京大へ来てよかったこととダメだったこと

 

 なんとなくそういう気分なので、京都大学に来てよかったなと感じていることと、逆によくないなと感じていることを書き記そうと思います。そんな気分です。何というか、こういう破壊衝動に似た情動に駆られる夜ってありますよね。たとえば、特に理由もなく思い切り枕を殴りたくなるような夜のことなのですけれど、経験ありませんか? ないならきっと幸せなのだと思います。どうぞお幸せに。僕は不幸街道をひたむきに突っ走って往くつもりなので、不幸になりたくない方は直ちにブラウザバックしてください。嘘です。冗談です。真っ赤な虚言です。それはそうと、この場合、どちらがより幸福なのでしょうね? 『ネガティブな事象に一々囚われるのは馬鹿らしい。そんなことをする暇があれば少しは前向きに考えろ』などと無責任なことを我が物顔で語り悦に浸る意識高い系書籍が尽きない昨今ですが、しかし僕には全くわかりません。多分誰にも分からないことだと思います。もし答えを知っているという方がいらっしゃいましたら、NHK報道部まで是非ご一報ください。きっと親切なお姉さんが真摯に対応してくださるだろうと思います。

 それと、まあいないだろうと思いますが、もし万が一現役の受験生(特に京大志望)だという人がこれを読むようなことがあるとすれば、先に謝っておきます、ごめんなさい。あまり真面目に受け取らない方がいいと思います。余計な先入観が混入してしまうと、楽しめたはずのものをどこか冷めた視線で捉えてしまったり、怒りを燃やすべき場面なのに一歩後退ってしまったり、本当に前を向いて進まなくてはならないときに二の足を延々と踏み続けたりすることになってしまうかもしれないので。大学に入るまでは何も考えなくていいですよ、本当に。

 最後に、これはわざわざ断るほどのことでもないとは思うのですが、勘違いされても嫌なので初めに書いておきます。僕は京都大学以外の大学に在学したことがありません。だから、具体的なソースを以てして他の大学と比較しているというわけではありませんし、そういった意図もありません。本記事はただ単に僕が普段から思っていることを何の根拠もなく無責任につらつらと述べたというだけのものです。こうして明記しておいたので、それでも突っかかってくる馬鹿がいたら鼻で笑ってやることにします。それに伴う台詞は「ウケる」です。良いですよね、この言葉。めちゃくちゃ馬鹿にしてる感じで。

 

 

〇良い点 

・救いようのない馬鹿が少数しかいない

 僕はよく『救いようのない馬鹿』という言葉を『有象無象』に並ぶ存在という意味で、つまりは最上級の軽蔑を込めて用いるのですが、要するにこれはそういう意味です。誰だって一度くらい見たことがあるでしょう。身近なところだと、朝の通勤電車や深夜のコンビニでしょうかね。あとはTwitterなんかには腐るほどいますよね。モラルがなってないだとか、いきなり他人の思想を否定してかかるだとか、自分が絶対的な正義だと信じて疑わないだとか、ああいう愚かで幼稚極まりない連中が、まあほとんどと言っていいレベルで存在しません。少なくとも、その手の人間を極度に苦手とする僕が一年半も通い続けられているという事実があるので、そこは安心してくれて構いません。と言っても、いることにはいます。割合が極端に低いだけで、あるいは濃度が零に等しいというだけで、いくら確率分布が正規分布を成していようとたまには外れ値を取ってしまうように、『救いようのない馬鹿』というやつはどこにでも存在します。遍在します。遍く在るのです。僕も京大に入るまでは「ここには高い志を持った人ばかりが集まっていて、だからそういう人間はいないに違いない」と子どもながらに信じていましたが、入学直後にヤバい飲みサーの情報を嫌というほど聞かされて、いくらなんでも目が覚めましたね。現実を直視しました。それでもまあ普通に生きていれば十分に避けられる範囲です。そういうのが苦手で意識的に避けようとする人間なら十中八九安全だと思います。快適ですよ。

 

