しぇあ

 

 好きなものにもいくつか種類があって、それはたとえば自分一人だけが好きでいればいいものとそうじゃないものです。ある対象をどちらへ区別するかというのは人それぞれでしょうけれど、藤原基央の書く詞に関して、僕は後者の側に居ます。もちろん前者に分類されている「好き」もたくさんありますけれど、それと同じくらい後者に分けられた「好き」もあるのです。

 

 僕は割と歌詞に耳を傾ける側の人種です。というと語弊があるというか、正確ではなくて、音の並びとか旋律の美しさとか、あるいはボーカルの上手さとかベースラインの滑らかさとかアルペジオの響きとかドラムテクニックとか、打ち込みなら電子音の作り込み具合とかエフェクタの使い方とか、なんかそういった「the曲」みたいな要素と歌詞とを同列に扱っています。そりゃそうだろって人もいるでしょうけれど、そんな奴いるんだって人もいるんですよね、これが。それが悪いことだとは言いませんけれど。

 

 なんというか、何かを作る時、側に置いておきたいんですよね、歌詞って。無から何かを考えようとするよりは幾分か楽になるというか、作曲を齧ったりしてる自分の感覚としても、小説を書くよりも歌詞を書くとなったときの方が案外展開を思いつきやすい感じがあります。だから、僕は何かを書くときにはいつも何かしらの歌詞を手元に広げていて、先述のようにその方がアイデアをまとめられるからなんですけど、でも、これには難点がいくつかあって、何よりも探すのが面倒くさいんですよね。小説とかなら本棚からサッととれるんですけど、歌詞はいちいち調べなきゃいけないし、ちゃんとしたところサイトだとコピペもできないし、だからPCを開くたびに検索する必要がある。めんどくさい。めんどくさすぎる。そういうわけで、暇なときには歌詞をメモ帳に書き写すという習慣が僕にはあります。自分がときめいた歌詞を忘れないうちにまとめていくんです。まあ、コピペできるんならそれに越したことはないんですけど(その場合でも自力で写すことが多い)。

 

https://www.dropbox.com/s/enma5jjs7ydvto0/%E6%AD%8C%E8%A9%9E_BUMP.pdf?dl=0

 

 上のリンク先にBUMP OF CHICKENの曲の歌詞をまとめたpdfがあります。彼らの歌詞は大体コピペできないサイトにしか掲載されていないので、暇を見つけてはいそいそと書いていました。ちょうど50曲分くらい集まったのでシェアでもするかなあ、と思った次第です。興味のある人は勝手に落として、暇なときにでも読んでみてください(端末に入れるのが一番楽)。

 

 

 

月、曲がり角、同じ空。

 

 つい数時間前の話です。JK*1から出てすぐに、それまで一緒に晩御飯を食べていた相手に促されるままに空を見上げました。大きな月が綺麗に見える――たしか彼はそんなことを言ったように思います。でも、僕の立っている場所からは月明かりの一欠片さえも見つけることができませんでした。月は何処へ? 辺りをくるくると見回す僕に向かって彼は、多分、そこからじゃ見えないよ、と言いました。どういうことだろうと思いつつ歩をわずかに北へ進めると、店の正面にあった三階建てほどのビルの向こう側に綺麗な球体が見えました。なるほど、建物の陰に隠れていたのか。そんなことを考えました。

 それからしばらくは月について話しました。山の頂上に差しかかっている頃は大きく見えるのに空へ昇ってしまうと案外小さく見えるとか、それでもやっぱり今夜の月は特段大きいだとか、大きいと言ってもビー玉くらいのサイズだとか、それはそうと月面の模様は兎の餅つきに到底見えないだとか、そんな感じのことをだらだらと話していました。

 ところで、竹取物語という作品があるでしょう。僕は所謂名作だとか有名作品だとか、そういった類のものに全く触れずに育ってきた人間ですが、しかし竹取物語くらいは流石の僕でも知っています。流石にね。適当に要約すると、その辺に生えてた竹の中にいた小さな女の子が、成長して故郷である月へ帰るという作品です。最近、思うんですよね。この話は色んな人にしたことがあるような気がしますけれど、昔の人って月をいったい何物だと捉えていたのでしょう? いや、星も、雲も、太陽も、空でさえ、自分たちの頭上に漠然と漂う謎の存在を、彼らはどういう風に見ていたんでしょうね? 僕らは月の正体を理解しているじゃないですか。写真を見たことがあって、球体であることを知っていて、人類が着陸したという事実を習う。それはもはや未知の概念ではないわけですよ。月面がどんな物質で構成されているかとか、重力加速度は地球の何倍かとか、形成されてから何億年が経過したかとか、平均温度は如何ほどかとか、海の名前とか、そんなことは何一つとして知らなかったとしても、僕らは月を既知の対象として捉えてしまうわけです。こんなに面白くないことはありません。

 たまに想像することがあります。想像というよりは夢想に近いことですけれど、昔の人はきっと今以上に楽しい世界に生きていたんじゃないかなあ、と思うのです。そりゃまあ年貢だとか階級制度だとか戦争だとか、そういうことはありますけれど、それはさておきです。空を見上げれば太陽があって、月があって、雲があって、星がある。太陽は酷く眩しい。月は明るい。雲は雨粒を落とし、稀に雷を落とす。星はずっと輝いていて、一向に降ってはこない。それが何なのかは何も解らない。だけど、自分の両目にはたしかにそれが映っていて、つまりはそこに存在している。空が赤くなるにつれて太陽が昇り、真上を過ぎる頃には上空を嘘みたいな青が覆う。やがて空は再び朱に染まり、黒へと沈む。すると今度は薄黄色の球体と無数の星々が天を埋め尽くす。あれは一体何なのだ? 何も解らない。何も解らないけれど、でも、きっと何よりも綺麗だ。その憧憬だけが確かなものとして胸の中にある。そんな感じだったんでしょうか。羨ましいです、正直。その炎こそが何よりも綺麗です。

