Kronecker の定理

 

 三回生の間に知った事実のうち面白かったもので,かつ証明が比較的容易なものをひとつ紹介したいと思います.

 以下の定理を示します.

 

Kronecker’s Theorem  f \left( X \right) = X^ n + a_ 1 X^ {n-1} + \cdots + a_ n \in \mathbb{Z} \left[ X \right] のすべての根の(通常の)絶対値が 1 であるならば,それは 1 のべき根に限る.

 

 根の絶対値が 1 ということはつまりガウス平面の単位円周上にあるということなので,パッと見は当たり前ではという感じがしますが,しかし少し考えてみるとそれほど当たり前ではないことが分かります.たとえば \displaystyle \frac{3}{5} + \frac{4}{5} i の絶対値は 1 ですが,これは 1 のべき根ではありません.証明は,多分漸化式みたいなのをこねくり回しても証明できると思うんですが,体論を知っているのであれば次のように示すことができます.

 三辺の長さが全て有理数である直角三角形において直角でない角度の一つを \theta [rad] とおく.このとき \displaystyle \frac{\theta}{\pi} \notin \mathbb{Q}

(証明)

 \displaystyle \frac{\theta}{\pi}有理数であると仮定する.すなわち p,q を互いに素な正整数として \displaystyle \theta=\frac{q}{p} \pi と表せるとする.このとき 2qp よりも小さい正整数である.p,q は互いに素なので qa \equiv 1 \mathrm{mod} \, p となるような a \in \mathbb{Z} がとれる.すると \displaystyle e^ {\frac{\pi i}{p}} = \left( \mathrm{cos} \, \theta + i \, \mathrm{sin} \, \theta \right) ^ a1 の原始 2p 乗根.これを \zeta とおく.

 いま \mathrm{cos} \, \theta , \mathrm{sin} \, \theta はともに有理数であり \zeta \notin \mathbb{Q} であることに注意すると \mathbb{Q} \left( \zeta \right) = \mathbb{Q} \left( \sqrt{-1} \right) である.よって \mathbb{Q} \left( \zeta \right)\mathbb{Q} 上二次拡大で,そのような pp=2 に限る.よって矛盾.

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 \displaystyle \frac{3}{5} + \frac{4}{5} i は日本一有名な直角三角形から得られる複素数ですが,これが 1 のべき根であるなら整数乗すれば 1 にできるということ,しかしそれは上の事実より矛盾です.なので 1 のべき根ではありません.

 \displaystyle \frac{3}{5} + \frac{4}{5} i\mathbb{Q} 上の共役元との和と積を考えることで,根の絶対値がすべて 1 であるような多項式として,たとえば \displaystyle X^ 2 - \frac{6}{5} X + 1 を作ることができます.しかしこれは整数係数でないので命題の反例にはなりません.分母を払って 5 X^ 2 -6X +5 としてみても,今度はモニック(最高次の係数が 1 )でなくなるので,これも反例にはなりえません.Kronecker の定理は,『整数係数』で『モニック』な多項式の『すべて』の根の『絶対値が 1 』である,というところまで条件を課したなら根はすべて 1 のべき根であると結論付けられるということを主張しています.そう考えると結構不思議な感じがしてきませんか?

 では証明しましょう.細部では体論の基本的な事項を用いますが,クリティカルな部分は割と初等的な操作ばかりです.

 

 

 f \left( X \right)\mathbb{Z} 上既約のときに示せば十分.このとき f\mathbb{Q} 上既約なモニック多項式だから,ある \alpha \in \mathbb{C}\mathbb{Q} 上の最小多項式となっている.\mathbb{Q}標数 0 ,特に完全体なので f\mathbb{C} に重根を持たない.よって f の根を \alpha _ 1 , \cdots , \, \alpha _ n とすると,これらはいずれも相異なる.

 \beta _ k = \alpha _ 1 ^ k + \cdots + \alpha _ n ^ k として Newton’s identities を用いると,f は整数係数モニック多項式だったから \beta _ k \in \mathbb{Z} が任意の k \geq 0 で成り立つことが分かる.また  | \, \alpha _ k \, | = 1 だから | \, \beta \, | \leq n .ゆえに \beta _ k としてあり得る値は高々有限個である.ここで \omega _ k = \left( \beta _ k , \beta _ {k+1} , \cdots , \, \beta _ {n+k-1} \right) \in \mathbb{Z} ^ n とおく.すると先に述べたことから \omega _ m = \omega _ {m+h} となるような m \geq 0 ,  h \geq 1 をとることができる.このとき \beta _ {m+j} = \beta _ {m+h+j}j=0, \, 1, \cdots , \, n-1 で成り立つ.

 \beta _ {m+j} = \beta _ {m+h+j} より \alpha _ 1 ^ {m+j} + \cdots + \alpha _ n ^ {m+j} = \alpha _ 1 ^ {m+h+j} + \cdots + \alpha _ n ^ {m+h+j} .移項して x_ i= \left( \alpha _ i ^ h -1 \right) \alpha _ i ^ m とおくと x_ 1 \alpha _ 1 ^ j + \cdots + x_ n \alpha _ n ^ j = 0 となる.x_ ij に無関係であることに注意して,これらを j=0 から n-1 まで計 n 個の,x_ 1 , \cdots , \, x_ n を未知数とする連立方程式とみる.\left( i,j \right) 成分が \alpha _ j ^ {i-1} であるような n 次正方行列を V とすると,先の方程式の解は V \left( x_ 1 , \cdots , \, x_ n \right) ^ T = \left( 0 , \cdots , \, 0 \right) ^ T を解くことで得られる.いま V は Vandermonde 行列で,さらに \alpha _ i はすべて相異なるとしていたから  \mathrm{det} V \neq 0 .すなわち V逆行列をもつので,それを左から乗ずることで結局,任意の i について x_ i = 0 であることがわかる.\alpha ^ i \neq 0 なので \alpha _ i ^ h -1 =0 .よって f の根はすべて 1 のべき根である.

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 多項式 f \left( X_1 , \cdots , \, X_ n \right) \in \mathbb{C} \left[ X_ 1 , \cdots , \, X_ n \right] に対して定義される概念として Mahler 測度というものがあります(あるらしいです).0 でない代数的数 \alpha \in \mathbb{C} に対して Mahler 測度が 1 であることと \alpha1 のべき根であることが同値,というのが本来の Kchronecker’s Theorem です.Wikipedia なんかを参照してもらえれば,定理で仮定されている状況から Mahler 測度が 1 になることは直ちに分かります.

 この問題を口頭で発表する機会があり,そのときに「問題文の条件から根の高さが抑えられるから,そういう場合にはこういったことを示すことができる」というような補足説明(細部は違うかも)を受けました.代数的数 \alpha とその次数 d ,Mahler 測度 M ,絶対的高さ H について等式 M = H^ d が成り立つので,あの説明はそういうことだったのかもという気持ちです、いまは(でも詳しいことは何一つも分かっていない).