども思っていないし、速度優先で中学生みたいな文章生成しても後でCtrl+A→Deleteをするだけなので、ゆっくり書いていこうと思います。

 文章を書いていて感じることとして、当たり前の事を当たり前のように書くことができる人は本当にすごいなあということがあります。BUMPの藤原さん(詞を書いている人)なんかはそこら辺の感覚が尖りまくっていて、彼の綴る言葉は特段深いわけでも穿ったものでもなく、恋愛脳みたく上っ面だけの言語武装を重ねているわけでも全くなく、ただ当たり前のことをただ当たり前のように文字へ起こしたものなのだと僕は思っています。何て言うんですかね。気取らない強さというか、普遍性というか。ツイッターとかによくいるじゃないですか、言葉だけ達者で中身が伴っていない人間って。彼らは言葉を自在に操っている自分は他の人間よりも秀でているのだと、そのことで意識的なり無意識的なりに自身を正当化しようとしているのかもしれませんけれど、でも何度も言うように操られているのは他ならぬ彼らであって、そもそも本当に言葉を自在に扱える人間であれば言葉が自在に扱えるような代物では到底ないことくらい知っていると思うんですよねえ。まあ、なにとは言いませんけれど、最近はよくそういうことを考えます。頭だけ無駄に良くても結局何もできねえんだよな、という気持ちです。

 一ヶ月半ほど前に没にしたSSの導入シーンを供養します。いま読むと「何書いてんだ、こいつ」と自分でも思うんですが、さて、以下の文章はいったい何を表現したものでしょうか? 暇な人は是非考えてみてください。答えは文章のあと。

 

 

 小さく踏み出した右足が真下のコンクリートを叩いた瞬間、あまりにも季節外れの熱が不意に全身を満たしていった。後悔だとか未練だとか、あるいは憧憬だとか思慕だとか、そういったありきたりな言葉では到底言い表せないほどに、正負様々な感情がぐちゃぐちゃに混ざりあったような、きっとそんな熱だった。爪先を伝って、深紅の潮流に乗って、心臓の奥の奥へまで還ってきたそれは、やがて私という意識を尽く焦がして一面の灰色へと塗り換える。小さく微弱な脈を打つように夜の底は曖昧に揺れて、嘘みたいな真っ暗闇が辺り一面を呑みこんだ。だんだんと遠のいてゆく光を、薄ら暗いトンネルを貫き進む電車の窓からしんと眺めている気分だった。ある日突然に世界の電源が切れてしまったとしたら、その一瞬に訪れるのは、たとえばこんな感覚なのかもしれない。

 

 

 当たり前のことを当たり前のように書くのが本当は一番難しいんですよ。焦燥感とか、頭痛とか、気温とか、空模様とか、息苦しさとか、切迫感とか、恋情、憧憬、何もかも。誰かと会うためのたった十分程度の待ち時間、たった一人だけで取り残されたような気がした夜のこと、二人きりで歩いた夜の匂い、砂利を蹴っ飛ばす音、呼吸の音、水流の音、遠くで響くタイヤが擦れる音、すれ違った人の吐いた息の色、見上げた星空の色、水平に架かった橋を照らす街灯の色、たまに吹きつける風の冷たさ、ポケットに突っ込んだ右手の温かさ、背負ったカバンの重さ、歩を進める脚の軽やかさ、わざと渡らなかった青信号にわざと渡った赤信号。取るに足らないはずの何かを拾い集めて言葉に直すのは本当に難しいと思います。言葉というものに強度という概念を定義するのであれば、僕はきっとその普遍性を以て定義するのだろうと思います。綺麗に着飾っただけの言葉なんて結局は誰の心へも届かなくて、届くわけがなくて、誰もが知らないような、それでいて誰もが知っているような、そういったことを表現した文章こそが本当に価値のあるものだろうと、僕はそう思います。

 さっきの文章を要約すると「久しぶりに思い出の場所へ来たらあまりにも懐かしすぎて立ち眩みを起こしたような錯覚に陥った」です。よろしくお願いします。

 

 ところで話は変わるんですが、『Ctrl+A→Delete』ってめちゃくちゃかっこよくないですか? 曲名とかに使いたいな。