 魔法はない。魔女はいない。錬金術はない。龍はいない。ペガサスはいない。幽霊はいない。永久機関は存在しない。不老不死はあり得ない。神話も伝説もただの創作。林檎が落ちるのは重力のせいだ。風が吹く理由は、たとえば気圧の差があるから。雷の正体は雲の内部にある氷の微粒子の衝突によって蓄えられた静電気。地球には果てがなく、その実、ただの球体だ。空の色が変わるのは太陽の位置によって太陽光の散乱具合が変化するからであって、実際に空という物体があるわけじゃない。真夜中の空は宇宙の色だ。そこにいつでも輝く星の光は、しかし何億年も前に生まれたものだ。それに、どんな惑星もいずれは滅ぶ。永遠なんてやっぱりどこにもない。

 どれも小学生の頃には知っていたことです。それらの事実を手に入れた瞬間に当時の自分が何を思ったのか、本当に何一つも覚えていません。だから、いまの自分からすれば、気がついたときには知識として持っていた、としか言えません。昔の僕はそれを望んだのでしょうけれど、覚えていないものは覚えていないのです。

 昔の人からしたら、夜空の遥か向こうにぽつんと浮かんだ完璧な円は、自分たちの世界とは切り離された、全く異質な何かに見えていたんじゃないかと思うのです。本当はそれが球体であることを知らない彼らにとっては、月面なんて概念さえもない。誰かによって刻まれた模様のように、ただ漠然と昇っては沈むことを繰り返す黄色の美しさに、神の世界との接続を見出しても何ら不思議ではないように思います。その世界は現代を生きる僕には決して届くことのない空想です。たったそれだけの事実が、ただ純粋に哀しいんですよね。そして羨ましい。僕なんかが見上げている空よりもずっと綺麗で透き通った色をした空が、数百年か数千年前の地球上には無数にあったに違いないんです。

 

 

 話は変わります。小さい頃から不思議に思っていることがあって、それは座右の銘ってやつなんですよね。あれ、よく分からなかったんですよ。他人の言葉にせよ自分の言葉にせよ、自分自身を端的に表す言葉なんてそうそう見つかるわけがないじゃないですか。いや、まあ、他人の言葉から探そうとしている時点で何かを履き違えているんですけど。多分、そういうのは自分を曲がりなりにも自己解釈することのできた人間だけが手に入れられる称号であって、だから、少なくとも中学生や高校生に求めるようなものでは到底ないだろう、と僕は思います。中高の頃ってそういう謎の風潮があったじゃないですか。それがよく分からなかったんですよね。何者かになりたいという心象の現れなんでしょうか。知りませんけれど。

 別に探していたわけじゃないんですよ。というか座右の銘って概念が割合好きではなくて、それは僕の名言嫌いを知っている方であれば納得してもらえる事実だろうと思いますけれど、ともかくそういうのに憧れていたということはなくて、だけど、あれなんですよね。僕が物語シリーズに心酔していることは周知の事実として、そこに出てくる羽川翼さんみたいなのにはちょっと憧れがありました。憧れというか、あれくらい端的に何かを表せる言葉をいつか見つけられたらいいな、という気持ちがありました。あれです、「何でもは知らないわよ。知ってることだけ」という有名な台詞です*2。僕は現実世界を生きている人間なので、そんな小説の中のキャラクターみたいな台詞は言えませんけれど、でも、なんか、そんな感じのやつがあればいいなあ、とは思ってたんですよね。漠然と。

 結論から言えば、ちょくちょくブログで書いている話の中に出てくる彼女が、いつの間にか見つけてくれていました。

kazuha1221.hatenablog.com

kazuha1221.hatenablog.com

 このフレーズ、書いたときには本当に何も考えていなくて、でも後々考えてみると、これほど自分の考えを簡潔に表した言葉もないなと思いました。ところで、僕がこれまでに書いた文章のうち二つ目が「曲がり角のその先に」*3という記事だったのですけれど、いくつもの記事を書いてきて、でも結局考えていることは何一つも変わっていないんですよね。曲がり角の先には何があるか? これもまた大して思考せず思いのままに書いたわけですけれど、しかし余計なことを考えなかったからこそ自分の底にあるものをパッと取ってこられたのかもなあ、とも思います。考え過ぎは良くない(白紙の原稿を眺めながら)。

 そういうわけで、僕の掲げる旗は「同じ空を見ているわけじゃない」です。それを公言することになんて何の意味もないのですけれど、そういう言葉と知らずのうちに出会えていたのだという事実がちょっとだけ嬉しくて、それを発信するためだけにこの記事を書きました。疲れた。

 

 

 

*1:大学周辺にある飲食店

*2:第一巻である「化物語(上)」のp.13で既に登場している。

*3:

曲がり角のその先に - 910production アドベントカレンダー用ブログ

寂しい。

 

 めちゃくちゃエモーショナルな気分になっているので、思いのままに文章を書こうと思います。ちょっとした昔話をします。興味のない人はブラウザバックしてください。

 

 最近、僕の家へよく来てくれる人は薄々気付いている事かとは思われますが、僕は歌を唄うのがとても好きだったりします。いや、分かりません。好き、なんだと思います、多分、恐らく。まあ他の人が現実問題どんなもんなのかということをまるで知らないので、いや、知りたいとも思いませんけれど、だから何も言えないんですよね。僕なんかよりも音楽と真摯に向き合っている人間なんてこの世界にごまんといるに違いないわけで、身の回りにしたってきっとそうでしょう。実際、僕は合唱部だとかカラオケ同好会だとかに入ったことは一度としてありませんし、入ろうと思ったことも全くありませんし、歌手になりたいと願ったことも記憶の限りではありません。それでも、唄うことが好きなんですよね。好き、というか何というか、歌を唄っている様子が一番自分に合っているような気がするんです。気がするだけですし、歌が上手いわけでも何でもないんですけど。思い返せば、いつもなんか唄ってんなという感じがします。夜寝れない時とか、文字を書いている最中とか、街を歩いているときも声にこそ出しませんけれど頭の中で、これを書いているいまも。昔からそうですね。本当にすぐ手元にあったものだから、今の今まで気づきませんでした。