・面白い人が多い。

 別に京大に限らないだろと言われてしまえばそれまでなのですけれど、たとえば僕が滑り止めの私立に通うことになっていたとして、いま現在親しくしている人たちほどに人間として魅力的な誰かと出会えていただろうかなんて思考実験をしてみれば、僕の理性は、しかし明確な否定を突き返してきます。これは単に僕がそういう立場の人間だからなのでしょうけれど、基本的に上に行けば上に行くほど面白い人間がいると思って間違いないと思います。この場合の『面白い』を『芸人的な面白さ』としか読解できない人は、恐らくこの文章の意図を一割ほども掴めていないと思うので、というか日本語を読むのに向いていないと思うので、さっさとブラウザバックするか今すぐに読書の習慣を身につけるかをした方がいいと思います。『面白い』をどのように定義するかというのは、無理難題というか十人十色というか、有体に言ってしまえば人それぞれ多種多様かと思うので、これは、だからあくまで僕の基準に従えばという話です。色々なことを考えている人がいるのです。京大では、より正確に言えば少なくとも僕の環境では、そういった思想を交流する機会が多くあって、要するに様々な『面白い』に触れられるのです。僕にとってはそれがとても楽しいことなのですけれど、まあそうじゃないって人もいるでしょうね。たとえば友人と夜通しでお酒飲んでバカ騒ぎして一生楽しんで生きていきたいみたいな、そういう人。どうぞ勝手にやってくださいって感じです。一生分かり合えない存在だと思います。否定はしません。『対話』の希少性に無自覚的な京大生は流石にいないだろうと思っているのですけれど、何だか卵が先か鶏が先かみたいな話になってきますね。よく分かりません。でもまあ、人間って誰しも他人のことを他人としか思っていなくて、愛だの友情だのと言っても結局は赤の他人で、どうしようもなく無関係な他人事で、それでもやっぱり関わり合っていくしかなくて、そういった当たり前の事をちゃんと考えている人が京大にはそれなりに多いように思っています。だから快適なんでしょうね、きっと。そういうことを考えていない人間っていうのは、つまり無自覚的に自分勝手な人間ってことですから。

 

・本来の意味で意識の高い人が多い

 もし京大に落ちて滑り止めの大学へ通うことになっていたら多分自殺していただろうな、とリストカット並に無意味で自傷的な想像を僕はたまにするのですけれど、その根拠はここにあります。意識が低い人間と一緒にいても偏につまらないと思うんですよ。つまらないというよりは退屈、感覚的には窮屈の方が近いでしょうか。腐った蜜柑は周囲の正常な蜜柑をも腐敗させてゆくという有名な話があるじゃないですか。この話、意識高い系の人が頻繁に使っているという偏見が僕にはあるのですが、それはさておき、これと似たような話だと思うんですよ。まあ腐っている人間が隣にいたとして、自分が腐ってゆく原因をその個人に求めるのはただの責任転嫁であり、その本人にも問題があると言わざるを得ませんけれど、しかし、全くの無関係かといえばそういうわけでもないと思うのです。自分の傍に置いておくなら、意識の高い人の方が良いに決まっています。その階段を上ってゆく意思が自分の中にあるのなら、ですけれど。この主張には、僕の所属が理学部ということが大いに関係しているような気がしないでもないです。理学部の自主ゼミ文化に僕はあまり馴染みがないのですけれど、大して勉強をしない僕がすんでのところで、それでも落ちこぼれずに留まっていられるのは、きっとそういう人たちの存在があるからなのだろうなあ、と思います。ひっそりと感謝しています。

 

 

〇悪い点

 

・救いようのない馬鹿が少数しかいない

 これが唯一の問題点です。というのも、現実ってやつは救いようのない馬鹿の方が圧倒的に多いんです。そんなのは正常な人間ならすぐに気づくことだと思います。気づいていない人はヤバいです。早く辺りを見渡してみてください。京大ってあまりにも快適過ぎて、実の社会が腐敗しまくっていることを忘れがちなんですよね。世間一般の大学生は学問になんて大した関心がないし、世間一般の大人は働くことだけに意義を見出しているし、人格は矯正され、均一化され、そしてそういった都合のいい人材をこそ社会は貪欲に求めている。規則は守られないし、誰も個人になんて興味がない。軌道から逸れた人間には尽く濁った怒りを思い切り投げつけて、本当は何年も前から腐っている自己にはまるで目を向けず、なおも自身の存在を正当化しようとする。どこにも踏み出せないだけの臆病な自分を、失敗した他人を嘲笑うことでしか現在に繋ぎ止められない。何も出来ない。そういうどうしようもない人間がこの社会の大半であることを忘れてしまいそうになる。良くない。ブログを読んでもらえば分かることですけれど、僕は昔からこういう人間が大嫌いで、だからこそかなりの耐性があったはずなのですが、大学生になってからはそれがかなり弱くなっているのをひしひしと感じています。人は温室で育ちすぎると駄目になるのだと思います。文字にしてみれば、思わず笑っちゃうくらいに当たり前のことですね。

 

 

 これで終わりなのですけれど、悪い点が書きたかっただけなんですよね、結局のところ。良い点の方がびっしり書いていますけれど、本当に言いたかったのは悪い点です。つい最近に京大志望の子と触れ合う機会があったのですけれど、それと今日の感情とが混ざってこの破壊行動が為されたわけですね。これはまあただの自戒というか、文章にしておかないと忘れそうだから書き下しただけのものなのです。深淵を覗くのもほどほどにしとけよという一方通行のメッセージです。