よかった、今日も僕は死んでいない。

 

 これは誰にも共感されないシリーズなのだけれど、僕は寝て起きるという一連の流れそのものが少しばかり怖い。朝に起きて、昼は活動して、夜は寝る。それは人間として全く当たり前の在り方で、俗に三大欲求と言われている何かの中には睡眠欲が含まれていたりもするのだけれど、それにしたってこんなに怖いことがあるかと思う。それに抗うことはどう足掻いても出来ないので、仕方なしに布団の中へと潜る。あやふやだった意識は次第に消えていき、そうかと思えば太陽の光に覚醒させられて、枕元に置いてあった時計の刻んだ時間を確認し、そうして朝が訪れたのだと理解する。その瞬間に、たとえば僕はこう思ったりする。よかった、今日も僕は死んでいない。

 

 大学の講義室みたく広い部屋にいた。レジャー施設だと思う。色んな人がいた。その部屋は何階建てかの建物の二階にあった。それと、敷地内には別の建物もあった。複合施設というか、テーマパークというか、そんな感じの何かだった。

 何がきっかけだったかは覚えていない。ある瞬間を境に辺りの様相が一変した。僕はそれに何だか見覚えがあった。たしか以前にもこんなことがあった。そう思った。それを裏付けるように、想像通りのことが想像通りの順に起きていった。具体的には人が死んだ。殺された。銃殺だ。

 機械の反逆なんてよくあるテーマだろ。あるいはハッキングされただけなのかもしれないけれど、ともかく、それまでは娯楽施設だった其処は一気に地獄の様となった。レーザー光線みたいな何かがそこら中の人間を片っ端から貫いていった。悲鳴すら聞こえない無音の中で僕は考えていた。やっぱり見覚えがある。僕はこの状況を知っている。そのときにたしか僕はここから逃げ切った。そしてその後どうなったのかということも覚えていた。

 誰かがレーザー光線を引きつけているうちに窓ガラスを割って逃げればいい。それだけのことだった。それだけのことだけれど、誰かと協力しなければ逃げられない。それに片方は確実に死ぬ。だからこそ、限りなく不可能に近い脱出法だった。

 結局、僕は逃げた。他の誰かを犠牲にして逃げた。まず先に、前回はこの後どうなったのかという話をしよう。前回の場合では、一人でも脱出できた者がいれば全員を解放するという向こうからの発表がなされていた。よくあるやつだ。そして僕が外へ出た。だから、それで何もかもが終わった。僕は外から窓を眺めてみた。安堵する人々の姿が見えた。よかったと思った。これで終わりだ。だから、これで僕もきっと目が覚める。実際に覚めた。でも、その直前に嫌な言葉を聞いた。冷や汗を伴うような、寒気が走るような、耳を塞ぎたくなるような、そんな結末を聞かされたような気がした。

 僕は走った。それを確かめようと思った。別の建物に向けて走った。誰もいない。明かりさえ見えない。辺りは暗い。夜だ。生き残った人はどこへ消えた? ちょっと離れたところまで来たところで、ふと思い立って引き返した。自分のいた部屋を先に調べるべきだ。そう思った。走った。走った。走って、ようやく着いた。見上げた窓に映るのは真っ黒な空だった。部屋の中には誰もいない。何の音も聞こえない。みんな死んだ? 前回とは違う? そうじゃない。そうじゃないんだ。だって、前回だってそうだったろ。みんな助かった? 違う、誰も助かっていない。誰も救われてなどいない。あのとき、一人脱出した自分が遠くに聞いた言葉はいったい何だった? 思い出してみろよ。いま目の前に広がっている様が、つまり、その答えだろ。みんな死んだんだよ。生き残ったのは自分だけで、何も知らない僕は多くの人間を救ったヒーローのような気分になって、だけど、実際はそうじゃなかった。僕は自分以外の全員を犠牲にして、踏み台にして、殺して、そうやって其処に、なのに、何かを成し遂げたような表情で立っていたんだろ。忘れていただけだ。思い出したか?

 

 今日の朝。目が覚めて、自分が布団の中にいることを確かめた。僕はここでずっと寝ていたし、だからどこにも行ってなどいないし、つまりいまのはただの夢であり、悪夢であり、僕は誰も殺していないし、殺されてもいないし、殺されそうにもなっていない。そこまでを一瞬のうちに結論づけた僕は、心の底からこう思った。よかった、今日も僕は死んでいない。

 

 たとえば、いま自分が立っているこの世界が架空のものだと思ったことはないか。

 本当の自分はどこか別のところで眠っていて、いま自分の目に映った空はやけにリアルな作り物なのだと、そう考えたことはないか。

 僕はある。何度もある。だから僕は、夢から覚めるという現象そのものに言い表しようのない違和感を抱えている。

 夜に寝て、朝に起きる。それは本当に当たり前のことか? 

 夜に寝て、朝に起きて、そうやって迎えた今日の青空が、昨日から連続しているという保証はどこにある?

 見えないものは見えない。でも、見えないからって無いわけじゃない。

 曲がり角のその先に広がっているものは、いま視界に映るそれと連続した景色か?

 本当に?