 

 昔、漫画を描いていました。本当に遠い昔の話です。小学三年生とか、ひょっとするとそれよりも昔の話。もうほとんど覚えてません。色んなことを描いていたように思います。いまとなってはとてもじゃないけれど吐き出せやしないような幼稚な理想ばかりを白紙の自由帳に書き殴って、そのくせ自分以外の誰にも見せずに、でも本当は誰かに見て欲しくて、ずっとそんな風に過ごしていました。懐かしい。同級生のやつらは昼休みになるとグラウンドへ出ていくんですよね。そして、休み時間の終了を告げるベルが鳴り終える頃に教室の扉を開けて席へ戻ってくる。別に引きこもっていたわけじゃないですよ。仲の良い奴だって今よりはずっと数が居ましたし、時々は一緒になってドッヂボールをやったりもしました。まあ、あれは身体が痛いんで心底嫌いでしたけど、キックベースとかは好きでした。でもやっぱり基本的にはインナー志向というか、同じような奴ら数人と教室で話しているのが日常でした。あの頃、何やってたんだろ。マジで思い出せないな。

 

 漫画を描いていたんですよ。俺より絵が上手い奴なんて、あの狭い小学校の中にもいくらだっていましたけれど、そんなことはほとんど関係が無くて、当時の僕は別に絵が上手くなりたかったわけではなかったので。それはきっと彼らも同じことでしょうけれど。なんかふと思い出したんですよね、ついさっき。漫画って言ったっていくらか種類があるでしょう。方向性というか、なんかそんな感じのアレが。俺ってどんな話を書いてたんだろう、と思い返してみました。本当にもうほとんど何も覚えてないんですよ。一つの作品を書き切るほどの胆力はもちろんなくて、書き始めては途中で投げて、書き始めては途中で投げて、そんなことを繰り返していたもんだから、流石に全部は思い出せません(よくそんなにも書きたいことがあったな、といまは思う)。それでも、いくつかは覚えてるんですよ。それは最後まで書き切ったとかそういうアレでは全くなくて、というか僕が本当に納得できるラインまで書き切った作品なんて中学時代の小説でも多分五作くらいしかなくて、漫画はその実一つもなくて、だから特別なことはなかったと思います。書き出しを覚えているんですよね。書き出し、一ページ目、プロローグ、言葉は何でもいいです。まあ先述の通り、書いては投げることを繰り返していたので、最初の方しか記憶にないのは当たり前なんですけど。記憶の中のそいつらは決まって、あるシーンから始まるんですよね。シーンというか、演出というか、それって何だと思います? 分かりますか?

 

 多分、相当に歌が好きだったんでしょうね。人前で唄うことはあまりなかった、というか小学生の頃にちょっとしたアレがあって、そのせいか誰かの前で唄うことが怖くなってたんですけど、だから最近になって誰かがいる空間でも普通に唄えるようになっている自分にちょっと驚いています。こっちが素の自分です。ボーカロイドというやつがあるじゃないですか。あれを知ったのは中学生のときで、まあ本当のことを言うと小学生の頃から名前自体は知っていたんですけれど、でも本格的に触れたのは中学の頃で、あのときに作曲という概念の存在を知ったんですよね。いや、まあ、考えれば当たり前なんですよ。誰かが絵を描くことで漫画やアニメが生まれるように、誰かが文字を綴ることで物語が生まれるように、曲だって誰かが作ってるわけです。本当に当たり前のこと。でも、それだけは自分の周りから遠く離れた場所にあるような気がしていて、実際にそうで、だから思いつきもしなくて、それがボーカロイドを知ったことで作曲という概念を物凄く身近に感じるようになったんですよね。人との出会いに恵まれたこともあって、高校へ入ってから作曲を始めるようになって、その頃からずっと歌モノを作りたいなあと考えていて、でも技術もお金もなくて、だからその時々の自分が出来る事だけをやっていました。それはそれで楽しくて、そんなことが続いていまの自分がいるんだなあと思いました。

 

 まとまんねえな。思いついたままに書いてるんで、要点が掴めない文章になっている気がひしひしとします。申し訳ない。誤字とかも大量にありそう。

 

 漫画を描くときのお決まりの話です。もう大体の人は分かってるんじゃないかなあと思います。書き始め、一ページ目、プロローグ。そこに何が来るか。決まってるんですよね、そんなことは。当時の僕からすればそこにそれが描かれるのは当たり前で、ごく自然で、むしろ逆で、きっとそれこそが本当に描きたくて、そりゃ勿論描きたい話は他にもあっただろうけれど、でもそれが大本命で、ピークで、絶頂で、自分の認識世界を彩るそれを自分の色で表現したかっただけなんだろうと思います。だから、書いては投げて、書いては投げて、それでもよかったんでしょうね。一ページ目を描いた時点で完結しているので。逆に、最後まで書き切った小説たちは、それだけ書きたいことがあったということなんでしょうけれど。それはともかく一ページ目の話です。物語の始まりを告げる最初の一ページに何を持ってくるか。いや、決まっているじゃないですか、そんなことは。オープニングムービーですよ。それからの展開を示唆するような映像を背景に一分半ほどの主題歌が流れて、それはアニメーションではお決まりでしょう? 僕らはその音の運びに、映像の動きに、歌詞の並びに、心を躍らせて次の瞬間を待ち望むわけじゃないですか。だから、僕の描いた漫画はいつもそのシーンから始まっていました。何でもいいから歌詞を書いて、それに合う絵を描いて、架空でも実在でも、そこに並べられた詞が想起させる世界を紙の上に描き出すことが好きだったんです、多分。

 

