選ぶ

 これから先の人生がどうなるかなんて分かんないですし、このブログもまあいつまで動かし続けるんだろうなって気持ちはあるんですけど、ただまあ今のところ、こうやって自分の考えだったり何だったりを放流して、それを周囲の誰かしらに読んでもらうというのは自分にとっては悪くないことで。なんか、現実世界で会ったときにブログの内容だったり何だったりに言及されるのってなんだかむず痒いというか、単純に恥ずかしいんですけど、でもまあ、だからそれもまた悪い気はしないという話で。こうしてただ書きなぐっただけの文章を、それでも読んでくれる人がいるというのは嬉しいことだし、飛んでくるリアクションだってそう。当たり前じゃないということをちゃんと知っているのなら、それを大切にしていかなきゃいけないなって、改めてそう思うなどしました。何の話?

 

『たった一つを特別として選ぶ』という行為を、覚えている限りにおいて、自分は人生で恐らく一度もやったことがなくて。たとえば音楽、文章、イラストといった創作行為は自分にとって間違いなく特別なものですけれど、「選んだ」という感覚は全くなくて。気付いたときにはそうなっていたっていうか、誰だってそんなものなんじゃないのかなと思いはするんですけど。幼い頃から野球というスポーツに触れて育ってきて、中学生くらいの頃にはプロになることを意識し始めて、甲子園だったり何だったりを通過し、そしてめでたくプロの野球選手になった……みたいな人がいたとして、でも、そのスタート地点はといえば、この世界に数多くあるスポーツの中から野球というたった一つを能動的に選んだわけでもなかった、ということだってあるわけじゃないですか。「親とキャッチボールをよくしていたから」とか「テレビでよく流れていたから」とか、初めはそれくらいの動機だった、みたいな。自分にとっての創作がそうで、創作以外に続いているものもほとんど全部がそう。ただ、上の例のようにプロまで到達するような人はきっとどこかで何かを選択しているのだろうなとも思うんですよね。たとえば、野球の強い高校へ進学するとか、その環境下で野球にあり得ないくらいのリソースを割くとか、そういう他の可能性を捨ててでもそれに賭けるという意思。一方の自分は、そういうのをめちゃくちゃ避けるっていうか、純粋に怖いっていうか。だって、たった一つを選んで、あとになってそれが間違いだったと知ってしまう可能性を思うと竦むじゃないですか、脚が。自分が大学受験で悩まなかった理由の一つには、京都大学というブランドが一般的に確立されていて何をどうやっても間違いにはならなさそうだった、というのもあるはずで、主観に依らない精度で「正しい」と思えないと選べないっていうか。中学の部活動すら結局決められなくて帰宅部でしたし、まあそれはそれで楽しかったからいいんですけど。とにかく選べない。たった一つを選んでしまうと、それ以外の全部が選べなくなってしまうから。これだけじゃない、もっとたくさんの理由があったりなかったりするんですが、だから『やがて君になる』という作品において自分が最も共感できたのは主人公の小糸さんでした。恋人とかいうのは『たった一つ』の極地にあるような概念と自分は思っていて、だって、場合によっては自分が死んでしまう瞬間までずっと運んでいかなきゃいけないものになったりもするわけじゃないですか。中学の部活とか最終学歴なんかとは違って、忘れることは絶対にできないもの。実際にそうなるかどうかとかはさておいて、でも万が一にでもそういった可能性を含有する選択を、二〇か三〇そこらでしなきゃいけないのが人生だっていうんなら、なんていうか、もう終焉って感じじゃないですか? たった一つ、その選択だけで五、六〇年先の未来まで全部決まってしまうかもしれないのに、それでも手を伸ばして選ばなきゃいけないもの。自分にとってそれは、あり得るかもしれない全部の可能性を捨てることに同義のように思えてしまって、だから怖くて、普通に。冒頭でいつまでブログを続けるんだろうって話をして、でもこれからも続けていくならどこかで触れることになるのだろうなと思うのでいま書いておくんですが、まあ、友人の一人と付き合うことに決めて。相手は自分のことを好きだと言ってくれたし、自分も相手のことが好きではあるし、少なくとも自分は「この人となら幸せだろうな」と思ってもいて、だけど、それを決めて相手に伝えて、その後の夜はめちゃくちゃに怖くなって。過去一の恐怖でした。上で言ったようなことだったり何だったりが一気に押し寄せてきたような。胸の真ん中あたりが意味もなくざわついたり、風邪を引いたときみたいな寒気に襲われたり、漠然とした不安が意識を覆いつくす感じ。「選ばない」ということを選んだときにはやって来なかった、呆然と立ち尽くしてもいられないくらいの感情の嵐。それまで自分はそういった選択を避け続けて生きてきたので、だから知らなくて。これ以上ないと思える結末でも、自分自身の手で選び取ってしまうのはこんなにも怖いことなんだって。今年で二四になるらしいですけど、なんか、初めて知りました、そういう感覚を。いまもまだ少し怖くて、そのうち慣れたりするのかなとは思うんですけど、でも世の中の人間って全員こんな恐怖感と一緒に恋愛してんのかなとも思ったり。だとしたら、こんなものを積み重ねて今日まで続いてきたのだとしたら、本当にすごいと思います、人類とかいうの。あり得ないです、正直。