Startrip

 

 

――それは想いだ。一つ一つは小さくてか弱い光でも、あたしから誰かへ、その誰かからまた別の誰かへ、そうやって広がった煌めきはいつしか満天の星空のようになって、ずっと真っ暗だった夜空を照らし出す。時間すらも飛び越えて、どこか遠くへまで届く。

 

 

 スタートリップという言葉を、僕ははじめて見たときに「星の旅(Star Trip)」だと認識した。まあ多くの人がそう思ったと思う。あるいは「Start Lip」と解釈できないかな、と考えたこともある。ほら、「リップサービス」って言うじゃん。あれと同じ感じで「リップ」を「言葉」みたいな風に捉えて、「最初の言葉(Start Lip)」みたいなね。歌詞中では「名前のないウタ」というような表現たちを用いてジュリアの過去について触れられてもいたし、あながち無理のない解釈なんじゃないかなと思う。まあ、思いついた次の日に棄てた考えだけど。そもそも、スタートリップの英語名は「Startrip」とiTunesで表記されてるらしいし。

 スタートリップという楽曲についての話を書かなきゃいけないとずっと思っていた。使命感的な、そんな何かを感じていた。あるいは贖罪かな。ともかく、やらなきゃいけないんだと思って、暇があればあの曲に思いを馳せるような時期もあった。でも、大して何も見えなかった。それは多分自分がそれを理解できるに足る存在ではなかったから。だから、何も見えなかったのだと思う。

 6月12日のことだ。正直な話をすると、その日の自分が何を考えていたのか全く覚えていない。あの日からそろそろ一年経つんだなー、とか考えてたのかな。知らないけど。まあそんなのはどうでもいいとして、とりあえずバイトを終えた僕は三条大橋の手前を歩いていた。そこでふと思いついた。

 

 スタートリップって「始まりへの旅(Start Trip)」って風には解釈できないか?

 

 ただ『区切る』ということだけに執着していたけれど、単純に区切る以外にも分け方はいくらでもある。たとえばこんな風にTの前後で分けたりしてもいいんじゃないか。そう考えた。ちょうどその時は暇だったし、鴨川沿いを徒歩で帰り、その道中で思索にふけることにした。ただ単に鴨川沿いを歩きたいという思いもあった気がする。

 そのときに鴨川でパソコンを立ち上げて書いたのが冒頭の文章だ。何も考えずに、思いついたことをそれっぽく書いただけなのでめちゃくちゃな文だけれど、でも、だからこそ、自分がスタートリップという楽曲について感じたことはすべてあの中に集約されているようにも思う。

 

 あれは「始まり」を唄った歌なんだと思う。あくまで僕は、だけれど。

 彼女は夜明けを迎えた。

 始まりに目を向けることのできる彼女はとても強くて、始まりを背負って歩いていくことのできる彼女はもう十分すぎるほどに大人だ。成長した彼女が口ずさむウタの中に、子供だった頃の彼女を象徴していた「星」はどこにもない――それが夜明けだ。夜が明けると星は見えなくなる。だけど、なくなったわけじゃない。だって、そうだろ? 僕らは夜明けの中にあってもなお消えることのない「星」が何なのかをもう知っている。そして、その「星」は、夜明けの陽に彩られた言葉たちを今も照らしている。

 決して消えることなく、何よりも輝いて。

 

 これでちょっとはあのときの罪滅ぼしができたかな。