 忘れていくんですよね。色んな事を忘れていっている。そんなことを先日の講義中にずっと考えていました。楽しかったことはもちろん、嫌だったことも悔しかったこともどうでもいいことも、何でもかんでも手当たり次第に忘れている。思い出せないわけじゃなくて、何というか、鈍くなっていっているんです。その記憶の光、みたいなのが。初めて一人で歩いた夜中の温かさとか、無理を言って連れて行ってもらったプラネタリウムの鮮やかさとか、理不尽に与えられた傷の数と同じくらいの優しさをもらっていたこととか、それ以上に誰かを傷つけていたこととか、心の底から嫌いだった相手がいまはもういないこととか、心の底から好きになった人がいまもどこかで生きていることとか。探せば見つかるんですよね。ちゃんと心の中にある。忘れてはいない。温かさも冷たさも感じられる。でも、やっぱり忘れている。曖昧になっている。そんな気がします。それがいい事なのか、あるいはよくない事なのか、僕には判断がつきません。ただ何となく、寂しいなあ、と思います。誰が、あるいは何が寂しいと思うのかさえも分かりません。漠然とそう思うんです。

 

 忘れちゃダメな気がするんです。好きだったものも、嫌いだったものも、何でもなかったものも、何一つとして失くしてはいけないような気がする。気がしたんです。さっき、昨日、一昨日、これまでもずっと。でも、忘れていくんですよね。意識から抜け落ちていく。まあ、多分それが自然なんだと思うんです。これまでの何もかもをずっと抱え続けているようでいて、でも気が付けば少しずつ減っていって、失くしていって、失くしていることにも気がつかないままで、そうしていつかは歳を取って、身体は悲鳴をあげ始めて、いよいよ一歩も動けないような状態になって、ふと頭を巡らせてみても、本当に好きだった誰かの声はおろか、表情さえもとうの昔に忘れてしまっていて、自分の名前だってどこにも見つけられずに、そうやって無音の中へ死んでいくんでしょうね、僕らは。別に、それが何だって話じゃないですよ。死ぬのは怖いとか、だからいまを頑張ろうとか、そういう話じゃなくて、ただ何となく、寂しいなあ、ってだけです。寂しい。最近は、というか十一月頃からずっと、こういうことばかりを考えています。

 

 これのいったいどこがエモーショナルな気分なんだよ。

 バイト行ってきます。

 

 

 

「じゃあね、また明日」

 

 

楽曲『「じゃあね、また明日」』を投稿しました。

www.nicovideo.jp

 

【歌詞】

青はやがて赤になり 月は夜空を忘れて

誰も消えた気がして 街を不意に見渡した

耳障りな静寂に 微か混じる呼吸の音

見慣れたはずの横顔にも 迷い 戸惑った

 

いつだって 何も見えない でも前を向いて

泣いていたって 仕方ないって 歩いてきたけど

何度 夜を凌げば 楽になれるのかなあ

なんて

 

いくつ交わした 言葉の奥の

本当のことはずっと 言えないままで

「じゃあね、また明日」 いつもの合図に

潜めた息をそっと 手放したんだ

 

君が消えた最初の日 午前二時を彷徨った

信号機は青ばかりで 全部 嘘みたいな

 

いまだって 何も見えない 見ようともしない

解ったふり 知ったふりで どこへも行けずに

何度 夜を重ねた 君にも会えないままでさ

 

いくつ交わした 言葉の奥の

本当のことは何も 知らないままで

「じゃあね、また明日」 いつもの合図に

呑まれた声がいまも そこに在るんだ

 

言葉なら何千何万と憶えたのに

たった一つの扉さえ開けないまま

「僕らは他人同士」なんて解っている

でも 一緒にいたっていい そうだろう?

 

いくつ交わした 言葉の奥の

本当の言葉なんて どうでもいいんだ

じゃあね また明日 いつもの合図で

明日も会える今日を 君がくれたから

 

明日も会える今日に 君と逢えたんだ

 

 

 

【コード】

Key: C

[Am7/G - FM7] – [Cadd9/G - G7/F] – [Am7/G - FM7] – [Dm7/F - G7sus4/F]

Key: Bb

Bbadd9/F – [EbM7 - Em7-5] – F7sus4 – [F7 - F7 - Dm7/F - D7/Gb]

Gm7 - EbM7/G - F7/A – [Bb - F/A]

[Gm7 - Ebm/Gb] - [Dm7/F - Dm7-5/F] – [EbM7 - Em7-5] – [F7sus4 - F7sus4 - F7 - Gbdim7]

Gm7 - EbM7/G - F7/A – [Bb - F/A]

[Gm7 - Gbdim7] – [Bbadd9/F - Em7-5] – [D#6 - D7] – [Gm7/D - G7/D] 

Key: C

Cadd9/E – [Bm7-5/F - E7/Ab] – Am7 – [Gm7/A - Cadd9/A]

[F/A – G] – [C/G - Em7-5/G - Am7 - Am7] – Dm7/A – [G7sus4 - G7] 

Key: Eb

[AbM7 - Bb7/Ab] – [Gm7 - Cm7/G] – [Fm7 - G7] – [Cm7/Bb - Eb9]

[AbM7 - Bb7/Ab] – [G7 - Cm7/G] – [F7/A - Bb7/Ab] – [Eb - Eb9]

[AbM7 - Bb7/Ab] – [Gm7 - Cm7/G] – [Fm7 - G7] – [Cm7/Bb - Eb9]

[Am7-5 - Bbm7/Ab] – [G7 - Cm7/G] – [F7/A - Bb7/Ab] – [Eb9/G - G7] 

Key: C

[Am7/G - FM7] – [Cadd9/G - G7/F] – [Am7/G - FM7] – [Dm7/F - G7sus4/F]

Key: Bb

Bbadd9/F – [EbM7 - Em7-5] - F7sus4 – [F7 - F7 - Dm7/F - D7/Gb] 

Gm7 - EbM7/G - F7/A – [Bb - F/A]

[Gm7 - Gbdim7] – [Bbadd9/F - Em7-5] – [D#6 - D7] – [Gm7/D - G7/D]

Key: C

Cadd9/E – [Bm7-5/F - E7/Ab] - Am7 – [Gm7/A - Cadd9/A]

