残火

 

 

 物事には終わりがある。

 それは全くもって当たり前のことで、最も分かりやすいもので言えば死がそれだ――そんな聞くだけで気が滅入る重たい概念でなくとも、他にも卒業だとか、転勤だとか、別に何だっていい。ずっと続くと思っていたものが――そう信じていたものが、しかし、いつかは終わってしまう。それは当たり前だ。避けられるものじゃない。

 だから僕らは告別式をするのだし、卒業式をする。

 区切りをつけて。

 終わりを受け入れる。

 そのことから目を逸らしてなあなあで引き延ばし続けたところで、良いことなんて何もない。いつまでも学生気分の抜けていない社会人が好例だ。彼らは終わりを受け入れることがまだできていないから、だから、いつまでもその幻影に縛られている。大人になれない大人という、この世界にありふれたどっちつかずの存在は、この一言だけで説明できると僕は思っている。

 

 だから、まあ、分かってはいたつもりだった。いつの頃からかずっと続いていた奇妙な関係も、いつかは終わり、そしてその時は潔く終わらせなくてはならないのだと、そう思っていた。でもその一方で、願わくは永遠に続くようになんて、ありえない夢を思い描いていた。

 いまにして思えば、という感じだけれど、しかし考えれば考えるほど、どうしてあの瞬間にきっぱりと終わらせなかったんだと思ってしまう。いつか終わるというのなら、あの時に何もかもを終わらせてしまうのがきっと何よりも整った幕引きだったのに、どうして続きを願ってしまったのだろう?

 その思いは日に日に強くなっていく。そして、僕は一体いつまであの時間に囚われているのだろうか、と自分自身が馬鹿らしく思えてくる。そうなると、いよいよ最悪だ――いつかの綺麗な感情を疑ってしまいたくなる。かつての自分の行いに打算的な何かを――そんなものはきっとなかったはずなのに、ありもしない何かを幻視し始める。すべてを疑い始める。忘れてしまいたくない想い出の項を、それでも、真っ黒の絵具で思い切り塗りつぶしてしまいたくなる。

 届かないと分かった時点で花には背を向けるべきで、そこでじっと座りながら上を眺めていたところで、届かないものは届かない。そのうち、そこから離れられないままの自分へ離れる口実を与えるために、花の気高さを否定し始める。届かなかったことを認めたくないから、届かなくてもよかったことにしようとする。

 その成れの果てが、大人になれない大人と同じように、かつての想い出に縛られ続ける亡霊なのだと、何日も何週間も何ヵ月も考え抜いた末に、僕はようやく結論づけた。

 ようやく結論づけることができた。

 そしてそれは、終わりを受け入れる覚悟ができたのと同義だった。彼らのようにはなりたくないから、だから、やっと僕は終わりを受け入れることに決めた。

 

 生まれてから二十年くらい経つけれど、生きていてよかったと思えた時期なんて、まあ大してない。大学に入ってからはかなり環境に恵まれて、それなりに幸せな日々を送ることができていると思っているけれど、それまではそうでもなかった――実際、高校に入るまでの人生の九割は無価値で無意味だったと思っている。箱を開けば嫌な記憶しか詰まっていない。自分の名前と一緒に、さっさと忘れてしまいたいくらいだ。

 だから、これまでの人生での最大の分岐点を教えてくれ、と言われたら、僕は迷わずに高校時代の彼との出会いを答えとする。それほどまでに自分の人生における彼の存在は偉大で、こんな言葉を使ってしまうとあまりにも陳腐過ぎて些か気恥ずかしけれど、あの時間だけがきっと僕の青春だった。でも、だからって、いつまでもその熱に甘えていてはいけない。その程度の当たり前のことに、一年とちょっとの時間をかけて、ようやく気づくことができた。

 

 生まれてこの方、何かを本気で好きになったことがない――みたいなことをつい数日前に言った気がするけれど、でも、やっぱり嘘だ。僕は彼のことが本当に好きだった。

 だけど、それも今日で終わりだ。

 青春の残火と一緒に、忘れてしまおう。