[F/A – G] – [C/G - Em7-5/G - Am7 - Am7] – Dm7/A – [G7sus4 - G7] 

Key: Eb

[AbM7 - Bb7/Ab] – [Gm7 - Cm7/G] – [Fm7 - G7] – [Cm7/Bb - Eb9]

[AbM7 - Bb7/Ab] – [G7 - Cm7/G] – [F7/A - Bb7/Ab] – [Eb - Eb9]

[AbM7 - Bb7/Ab] – [Gm7 - Cm7/G] – [Fm7 - G7] – [Cm7/Bb - Eb9]

[Am7-5 - Bbm7/Ab] – [G7 - Cm7/G] – [F7/A - Bb7/Ab] – [Eb9/G - G7]

Key: C

[Am7/G - FM7] – [Cadd9/G - G7/F] – [Am7/G - FM7] – [G7sus4/F - G7sus4/F - G7/F - Fdim7]

[FM7 - G7] – [Abdim7 - Am7] – Dm7 – G7sus4 – G7

Key: Eb

[AbM7 - Bb7/Ab] – [Gm7 - Cm7/G] – [Fm7 - G7] – [Cm7/Bb - Eb9]

[AbM7 - Bb7/Ab] – [G7 - Cm7/G] – [F7/A - Bb7/Ab] – [Eb9/G - Fm7/Ab]

Key: E

[AM7 - B7/A] – [Abm7 - Dbm7/Ab] – [Gbm7 - Ab7] – [Dbm7/B - E9]

[Bbm7-5 - Bm7/A] – [Ab7 - Dbm7/Ab] – [Gb7/Bb - B7/A] – [Dbm7 - Abm7-5|

[Bbm7-5 - Bm7/A] – [Ab7 - Dbm7/Ab] – [Gb7/Bb - B7/A] – [E9/Ab - Gbm7/A] 

Key: Db

[Bbm7/Ab - GbM7] – [Dbadd9/Ab - Ab7/Gb] – [Bbm7/Ab - GbM7] – [Ebm7/Gb - Ab7sus4/Gb]

Key: B

Badd9/Gb – [EM7 - Fm7-5] - Gb7sus4 - Gb7

Em6 - Badd9

 

  

【コメント】

 早いもので三曲目の歌モノです。驚くべきことに、前作を公開してからまだ二ヶ月も経ってないんですよね。最も創作意欲に満ち満ちていた高二時代の作曲ペースには及びませんけれど、でも、これほど短いスパンで曲を完成させたのは実に数年ぶりです。普段からこれくらいのやる気を維持できればいいのですけれど、人生そう上手くはいきません。はあ。

 

・曲について 

 前作に続き、ほとんど全部kontakt音源です。一つだけsynth1の音が混ざっています。

 

 ボーカルは闇音レンリさんです。彼女、めちゃくちゃ自分好みの声なんですよね。これしか使いたくない。

 

 「一度は凝ったコード進行の曲を自力で作ってみたい」と、歌モノを作りたいと思い始めた頃からずっと考えていました。それにしても動機とやる気がなさすぎて、あとはあまりにも難解過ぎるという先入観が拭えなくて、何だかんだで五年余りを経過したのですけれど、去年の秋、吉田音楽製作所の方でコード進行に関する講座が行われた際に、「あれ、もしかしてそんなに難しくないのでは」と感じたのがきっかけにコード進行について自分なりに勉強をしてみて、そうしてこの曲の原案ができました。でも、6415はやっぱり使っちゃいましたね。好きなんですよ、あれ。サビは色々と飾ってますが一応王道進行です。まさかこいつを使う日がくるとは。

 

 メロディとコードはサビ→Aメロ→Bメロ→間奏→Cメロの順で作っていきました。転調を入れまくった結果、ボーカルの音域がF4~F#6とかになってしまい自分には到底歌えません(ラスサビの「明日も会える今日(きょ”う”)に」が最高音F#6)。悲しい。

 

・歌詞について

 目新しい点としては全体的な場面の流れを意識して書いたということがあるわけですけれど、言っていることはこれまでとあまり変わらないような気がします。特に気に入っているフレーズは歌い出しの「青はやがて赤になり」です。歌い出しって大事だと思うんですよね。まあ文章とかでも同じなんですけれど、その作品が内包する世界観はそこで大体が決定されるとも思っています。だからここだけはそれなりに考えました。割と自分っぽい言い回しなんじゃないかなあ、という気が勝手にしています(自分っぽさって何)。

 

 臆病なんですよね。自分の言葉をそのままで届ける勇気なんて到底ない。だから曲にした。これはそういう曲です。届いていればいいな、と思います。

 

 

 以上です。よろしくお願いします。

 

 

 

今週読んだ本についての話4

 

 

 ところで話は変わるのですけれど、僕は多分これまでの人生で何かを成し遂げようと思って何かに取り組んだことが一度もないのですよね。いや、まあ一度くらいはもしかしたらあるかもしれませんけれど、でも恐らくないだろうと思います。自分の性格から考えてほとんど間違いありません。音楽も絵も数学も、それが楽しかったからずっと続けてきただけであって、かといって何かしらになりたかったというわけでは全くないという話です。だから、上達したいとかはあまり思わなかったんですよね。こんな言葉を使おうとする時点で自分に対する甘えがあるわけですけれど、いわゆる才能だとかセンスだとか、そんな感じのものが自分にも一つくらいあればいいのになあ、と考えた事なら何度もありました。そのくせ練習しないんだから、そりゃ上手くならねえよ。まあ大学へ入ってからはそういうことを考える機会は少なくなったのですけれど、しかしまた最近になって考えるようになったんですよね。もっと力があればいいのになあ、みたいなことを。形にしたいものは幾らだってあるのに、何にしても中途半端なんですよ。手に余っている。ギターの一つでも弾けたならいくらだって曲を作るんですけどね。能力が足りねえ。いや、本当に足りていないのは能力や才能なんかじゃなくて覚悟なんですよね。覚悟。だから今年の抱負は何かを成し遂げることです。あけましておめでとうございます。

 

 今週は『サクラダリセット3 機械仕掛けの選択 / 河野裕』を読みました。

www.kadokawa.co.jp

 先週の記事にもちょっと書きましたけれど、あの記事を更新した時点で半分くらい読んでたんですよね。何なら月曜日のうちに読み終えてました。これが何を意味するか解りますか? はい。つまり今週ほとんど何も読めていないということです。はあ。俺はゴミだよ。

 

 本についての話はあまり乗り気でないのでせずに端末の話をします。僕が携帯端末を嫌っているという話です。よろしくお願いします。

 ごくたまになのですけれど、手元にある携帯端末を眺めて、こいつさえいなけりゃなあ、と思うことがあります。最近の端末はそりゃもう便利で、それ一つあれば大体のことは出来て、世界中どこへでも行けてしまうわけで、SNSとかもありますし、コマンド一つで誰かしらと繋がることができて、退屈を紛らわせることができて、そしてそれが何よりもつまらない。滅べばいいと思う。でも便利だから決して手放さない。滅べばいいのはお前だよ。

 誰とも繋がってなんかいないのに、繋がっているような気になってしまうのが嫌いです。自分の問題なのでしょうけれど、端末のせいにします。おのれ、ぐぬぬ。いや、そういうことなんですよね、結局、だから、そういう話なんですよ。端末ってやつはあまりに便利過ぎて、それ一つで大体のことが完結してしまうんですよね。問題も、迷子も、会話も。面白くねえ。まあでもそれに頼り切っている自分が一番ゴミだ。ゴミです。

 大して知りもしないのに知ったような気になって、大して知りもしない相手を知ったような顔で批判して、一度も正面から向き合ったことのない器を満たそうと躍起になって、たったの一度さえ繋がったことのない相手と何かを分かち合ったような気になって、それってあまりにも虚しいよなあ、と最近思うんです。僕が誰かと会話することに重きを置いているからなのでしょうけれど、端末越しじゃ何も分からないんですよね。それなのになまじ時間だけは多くを共有しているから、知ったような気になれてしまう。あいつはああいう奴だよ。あの人はああいうことをよく言うよね。そういうことを思うようになる。よくないんですよね、こういうの。自分の世界の幅を狭めるだけなんじゃねえかな、と思います。これは自戒です。

 幸福度は科学の発展によらずほとんど一定を保っているという調査結果があるじゃないですか。だから何なんだって話ですけれど、でも、何となくそういうことなんじゃねえかなあと思うんですよね。昔以上に壁を作りやすい環境だと思うんです、現代は。簡単に壁を作れてしまう一方で、壁に気づくことは困難になっていて、さらには壁をノックすることを酷く躊躇うほどに臆病になってしまっているという印象があります。自分の話であり、他人の話でもあります。踏み込めってことを言いたいわけじゃない。ただ、踏み込めないという事実だけがそこに在る。悲しくなってきませんか? 文明はこんなにも発展したのに、さて、僕らはいったい何を得られたのでしょう? 失ったものの方が多いような気がしませんか? 失ったものよりも得られたものをこそ数えた方がいいというのは当たり前ですけれど、それは失ったものに盲目であってよいということではないと思うのです。それも、もしかすると当たり前のことなのかもしれませんけれど。

 

 

 

今週読んだ本についての話3

 

 

 今週は『サクラダリセット2 魔女と思い出と赤い目をした女の子 / 河野裕』を読みました。

www.kadokawa.co.jp

 三巻も半分くらいまで読んでたんですが、気づいたら月曜日になってたんで、まあそういうことです。

 一巻を読んだ段階から、そう遠くないうちにやるんだろうなあ、とは思っていたテーマを、しかし二巻にして早速切ってきたのにはびっくりしました。早えよ。ケイと春埼みたいな関係性が多分大好きなんですよね、自分は。だからこの二巻は結構好みのストーリーでした。それに、これは前回も書いたような気がしますけれど、河野裕の作品は物語にいい意味で起伏が無くて好きなんですよね。今回は特にそれが顕著でした。ここでの「起伏がない」は退屈という意味ではなくて、ごく自然な出来事に対して真っ当な解決法を以て立ち向かい、結果として全く当たり前の結末に落ち着くという意味です。これがいいんですよね。分かりやすい悪役とか、拍手喝采のハッピーエンドとか、そういうのがどこにも無い。それが好きです。早く三巻を読み切りたい。いまめちゃくちゃいいところなんですよね。あー。

 

 もうちょっと書きたいことがあるにはあるんですけれど、ちょっともう一つ記事を書きたい気分なので、この記事はここで終わりにします。

 

 あと、これは本当にどうでもいいんですけど、また積読が増えたんですよ。一気に三冊も。ウケる。

 

 

 

白紙の空へ火を投げろ

 

「ミサトはサンタクロースがいったい何のためにあるんだと思う?」

 真冬の川沿いを二人で歩いていた。空一面をどこか不機嫌そうな色を滲ませた雲が覆っていた。鋭く尖った冬の冷たさに乗せられて、草の匂いが微かに鼻をついた。星も月もない夜道でひっそりと佇む彼らを照らすのは、なんとも所在なげな街灯だけだった。あと一ヶ月もすれば午前零時はもっと寒くなる。そんな当たり前の未来がいやに寂しく感じられた。

「突然ですね」

 落ち着いた調子で上下に揺れていたミサトの背中が僅かに跳ねた。彼女はあれでいて意外と解り易い。

「クリスマス気分ですか。ユイ君もそんな気持ちになることがあるんですね」

「違うよ。分かってるくせに、いつもそういうことを言う」

「冗談ですよ」

 ミサトの表情は見えない。でも、その代わりに彼女の声が優しく微笑んでいた。

「すっかり無関係ってわけでもないけれど。今日はそういう日だし」

 灰色の空に向かって言った。いまのところ雪は降っていない。天気予報は調べていないけれど、この寒さならいつ降り始めてもおかしくないかもしれない。

 視線を下へ降ろすと、少し前を歩くミサトもまた同じようにどこか遠くを見上げていることに気がついた。彼女はいったい何を見ているのだろうかと考えて、でも無駄なことだとすぐに止めた。その先にはきっと雲しかない。あるいは雲さえない。そんなことは分かっていた。

「ちょっぴり酷いことを言ってもいいですか?」

 わざわざ訊かなくてもいいのに、と思ったが口には出さない。ミサトは一歩通行のコミュニケーションを何よりも嫌い、同じくらいに不誠実な会話を嫌っている。だから、余計かもしれない言葉を口にしようとしたとき、彼女はいつだってこんな風に確認をとろうとする。僕がそれに応えることはないと知っているはずなのに、律儀だなあ、と感心するばかりだ。

「今夜ばかりは来てくれなくてもよかったのに、と正直思いました」

「本当に酷いことを言うね」

 僕は小さく笑った。吐いた息が仄かに白へ変わる様を見て、それなりの時間が経過していることを知った。

「僕だって、今夜こそは君が待っていなければいいと思っていたよ」

「それなら、私と同じですね」

「全然違う」

 僕は即座に否定する。

「僕は家を出るときにはいつだってそう考えている」

 僕とミサトは毎週決まった曜日の日が変わる頃に集まって、電車で二駅分ほどの距離を川沿いに歩く。その行為に目的や理由なんてものは存在しないし、そもそもこのことは明確に決められたことですらなかった。投げたボールが地面に向かって落ちるように、ヒマワリの花が太陽に向かって咲くように、それでも空高くに浮かぶ月が地球へは決して落ちてこないように、僕らにとっては今の関係が他の何よりも自然な在り方だったというだけの話だ。

「今夜こそは誰も待っていなければいい。もう先に行ってしまったのか、そもそも来なかったのか、そんなのはどっちだっていいのだけれど、とにかく僕が着いたときには誰もいなければいいと思っている」

「だけど、ユイ君はいつも来てくれます」

「人を待たせない方がいい。当たり前のことだよ」

「そうかもしれませんね。そうじゃないかもしれませんけれど」

 水流の音と砂利を踏みしめる音との隙間を縫って、ミサトの静かな息遣いが聞こえてくる。夜は静寂に包まれていて詩的だ。周囲に沈んだ真っ暗闇は、僕らに歩き続けることも立ち止まることも求めない。どこまでも冷たくて、無関心で、だからこそ何物よりも優しい。彼女が日中よりも夜間の、その中でも特に深夜の散歩を好むのはきっとそういう理由なのだろうと僕は思う。

 少し前方にひときわ明るい街灯があって、その下では一つのベンチが暖を取っていた。二人で座ればちょうどいいくらいの大きさだった。規則正しく刻まれていた音が一つ不意に消えて、次いで僕も立ち止まる。ぎりぎりまで張りつめた水面のような静けさが一瞬だけ辺りを満たして、でも二人分の足音がすぐにそれを掻き消した。

 僕とミサトは少しだけ間を空けてベンチに座り込んだ。座面はかなり冷たかった。この寒さなのだから当然だ。

「ユイ君は星空が何のためにあると思いますか?」

 ミサトが言った。透き通った声だった。

「たとえばオリオン座が、冬の大三角が、何千年も前から沈黙することを選び続けている彼らが、今もなおそこにいる理由はいったい何だと思いますか?」

「考えたこともないな。それがサンタクロースの話に関係あるのかい?」

「関係がある、というよりは全く同じ話なんじゃないかと私は思います」

「そうかな。サンタクロースみたいな作り話とは違って、惑星が宇宙にあるということの意味は僕ら人間がいようがいまいが変わらないだろう?」

 人が遠くを見上げることも、雲が空を埋め尽くしていることも、遥か彼方で輝きを放つ星の存在意義には何の関係もない。僕はそう思う。

「そんなことはありませんよ」

 しかし、ミサトは首を振る。それは彼女にしては珍しくはっきりとした力強い否定だったけれど、彼女はすぐに言葉を付け足した。

「そんなことはあってほしくない、の方が正しいですね。ごめんなさい」

 酷く悲しそうな声だった。いまにも泣き出してしまいそうな色をしていた。

「どうして?」

 当たり障りのない、真綿のような声色を意図的に選んでから僕は慎重に尋ねた。彼女を傷つけるようなことは出来ることなら避けたかった。

 もしも、とミサトは言った。

「星空が人間に依存する物ではないのだとしたら、そんなに悲しいことはないでしょうから」

 微かに震えている彼女の言葉をほんの一欠片も聞き逃さないようにしながら、見上げた雲の向こうに満天の星空を思い浮かべてみる。脳裏に浮かぶ文字通りの空想こそがきっと、ついさっきのミサトが眺めていた景色そのものだ。彼女はいつだってそういうものばかりを追いかけている。

「別に私たち人間でなくてもいいんです。何でもいい。野良猫でも、凪いだ水面でも、悠久の時間でも、本当に何だっていい。それでも彼らではない誰かが彼らの存在を肯定してあげないと、いくらなんでも可哀想だと思うんです」

「だから星空は僕らに依存していると?」

 ミサトは小さく頷いた。でもそれはただ俯いただけのようにも見えた。

「もしも星空そのものに意味があるのだとしたら、価値があるのだとしたら、こんな夜は来てほしくありません。彼らを孤独の底へ突き落す曇り空なんて、消えてなくなってしまえばいい」

「君にはあまり似合わない言葉だね」

「そうですね。これは私の考え方ではありませんから」

「それにしては感情が籠っていた」

「感情移入は得意なんですよ。知っているでしょう?」

 そんなことはもちろん知っている。でも、知っているからといって何もかもが分かるわけじゃない。本当に大切なことは何一つも分かっていない。

 ミサトが僕に伝えようとしている感情を、しかし僕は未だに掴めずにいる。

「星空が意味を持っているのではないとしたら、では星空は何のためにあるんだろう?」

 僕は尋ねる。

「簡単な話ですよ。何も難しいことじゃありません」

 ミサトは答える。

「私たちが星空を見ているからです。私たちが星空を見ているから、だから星空はいまもそこにあるんです」

「その言葉があれば、雲に覆われた星空は孤独から救われるのかな」

「救われますよ。だって、満天の空に意味を見出さない人の前では、星空は星空であるという呪縛から解放されるわけですから」

 だから、きっと孤独なんかではないでしょう。ミサトはそう言った。僕は頷かなかった。

「サンタクロースも同じだと思います」

「誰かが望んでいるからいまもある?」

「はい」

 ずっと胸の奥に溜め込んでいた言葉を、無音の呼吸にこっそりと隠して捨てた。ミサトと何かを話すとなると、その話題が何であれ最後には必ず同じ結論に至る。それは、言葉はどこまでも無力だということだ。彼女はいつだってこんなにも多くの言葉を尽くしてくれるというのに、それなのに、ミサトに見えているものがいったい何なのか、僕には何一つも分からない。こんなにも近くにいるのに、僕らは一度だって分かり合えないまま、ずっと離れたままだ。

「私たちは同じ空を見ているわけじゃない」

 ミサトがまるで独り言のように言った。あるいは、本当に独り言だったのかもしれない。そのくらいにとても小さな声だった。遠くでブレーキの音一つでも鳴っていたら、僕は彼女の言葉を聞き逃していただろう。

 それは彼女の口癖の一つだった。そして、僕はその意味を知っている。

「見えるのに見えないものがあれば、見えないのに見えるものもある。自分にははっきりと見えているのに他の誰にも見えていないものがあって、その逆だってある」

 ミサトという少女を、神海隣空無という人間を定義する何かがこの世界にあるのだとすれば、それはきっとこの言葉なのだろう。たったそれ一つだけで彼女のすべては簡単に説明できてしまう。

 理解はできなくとも、説明だけならば誰にだってできる。

「それを決めるのは、彼らの存在に意味を与えるのは、いつの瞬間でも私たち自身なんですよ」

 どこか遠くの方を、恐らくは溢れんばかりの星空を、ミサトはずっと見つめていた。

 彼女の横顔はいつだって真っすぐだ。

 素直で、純粋で、だから眩しい。

「そろそろ行きましょうか。流石にちょっと肌寒くなってきましたし」

 ミサトがすっと立ち上がって言った。それをそのままなぞるように僕も腰を上げた。言われてみればたしかに辺りは一段と寒さを増しているような気がする。微々たる差異とはいえ、しばらくの間、身体を動かさずにいたからだろう。

 そんなことを考えていると、不意に頭の上へ何だか冷たいものが当たったような気がした。ずっとポケットに突っ込んだままだった右手で軽く振り払う。やっぱり気のせいじゃない。空から何かが降っている。

「雪ですね」

 ミサトが言うよりも先に僕は空を見上げていた。遥か上空では不機嫌そうな灰色の雲から零れ落ちているとは思えない程に鮮やかな白色が、まるで桜の花びらみたいにひらひらと地面に向かって落下していた。

「雪だね」

 僕は繰り返した。意味のないことだな、と思いつつも何となくそうした。それのいったい何が可笑しかったのか、ミサトが笑った。釣られて僕も笑った。夜の静寂を奪ってしまわないように出来る限り小さな声で、それでもお互いの耳へ届くように笑い合った。

「メリークリスマス」

「メリークリスマス」

 その言葉が合図だった。夜の静寂は僕らに何一つだって強制したりはしない。だから僕らは歩き続けて、時々こんな風に立ち止まって、意味のないことで笑いあって、そしてまた歩き始める。

 何も分からないまま、何も見えないまま。

 それでも自分の意志で歩き続ける。

「ユイ君はいわゆる記念日が嫌いじゃありませんでしたっけ?」

 すぐ隣を歩いていたミサトがからかうように笑いかけた。

「嫌いだよ」

 僕は答える。

 たしかに記念日という概念は苦手だ。その一日だけを特別視する理由がどうしても解らなくて、それなのに記念という価値観が広く共有されている現実に対して到底拭いようのない違和感を覚えるから。

 でも、と思う。

「でも、いまこの瞬間ぐらいは気にしないよ。だってここには僕らしかいないんだから」

 それが夜という時間だった。僕らは互いに赤の他人で、どこまでも孤独で、だからこそこうして笑いあうこともできる。夜は無口で不透明だけれど、僕らが解りあうことを望むのなら、恐怖のあまりに震えてしまう心を優しく支えてくれたりもする。彼女が僕を待ち、僕が彼女と会う。その時間に深夜が選ばれたことには、それ相応の理由があった。

「ミサト」

 僕は短く呼びかけて、

「いまはどんな空が見える?」

 と尋ねた。

 ミサトはどこかご機嫌そうな雰囲気を滲ませた声色で、そうですね、と答えた。ちょうど十歩分を歩いたところで、再びミサトの声がした。

「白紙の空が見えます」

 ミサトは手のひらに雪の欠片を受け止めながらそう言った。その白色がどこかへ消えてしまわないうちに僕は言葉を返した。

「それなら同じだ。僕にもそう見える」

「全然違いますよ」

 ミサトはやっぱり何だか嬉しそうだ。

「私ならその紙全体に満天の星空を描きます。見える星も見えない星も、好きなように。でも、ユイ君はそうしないでしょう?」

「そうだね。僕ならそうはしないと思う」

 ミサトとの会話でだけは嘘を吐きたくない。だから、僕は思ったことを正直に答えた。

「僕なら火を投げるよ」

 その先に星空があるというのなら、白紙の空なんてものは、空白の障壁なんてものはいっそのこと燃やしてしまえばいい。だって、それが一番手っ取り早い。

 そんな僕の返事を聞いて、ミサトはいよいよ堪えきれないという風に笑った。